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「#幼馴染」のBL小説を読む
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(2)

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居住区に捜査官が現れた──。
情報の伝達は成されたが、取れる選択肢は防衛ではなく撤退だった。
地下の喰種には、人間との諍いを避けたために、ここでの暮らしを選んだものが少なくない。
地下での生活は食糧に乏しい。
食糧を求めて地上に出ても、栄養の不足から赫子を満足に振るえない。
再び地下へと追いやられる。
悪循環の末に、地下生活が主となった。
赫子を使って人間と渡り合える喰種とは、地上に姿を現せる者たちか、あるいは更なる地下深くへと潜った隠者たち。
どちらにせよ、地下こそが喰種の居場所だった。
「──居住区に旧多と"オッガイ"の部隊が現れた。拘束していた葉月ハジメも逃走し、姿を消した」
丈の最低限の状況説明で0番隊の三人は動きだした。
上着を羽織り、クインケを取る。
カネキをはじめとした"黒山羊"の主力メンバーは来るべき戦いのために食糧確保に向かってしまった。
「見張りをしてたお兄さんたちは?」
「──遺体が三つ。付近の通路で確認されたと報告があった」
混乱の事態を伝える術も時間もない。
「僕たちはどっちへ?丈さん」
「居住区は"白スーツ"と"刃"が抑えている。俺たちは葉月ハジメの捜索を行う」
「旧多とは合流してないんだね。まだ何かする気なのかなぁ、アイツ」
「…。地下の制圧に"オッガイ"たちだけじゃ数が足りないよ」
「ってゆうことはつまり?」
「…他の部隊の手引き」
夕乍が言葉を締め、士皇はクインケの動作確認を行いながら「あってる?」と顔を向けた。
丈は肯定の意を示す。
「…だが、CCGが地下制圧に本腰を入れたのならば、動きは伝わっていたはずだ。しかし情報は無かった」
「それは…これが局内の表立った作戦じゃないから…?」
理界が推測の確証を求めて呟く。
「ばれないようにコソコソしてるってこと?」
「…CCG全体の動きじゃなくて、来たのは指揮官の旧多と、その手勢ってこと」
「…。士皇の答えでは不十分だ。理界、夕乍、正解だ」
丈がクインケケースを閉じると、三人は待ち侘びたと云わんばかりに緊張する身体をほぐした。
士皇だけはぷくりと頬を膨らませる。
「別にいいよ。ここからは僕が一番活躍するから」
0番隊の中では最年少、しかし戦いにおいては一番動けるという自負が滲む。
部屋を出る足取りも早く、丈のすぐ後に続く。
CCGを離脱し、仲間も失い、幾度かの戦いも経験して役割りは自ずと定着した。
いつでも反応できるようにと士皇は前方へ出る。
後ろから理界が丈に問いかける。
「ハジメがもう別部隊と合流していたら?」
「それも、可能な限り請け負う」
「出かけちゃったハイセと食糧部隊も帰ってきたりしないよね。あーあ、消耗戦だー」
「…そんなの、"黒山羊"についた時点でわかってただろ」
「まあねー」
0番隊が戦いへ赴く際に抱く緊張はいつも同じだ。
敵を動けなくすること。または殺すこと。
それが上手く出来なければ自分が"そう"なる。"そう"なってしまえば"終わり"だ。
幼少の頃から訓練を行い、年齢と能力が求められる水準に達した頃、訓練の延長のように所属はCCGへと移された。
"黒山羊"と行動を共にする今は、かつて所属していた組織を相手に武器を使うことになったが、戦いへ向かう感覚だけは変わらない。
"白日庭"から寄せられた期待は虚像だった。
都合良く創られて育てられた自分たちにとって、命の重たさや倫理観は、あまり大きくはないのかもしれない。
ただ、自分たちが"庭"を捨てて有馬の願いを選んだように、自分たちが何を優先したいのかは、ちゃんと知っている。
「地下暮らしにもやっと慣れてきたよね、って。さっき話したばっかりなのになぁ」
「…コンビニ遠くて不便だよ」
