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(3)

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もし喰種だと知られてしまったら。
その時は一人でも生きていけるようにと、社会の知識を身に付けて、喰種としての腕を磨いてきた。
でも…
お祖父ちゃん、叔父さま、ごめんなさい。
私、負けちゃった。


点滴の繋がる腕。ずっと眠っていたせいだろうか、体が酷くだるくて頭もぼんやりしている。
ここはどこ?
私、いつからここにいるんだろう。
最後に見た夜が脳裏に浮かぶ。
丈兄はあの場所へやって来た。
喰種を、私を駆逐するために。
怒ってるかな。
ううん、それより、私きっと、嫌われちゃったよね。
騙していたのだから。
ずっと、騙して、人間のふりして傍にいた。優しくしてもらって、暖かい手で撫でてもらって、手を繋いで、たくさんお話しをして、ずっと、ずっと傍に──
全てが朦朧として滲む私の世界。
遠くから丈兄に、琥珀、と呼ばれたような気がして、暖かい温度が頬を伝う。
あの声はきっと、都合のいいまぼろし。


目覚めた私は白衣の人間に連れられて部屋を出た。
歩くのが久しぶりだったから、ふらついてしまい、支えられながら足を動かす。
窓のない廊下では誰ともすれ違わなかった。
とても静か。
蛍光灯ばかり眩しい、箱の中のような白い部屋に連れて来られて、待つこと数分。
テーブルを挟んで向かいに座ったひとりの人間。
"和修吉時"と名乗ったあと、私に「交渉がしたい」と言ってきた。

「結論から言うと、君には喰種捜査に協力してもらいたい。
CCGは君に"特別捜査官"という身分を与える。権限はない。あくまでCCGに属するという身分だ。
君の身柄は24時間、常にCCGが管理をする。
喰種捜査の際には必ず二人以上の上位捜査官を付けると共に、上官の指示の下に行動してもらう。
捜査時に於いて、もし君が命令違反などの理由から"特別捜査官"の身分を剥奪された場合、君は[Sレート"喰種"ナイトメア]として["喰種"対策法]に則り処理される。
君が、負傷、或いはその他の理由で捜査への参加が困難になった場合も、君の"特別捜査官"の任は解かれ、処理を行う」

それは、飼い殺しにするということ。
"和修吉時"は私に「捜査官になれ。捜査官として働けなくなったら喰種として処分する」と言ってきた。
すぐに殺されるか、捜査官として喰種を殺してその後に殺されるか。
どちらにしても行き着く先は……
随分な扱い。
喰種とは"そういう存在"。

「ここまでの説明で君は、"今死ぬか後で死ぬか"の違いしかないと思うことだろう。
まさにその通りだ。
只一つ、君に勘違いしないでほしいのは、我々人間の目的は喰種の駆逐だ。人間を糧とする喰種はこの世から排除しなければならない。
君は11区にある[喰種収容施設"コクリア"]は知っているかな。コクリアにも、情報や知識を提供して我々に協力している喰種もいる。
それを思えば君への待遇は、CCGにとって破格といえるものだろう」

外の空気を吸える分だけマシ。そういうこと。
憎まれ口を返す気力も無かった。
家族に会えないこと、今までの生活には戻れないことが、ゆっくり、ゆっくりと染み込んでゆく。
私はここで、おしまい。
けれど。
お祖父ちゃんと叔父さまは今どうしてるのだろう。
私のせいで酷いことをされていないか、それだけが心配。

「…現場の捜査官達から君の噂は聞いている。君は我々が接してた喰種とは様子が異なるらしいな。人間を、捕食する為には襲わないとか。
君には協力者がいるね。"君の腹を満たすもの"を用意する人間──君の祖父と叔父だ。
協力関係ではなく"自分達は脅迫されていた"のだと、彼らは主張しているが。それは、喰種の隠匿は人間の犯罪者へのそれよりも重罪だからだね?
これから口にするのはこの件に関係がある話だ。
……率直に言おう。
君が私達に協力してくれるならば、彼らの、君への関与の追及を打ち切ろう」

「………ぇ…」
耳を疑う言葉が聞こえた。
「初めて口を開いてくれたな」
空気の出来損ないのような音をカウントできるのかは疑問だけど。
和修吉時が表情を柔らかくし、テーブルに両肘を置く。
それまでの硬質な声ではなく、穏やかな声で続ける。

「君が捕まった時の様子は聞いている。
過去に君に助けられたという捜査官の証言も。
君の噂は局内でも多くてね。この数年間、色々と聞かせてもらったよ。
この件は、君の育った環境と、"君"という個体であることを考慮して行う、極めて実験的なものだ。
司法取引のようなもの、と表現しようか。簡単に言えば交換条件だ。
……疑わしいという顔をしているね」

どうして。と。
長らく言葉を発していなかったため、言葉は喉に張りついた。
頭はまだぼんやりしたまま。
待って、待って…考えがまとまらない。

「君が我々人間に対して強い憎悪の感情を持たない喰種であること、それが一つ。二つ目は、君が、君を育てた家族に情を持っているということ。
三つ目は、君を育てた家族が、君に情を持っているということ。
そして、これが最も説得力がある大人の本音だ。
我々は"Sレート"を冠する"喰種"ナイトメアの力が欲しい。
毒を以て毒を制すという言葉があるが、君というカードは喰種との戦いに非常に有効だ。
そして…これはあくまで持論だが、使えるものは老婆でも使うのが私のやり方なのでね──君の場合は老婆どころかうら若き女性だが。
…うら若きという表現は、今時使わないかな?
とにかく、以上をふまえて君への特別措置を考えている。
どうだろう、君塚琥珀君」

腕時計に視線を落とした和修吉時は、そろそろ時間だと椅子を立つ。

「すぐに答えをくれなくていい。君の今後を左右する話なのだから。ゆっくり考えてくれ。
それから、君と話したがっている者もいる。
返答は彼と会ってからで構わない」


和修吉時が居なくなった部屋はただただ白い。
何も乗っていないテーブル、仕舞われた椅子、閉じたドア。
今後なんて。
私にあるの…?
私がこの話を受ければ家族は…穏やかに暮らしていけるの…?
これは救済?
それとも毒?
わからない。
体に力が入らない。
衣擦れの音がして、白い箱が傾いた。
傾いたんじゃない。私が、椅子から落ち…て──…


床と、横向きになってしまったドアを映す視界。
ドアが開いて誰かが駆け込んでくる。
ぼんやりと閉じていく意識の中で、私は力強い腕に抱き抱えられたのがわかった。
とても…懐かしい匂いがした。


160714
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