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love ya!!!(前)

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ドアを開けて隙間からそろりと室内を窺う。
窓から陽射しを取り込む休憩室は明るく、食欲をそそる空気が鼻先にふわりと届いた。
中央に置かれた縦長のローテーブル。
並べれた朝食から漂う匂いは、お腹を切なく、きゅうと鳴らした。
向かい合うソファーには理界と夕乍が座っている。
理界の視線はテーブルに置かれた新聞を眺め、夕乍は黙々とトーストにバターを塗っている。
数日前まではチョコレートペーストやジャムも試していたが、今はバターが流行りらしい。
ざりざりと、トーストのぎりぎりまで丁寧に伸ばす。
「………。はよ、士皇。何してんの」
「…!!」
トーストから視線を上げないままの夕乍が、ドアの隙間から覗く士皇に訊ねる。
士皇は慌てて、しーっ!と指を立てた。
静かにドアを開けて部屋に滑り込むと、自分のために用意された食パンに、卵焼きとベーコンを挟んでいく。
新聞から視線をあげた理界が物言いたげに小首を傾げた。
するとバターナイフを置いた夕乍の手がトングを掴む。レタスとトマトを挟んで士皇のパンに突っ込んだ。
彩りの良いサンドイッチの完成だ。
「(ありがと!)」
目で伝えて、士皇はそおっと部屋を出ようとした。
…テーブルに用意された残りの朝食に後ろ髪を引かれながら。
「…。食べてけば?」
「えっ…?…あっ……、」
夕乍の言葉に思わず声が漏れた。
ばれないための努力がしゅわしゅわと水泡に帰す。
奥にある給湯用のガス台の方から、聞きつけた琥珀が声をかける。
「士皇君?起きたの──?」
朝ごはんできてるよと続く声に、士皇は慌てて言葉を重ねた。
「今日、訓練行くからパンだけ──っ」
持ってくっ、と言いながら完成したサンドイッチを手に素早く部屋を出た。
琥珀が顔を出すと、そこには理界と夕乍がいるばかり。
間違い探しのように、テーブルの皿からはいくつかの品が消えていた。
琥珀の肩が小さく落ちる。
ここ数日は、ずっとこんな調子だ。
理界はカップの中身を静かに飲み干して口を開いた。
「琥珀。カフェオレのお代わりもらってもいい?」
「あ、うん。もちろん」
理界からカップを受け取りながら、琥珀は夕乍がパンを確かめていることに気がつく。
隅々まで完璧なバタートーストが完成したらしい。
「すごい。今日もつやつや──」
「…」
ちらと琥珀に黒瞳を向けて頷くと、角にかじりついた。
もくもくと咀嚼する姿は満足そうだ。
毎朝、夕乍が食パンを完璧に仕上げる姿は皆が知っている。
「──夕乍君、あずきトーストって知ってる?」
「…?」
「そのバターの上にあずきを乗せたトーストなんだけどね。それも、美味しいんだって」
琥珀はお代わりのカフェオレを注ぎに給湯スペースへと戻っていく。
「………」
夕乍は視線をテーブルに戻して食パンをかじった。
もくもくと食べ続け、瞬きをし、そして思案する視線の移動。
ごくりと飲み込んで理界に訊ねる。
「…あずきって、どこで売ってると思う?」
理界は肩を竦めた。
食事を終えて、琥珀に聞いて、それから士皇を追いかけることにしよう。
といっても、士皇と違って自分たちには慌てる理由もないので、カフェオレをゆっくり飲んで、それからだけれど。
"あずきの缶詰"
そういうものがあるらしい、ということを琥珀に教えてもらった理界と夕乍は部屋を出た。
いってらっしゃい、という彼女の声に応えながら。
「…士皇、子供すぎ」
「動揺は残ってるんじゃないかな」
「…そのせいで琥珀もへこんでるし」
「士皇も琥珀も、わかりやすいところは似てるね」
「だから帰りにあずき缶士皇に奢らせる」
…たぶんそっちが本命だろうなと理界は思ったが、そうだね、と答えておいた。


