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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



(過去-2)

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店長さんに会ったことがあります。
彼は喰種でした。
私たちはお互いに正体は明かさず、少しの間ですが言葉を交わしました。彼は、娘がいると教えてくれました。私と同じくらいの年齢の。
長い間、会っていないとも口にしていました。

………。少し、話を変えます。
"梟"は過去に数回、CCGを襲撃しています。
最初は特等捜査官襲撃。それから2区・CCG支部への襲撃。コクリアへの複数体での襲撃。再び2区への複数体での襲撃。そして一連の流れの最後となった、単体での2区への襲撃。
それから数年を経て、先日、一番新しい目撃例が11区・アオギリの樹のアジトでの戦闘。

数年前の"梟"…2区の何に固執していたんでしょう。動機を読み解くことは出来ていません。疑問は他にも見えてきます。例えば、一連の流れの最後の目撃例と、その一つ前の襲撃について。

"梟"は必ず複数体か、それ以上の数を率いて襲撃を行ってきたのに、数年前の最後となった目撃例だけは単体での出現でした。
しかも、複数体で挑んだ前回の戦いで赫包にダメージを負っていながら、その一ヶ月後に、今度は単体で姿を表しました。

これまでずっと複数体で動き、討ち取られる確率を可能な限り減らして、勝率を高めて挑んできたのに。
その時の"梟"はなぜ独りで現れたんでしょう?

先日の目撃から"梟"を捜査して辿ったところ、この区にある喫茶店が潜伏先であることが判明しました。
捜査の中で判ったことはこれだけではありません。
任務直前に、私はある捜査官から聞かされました。"梟"は二体いると。前期の襲撃と後期の襲撃とでは違う固体であると。

"梟"の潜伏先の喫茶店は、店長さんのお店でした。
…私にはこう思えたんです。"梟"──店長さんは、"前期の襲撃を行った梟"を庇ったんじゃないかって。
庇って、身代わりになるのなら、きっと自分よりも大切な存在なんじゃないかって──


