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lemon tart.

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どうやら琥珀には、強い"憧れ"があるらしい。
目的のものを探す瞳はまさに真剣だ。
少し屈んでショーケースとにらめっこをする横顔を、隣に立つ丈は静かに見下ろす。
「…。適当でいいぞ」
かれこれ数分、琥珀はうんうん唸っている。
「だめっ…!特別なお祝いなんだからっ。…あと、適当なんていうのも……」
琥珀の瞳がやっとこちらに向いた。
──と思ったら、真剣な表情そのままにケースの向こう側の店員に移る。
「すみません、レモンのタルトを1ピース、テイクアウトでお願いします…!」
宣言の如く注文を告げる。
微笑ましいものを見るような表情の女性店員がトレーに一つ、タルトを乗せる。
祝い事の定番の色合いをした苺にするか。
季節限定一押しの品であるレモンにするか。
仕事帰りの洋菓子店で、迷いに迷っての決断だった。
ご注文はお一つでよろしいですか?と確認されて、琥珀は頷く。
「──じゃあ、お会計してくるね」
「ああ」
揚々とレジへ移動する小柄な背中。
琥珀の視線は、タルトが箱に納められる様子を眺めながら、ショーケースにも向かう。
光沢のある大きな苺が生クリームに囲まれたショートケーキや、黄色から薄桃色へグラデーションを成すフルーツゼリー。
ケースの中の照明を浴びて、本来の姿よりも増して色良く飾られるデザートの数々。
卓に提供されれば、ものの数分で消えてしまう嗜好品。
そんなひとときの砂糖菓子を、琥珀はまるで宝石を見るように瞳をきらきらと輝かせるのだ。

「一日早いけど。丈兄、ハッピーバースデー」
丈はソファーに腰を掛けている。
その前のローテーブルへ、ケーキと、紅茶を淹れたマグカップを持ってきた琥珀も床に座る。
向かい合って、若干、丈が琥珀を見下ろすかたちだ。
居間の明るさは洋菓子店のそれよりも低い。
しかし輪切りのレモンたちを載せるタルトは、この場で唯一の自身を誇るように、白いデザート皿の中央に鎮座する。
丈への誕生日ケーキだ。
「カットされた断面も、とっても綺麗」
伏し目がちに皿を整えて琥珀の口許がほころぶ。
祝いの際や、女性の間では自分へのご褒美などといわれるケーキだが、喰種の琥珀には縁がない。
それでも華やかで可愛らしい見た目に心を惹かれるのだという。
ケーキの表面を覆うレモンに、タルトの生地、その間に入っているのは…クリームだろうか?
丈自身は甘いものへの興味も薄く、誕生日ケーキにもこだわりはない。
洋菓子への知識といえば更に少なく、タルトを前にしても、レモン味がするのだろう、くらいの思いだ。
そんな丈よりも、強い好奇心を抱く琥珀はテーブルに両手をついて顎を乗せる。
「爽やかな匂いもするね」
「レモンの匂いだな」
「ね。石鹸みたい」
せっけん…?
好奇心はそそられても、やはり琥珀にとっては食欲をそそる匂いではないようだ。
人間と喰種では認識にも好みにも大きな差がある。
丈は興味が薄く、琥珀には食べられないケーキ。
けれども丈は、琥珀がケーキを買うことを止めない。
理由はただ一つ。
「お誕生日おめでとう。ね、丈兄、食べてみて?」
琥珀はタルトの敷き紙を指で押さえる。
指の先で、カサ…と小さく音を鳴らし、ふわりとまた、レモンが香る。
待ちわびる琥珀の瞳はわくわくと輝き、丈とタルトを行き来した。
丈はフォークを取って一口を口へ運ぶ。
「……、甘くて…」
「うんうん」
「………レモン独特の、酸っぱさと苦味も…少し残っているが、……美味しいぞ」
「へ〜…」
ケーキそのものは完成度も完璧だ。
だがしかし食べる人間が丈では、捻り出される感想も完璧からは遠い。
それでも琥珀は満足そうににこにこと笑う。
「ふーん。酸っぱくって、苦くても、美味しいのね。レモンって繊細」
離れたところから眺めるだけ。
琥珀が生きるためには必要のない食べ物だから、手に入れたところで持て余してしまう。
しかし誰かの、…たとえば丈のために買ったのなら。
華やかなタルトはいっときだけでも、琥珀にとって確かに必要なものだった。
「あのお店にね、行ってみたかったの。前に通りかかった時にも、綺麗なケーキがいっぱい並んでで…」
唇に指を当てて、店の雰囲気をゆったりと思い出す。
仕事の移動で使う道にあって局からも近い。
「丈兄の日なのに、私が楽しんじゃった」
「そうか」
「えへ。…また行きたいなぁー」
丈の甘いものへ対する意識は人並みだ。
しかし琥珀の"憧れ"に付き合って喜ぶ顔を見られるのなら、誕生日の恒例行事も悪くはないと思っている。
丈は甘くなってしまった口に紅茶を含んだ。
砂糖もミルクも入らない紅茶はレモンと程好く絡まる。
「丈兄の感想も聞けたし。今度は他の人のお誕生日に買いに行くのもいいかも」
それは………少し妬ける。
もくもくとタルトを完食した丈はフォークを置いた。
おもむろにテーブルへ片手を付いて、琥珀の方へと身を乗り出す。
ネクタイが皿に付きそうになり、気がついた琥珀が慌てて押さえる。
「あっ、わわ…っ、ネクタイ引き擦っちゃう」
「…」
「どうしたの、丈兄──んっ、ん……〜っ!」
琥珀の頬に手をやり上を向かせた丈は、唇を塞いだ。
紅茶も…琥珀はだめだったかもしれない…などと思いながらも、けれど口づけを止める気はなく、やわらかい唇を逃がさないように優しく食む。
琥珀の吐息を感じつつ、僅かに離した。
「──美味かったが、少し甘すぎたな」
「っ…!!」
丈に頬をキープされ、自身の片手はテーブルに、もう片方もネクタイを押さえる琥珀は赤く火照った顔を隠せない。
「…琥珀」
「……っ、…な、…なに…?」
「食後のデザートが欲しい」
「!!」
今ケーキ食べたでしょ…!と琥珀の瞳にはっきりと表れたが。それはそれ。
違う味が欲しくなったと、しれっと答えた丈は、頬を染める琥珀から追加のプレゼントも貰うことにした。


180514
happy birthday.
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