「そういうわりに夕乍も士皇も、食事の支度だって買い物だって楽しそうに手伝ってたね」
「だって。お店がなくなったから、前よりたくさん一緒にいられたし」
「……それは同意。…理界もでしょ」
いつの間にか、ここにはいない彼女の話になっている。
呼吸を繰り返すように、仲間との距離を合わせる。
その流れの中で彼女がいないことだけがいつもとの相違だ。
いってらっしゃい。お帰りなさい。そう言葉をかけてもらうことも、三人がCCGにいた頃からの習慣だったはずなのに、
「……タケさん。琥珀は今どこにいるの」
夕乍が切り出し、理解と士皇も視線を向ける。
「そうそう。琥珀はタケさんから離れると何時間も活動できないんだから」
「…酸素?」
通路には四人の足音が響いている。
時折耳に届くそれ以外の足音も、近づいて、しかしすぐに遠ざかって聞こえなくなる。
逃げているのか、それとも自分たちと同じように誰かを探しているのだろうか。
通路の奥を見るようでいながら、丈の脳裏にも浮かんでいるはずだ。
「…。騒ぎがあっても戻らないのは、手が離せない状況にあるのか…それとも──」
姿の見えない不安は、本人を目にするまでは拭われない。
先ほど遠ざかっていった足音が琥珀だったらと、この場の四人が耳を澄ませた。だが彼女ではなかった。
音でも匂いでも、探し物を見つけるのは琥珀の方が得意なのだから。
「ハジメを見つけたら…誰か一人離れても?」
「………。」
琥珀を探しに行くことを提案する理界に、丈はすぐには答えない。
「リスクがあるのは知ってるけど、琥珀がいないと、それはそれで気が散っちゃうよ」
「…士皇がいうと説得力があるよね」
「も〜、いいからっ。反論もしないから!だからタケさん、行っていい?僕探したいっ」
丈は溜め息のような諦めのような僅かな息を吐く。
「…行かせるなら理界か夕乍か、どちらかだ」
除外された士皇はまた頬を膨らませたが、我慢した。
「…理界、じゃんけんしよ」
「いいよ。勝った方?」
「…もち」
歩きながら勝負をはじめる二人を士皇が羨ましそうに眺める。
捜索は行う。しかし行くのは自分ではない。もちろん、ハジメを見つけ出して確保することも大切な役割りだ。
どことなく意気の消沈したその頭に丈の手が乗る。
「…まず葉月を見つける。…琥珀を探すのは…それからだ」
「──…。うん」
撫でるというよりも置かれた手のひら。その重みを感じながら士皇は答える。
他の誰より、琥珀を探しに行きたいのは丈だろう。
この地下に入り込んだ悪意から、自分たちも逃げなければならない。逃れた後にまた地下深くを目指すのか、それとも地上へ這い出すのか。その先までは、今はまだ見通せない。
しかし、いつか有馬の望みが叶うなら。
いびつな命が解放される日が来るのなら。
琥珀もその場にいなくてはいけない。
振り返っても瞳に捉えることのない、不在の姿を士皇は浮かべる。
「……。琥珀も…もしかしたら僕たちを探してるだけかもしれないよね…?」
「…そうだな」
お帰りなさい。ただいま──。
そうやって琥珀に言葉をかけてほしい。
それもまた、自分たちの願いだ。

しばらく捜索を行い、そうして足を踏み入れた通路の一画が0番隊の目的の場所となった。
コンクリートが割れて壁が崩れる。
奥には、壁に叩きつけられたヒナミと、彼女に並ぶトーカの姿があった。
赫子を解放した二人の前に立つのは、同じく赫子を顕したハジメ。
たった一人が相手でも劣勢であるのは、想定よりも強力だったハジメの力ゆえ。そして、二人が庇う多くの仲間たちの存在ゆえにだ。
0番隊は現状への意見も感想も持ち得ない。
何故ならば、彼女たちの役目は護ること。
そして0番隊の役目は──
「霧島、進め──」
丈の声を合図に理界と夕乍、士皇の視線が敵を見据える。
古巣の同胞であろうと手を弛めるつもりはない。
「ここは俺たちが防ぐ」
目的のために彼と…、彼らを阻む。
合流を果たせていない琥珀を迎えに行く。


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