階段の窓拭きをしていると、ひそひそと声がした。
そっと窓ガラスに耳をつけて、琥珀は外から聴こえた声に耳を澄ませる。
──やっぱり、お店のほうから──
──混んでるもん。邪魔になっちゃうよ──
「(子供の声…?)」
窓の縁へと指を沿わせて静かに窓を開けた。
外に頭を覗かせて下を窺うと、小さな頭が二つ寄り添っていた。
「(あの子たち…確か、トーカちゃんに会いに来る…)」
下の喫茶店では喰種の仲間に食糧を分け与えている。
大人でも、子供でも。すべての喰種が人間を狩れるわけではないからだ。
そして数ヵ月前。アオギリが壊滅してからは、その恩恵を得られなくなった者たちの世話もするようになった。
──王様になったアイツを連れてきちゃったわけだし。ついでに、面倒見てやるか──
トーカはさっぱりと笑って彼らを受け入れた。
「(ヒナミちゃんは……一緒じゃないのかな…?)」
見下ろす頭は小さなものが二つだけ。
いつもなら、アオギリのメンバーであり喫茶店とも縁のあるヒナミが一緒に来ていたはずだが見当たらない。
──どうしよう…──
──せっかくここまで来たのに…──
自信を失って次第に小さくなっていく声を残して、琥珀は窓から離れて階段を下りた。
裏口はこの真下にある。
おどかさないようにゆっくりと扉を開くと、全身を緊張させた二人の子供と目が合った。
こんにちはと挨拶をすると、またびくりと肩が揺れる。
「──二人はトーカちゃんに会いに来たのかな?」
食べ物をもらいにきたのだ、と。
今日ははじめて二人だけできたから少し不安だっと、たどたどしいながらも子供たちは言った。

「──四方さん、トーカちゃんは今は…?」
「……外に出ている。…夕方には戻るだろうが…」
裏口から入ってすぐの廊下に二人を待たせて、琥珀は店から四方を呼んできた。
四方はすぐに事情を理解し、地下から食糧の包みを取って戻ってきた。
「…。お前たち…ヒナミは…?」
「ヒナミお姉ちゃんも今日はお出掛けしてる」
「だから二人で来たんだけど…」
「………。帰れるか…?」
四方の問いに二人の表情はまた曇ってしまう。
彼らはトーカを頼りにしていたのだろう。しかし表から店を訪ねてみたが、客が多くて諦めなくてはならなかった。
それほど混雑しているのなら、四方もすぐ戻らなければ店も回らない。
無言の圧のある空気に満たされた廊下で、琥珀はほんのすこしだけ身動ぎをした。
微々たる動きにも関わらず、四方が顔をあげ、子供たちの真っ直ぐな眼差しが突き刺さる。
「あ……えっと…、」
二対の大きな瞳がじっと琥珀を見上げる。
「わ…私でもよかったら…二人を送りましょうか…?」
琥珀が言い終わる前に四方は頷いた。
子供たちの瞳もきらきらと期待した。
四方に見送られて、琥珀は二人の後に続いて店を出た。
琥珀の心配を余所に、目的を果たせた二人は駆け足になったり、軽やかに跳ねたりと楽しそうだった。
二人だけの道中はドキドキしたけど楽しかったことや、他にも、ヒナミやトーカとはどんな遊びをするのかを次々に話す。
「トーカお姉ちゃんはとっても足が早いんだよ。お姉ちゃんも戦ったりするの?」
「うん。すこしだけね」
「いい匂い。でも、あんまり強そうじゃないけど」
小学校の低学年くらいだろうか。
琥珀は笑いながら、頭の中で0番隊の最年少、士皇の年から引き算をしてゆく。
「四方おじさんは"こわもて"って言うんでしょ?」
「ねぇねぇ、手つないでもいい?」
脈絡もなく話は移り変わり、あっという間に塞がってしまった両手に琥珀は苦笑した。
「コマさんよりは強そうだよ」
「トーカお姉ちゃん、イリミさん。琥珀お姉ちゃんは、その次のヒナミお姉ちゃんと同じくらいかなぁ」
「古間さんは最後なの?」
「そう」
「ふふ。ちょっと可愛そうかも」
「平気だよー。だってコマさんだもん」
子供たちの審査はなかなか厳しい。
そして彼らの手は小さくて、あたたかい。
琥珀はしばらくホッカイロのようなぬくもりを楽しみながら、辛口の審査に耳を傾けた。


180510
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