「"隻眼の梟"。あなたは店長さんの娘ですか──?」
それまで頭があった場所を、赫子の刃が通り過ぎる。
琥珀は最低限の動きで躱しながら、反対から迫る腕をクインケで防いだ。
力は拮抗し、堪える琥珀の腕が震える。
"梟"の笑みは破れない。しかし、
「──話が長いなァ後輩チャンは。手を出サなきゃ寝るとこだった」
不明瞭であった声が言葉となって雨を割る。
琥珀は渇いた喉をごくりと飲み込んだ。
"梟"が応えた。
「たくさん喋ってくれたねェ。で?謎解きでアタマを使った後は美味しい食事でも用意してくれるのかナ?」
この後も精力的に動かなきゃならなくてさァ、と腹部を擦る仕種を見せる。
「まだ答えをもらってないわ。あなたは店長さんの──」
「あぁ、うん。アれは私の父親だ。大正解」
「…!」
琥珀の力が一瞬緩み、"梟"も力を弱める。破れた均衡に琥珀の体勢が崩れたところを薙ぎ払う。
吹き飛ばされた琥珀を追って、"梟"が更に腕を伸ばす。
「──幼子だった娘は訳あって手離され、地下でひねクれ者に成長しました」
受け身と同時に跳ね起きた琥珀が"梟"の腕を潜って逃げる。
「成長して捜査官をたくさん殺しました。けれど娘はまだ弱かった。故に捜査官に敗れ、目をつけらレてしまいました。"こノままでは娘が追い詰められてしまう!"お父さんは娘の身代わリとして立ちました」
クインケと打ち合いながら弾む声で語り続ける。
「若かリし日の失敗さ。感動とやらで落涙した娘は後に強くなり、お父さんのピンチに駆ケつけます。それでこれが今の状況」
鍔迫り合いのように押し合う中、ケラケラと嗤った。
「色々あっタけど、まあこうして今?親孝行に戻ってきたんダカラ勘弁してちょ」
刹那、放たれた琥珀の羽赫の棘を、読んでいたとばかりに避ける。
琥珀も後ろへと跳び、距離を取る。
攻撃を寸前で避け続け、受けた掠り傷は、皮膚に赤い線が奔るそばから治癒した。
跳ね散った血も雨で流れた。
上昇した体温に、じっとりと湿った空気と雨とが絡まる。
琥珀は呼吸を鎮めながら"梟"を見つめた。
人間の何倍もの体積を持つ赫子の鎧。
琥珀が造り出すものと同じぐらいの大きさだが、長い手脚を持ち、獣の如く俊敏に動く。
喫茶店の店長は、琥珀ほど年の娘がいると口にしたが、あの内側から琥珀を眺めているのだろう。
「……。あなたと言葉を交わした捜査官はいないわ。…話に応えてくれるとは思わなかった…」
「気にしなイでくれたまえ。不肖の父親が世話になった義理さ」
「世話なんて…」
「疑似親娘トークができて良かったんじゃないかな。しかもこんナ素直な娘役でさ。寝酒代わりに思い出すニも丁度良い」
言葉の不和を感じ取り、琥珀は眉をひそめる。
「あなたは──店長さんを助けに来たのではないの?」
「この状況からハね」
「…どういう意味?」
「これはあの男が自分から首ヲ突っ込んできた挙げ句の話だ。向こうはその気みたいだし、出来ルところまでは自分で戦ってもらう予定さ」
「首を──…。あなたを心配する父親に、その言葉?」
瞳に険を宿す琥珀に対して"梟"は低く笑った。
「誰ニでも叶えたい望みがある。欲がある。父親には父親の、私には私の。私とあの男は違う形の夢を持っていて、あの男の出番は間もなく終わる。次は私の番」
"梟"の喉から発せられる声が途切れる。
「…終わり?終わりってなに?………。あなたは切り捨てるの、父親を」
「世代交代は必要だろう?」
「交代すれば要らないの」
「其々ノ人生」
「愛情は」
「愛?詩的だね」
琥珀は手を伝うぬるい雨ごとクインケを握り直す。
"梟"はそんな様子に身体を竦める。
「子はいつか親を踏み潰して越えるものダろう」
まあ踏み潰サなくてもいいのか、と、巨躯には不釣り合いな長細い指先で頭を掻いた。
「折角会えた後輩チャンだからもっと話してたいけど、今日は時間ガなくてね」
「──い…、」
「ン?」
"梟"は、遠くを聴くように巡らせた頸を琥珀へ向けた。
「私たちみたいな半端な存在…」
雨に濡れた体躯がぬらりと輝る。
「…。ああ、半端だね。お陰で地下でも喰われカかった」
声と共に皮肉に歪む"梟"の仮面を琥珀は見つめた。
仮面と赫子の、その向こうに在るのは自身と同じ赤と黒。
「私たちは…愛されなかったら生まれなかった──…そうでしょう…?」
親たちが何をしたかを知っている。
人間の親が喰種である子の為に犯した罪を知っている。
己が生きる為ではなく別の命を生かす為に喰らったと。
彼らが負う必要の無い罪悪を引き受けたと。
二人の間には沈黙が降り、規則性のない雨音に包まれる。
「…おマエは、やわくて甘くて…甘ったるい──」
呼吸のように漏れた呟きはやはり不明瞭で、水音の隙間から微かに届いた。
琥珀が声を発する前に、"梟"の巨躯がずしりとたわむ。
「その優しさが鼻に付く。………さぞ陽当たりの善い温室で育ったのだろうね」
囁きは極めて間近で鼓膜を震わせた。
鋭く"梟"は肉迫し、防御したクインケごと琥珀の身体を弾き飛ばす。
斬撃というよりも振り払われたに近い一撃に、琥珀は即座に身体を反転させて着地する。
踵が屋上の縁を踏む。
琥珀が顔を上げた時、"梟"は既に身を退いていた。
「…生憎だが時間がない」
巨体を器用に縮めて屋上の手摺に止まっている。
獲物を観察する梟のように。
「…お前と話してると毒気が抜カれるよ。…ったく、皮肉は私の大事な商売道具だってのに営業妨害も良いとこだし今後の作風に影響しやがったら担当ニ言いつけてやるからなコノヤロー」
「…担当?」
「おっと、今のは忘れタまえ」
垂れ籠める暗雲を背負って"梟"が頭を下げる。
辺りの音を窺って、ゆらりと揺れる。
「あの男が捕まったっテ、コクリアで処分される末路だろうさ。喰種の死に方なんて在り来たリだ」
「…。あなたが行けば救われるの…?」
「さあ?死に場所ガ変わるだけだろうね」
押し黙る琥珀をケラケラと嗤う。
「素直なコだなァ。──…、オネーサマってばひねくれ者だから…楽シくなっちゃう!」
無数の声が重なるような甲高い嗤い声と同時に、琥珀と、そして屋上の入り口扉へと赫子を飛ばす。
破損する扉の奥から悲鳴が漏れ聞こえた。
応援が到着したようだ。少なくはない人数の気配を感じ取る。
琥珀の注意が逸れた間に"梟"が動く。
更なる牽制を放って中空へと跳躍した。
「──…! 」
「バイバイ、箱入り娘ノ琥珀チャン。寄り道した甲斐があったかもね」
別棟の屋上へと跳び移る。
その姿も建物と闇とに紛れて消えた。
赫子の扱いに長けた"梟"なら、鎧さえ解いてしまえば捜査官を避けて移動することなど容易いだろう。
「………。」
"梟"の姿を探すことを諦めた琥珀は手の中のクインケを見下ろす。
先ほど琥珀を吹き飛ばした攻撃は、もっと強く撃ち払うこともできたはずだ。だが…そうはしなかった。
「寄り道…」
その言葉の通り、寄り道をしただけなのだろう。
琥珀の存在に何かしらの興味を覚えた"梟"は、琥珀の前に顔を出し、それから本来の目的を果たすために立ち去った。
その寄り道に何の旨味があるのかもわからない。
絡まれた琥珀が興味を持つことはない。
琥珀はCCGに管理される身だ。できることも何もない…。
彼女を追いかける以外には。
「(………。名前…聞くの忘れた……)」
喰種捜査官として、喰種を駆逐することが琥珀に与えられた仕事だ。
………。
屋上へと応援の捜査官たちが踏み込んでくる。
琥珀は、彼女が跳び去った方向を眺め、通信機のスイッチを入れた。
「──有馬さん…聴こえますか…?」
ザリザリとノイズ混じりに通信が繋がる。間を置いて、有馬の声が返ってくる。
「…"隻眼の梟"と遭遇しました」
[ ……。今こうして話してるということは、逃がしたのか]
「…すみません。ただ"一体目"の元へ向かうことがわかったので今から私も──」
[追わなくていい]
「……は?」
[お前に頼みたいことがある。一度帰っておいで]
通信は切られた。


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