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(過去-1)

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── 20区 「隻眼の梟 討伐戦」──

死んでいく。
死んでいく。
人間も。
喰種も。
みんな、みんな、死んでいく。
戌の面の首を刎ねれば血の雨が降った。
猿の面の腹が爆ぜれば血の池が湧いた。
復讐に駆られた戌と猿が殺気を纏えば、身を竦ませた人間の四肢が手品のように千切れて飛んだ。
コンクリートを汚すのは、ひたすらに、赤だった。
灰色の道路は赤くぬめる。
信号機は黒く沈黙している。
避難通達によって無人の家々。
転がる屍ばかりが増えてゆく。
リアルでありながら現実味を欠いた街並み。
…本当は子供が用意した玩具の街では?
転がる屍は人形なのでは?
喰種という"敵"の役割を、人間という"味方"の役割を、それぞれ与えて、乱暴に、乱雑に、子供の手によって滅茶苦茶にぶつけられて、ただ壊されているだけではないのか。
命を。
この戦いの終わりは、いつ──?
流れるように琥珀は屠り続けた。
思考は霞のかかったように虚ろだった。
ふいに、驚愕の声と自動小銃の音が意識に穴を空けた。
風切り音の迫る上方を──琥珀は天を仰ぐ。
殺して。殺して。殺し尽くしたその時に、雨粒と共に降ってきたのだ。
"それ"が。
子供の手なんかではない。
黒く、大きい。
それは"隻眼"。
破壊音と共に四肢を着き、喰種も人間も踏み潰した。
コンクリートの割れ目に混ざり合って流れ込む血を見下ろして。
赫子の面を器用に歪めて。
琥珀を嗤った。

「ほ、──」

報告ッ──!、?
叫んだ捜査官の首が飛んだ。
「全員後退ッ!攻撃回避を優先させろ!」
「ほ、報告っ!周辺地区の捜査官に応援要請!"梟"と思われる個体がもう一体っ…現れ──!?」
また、飛んだ。
転がる表情が残りの言葉を吐こうとして停止。
"梟"の背から赫子の刃が放たれた。
報告を行おうとする者を排除したいのか、近くの捜査官を雑に払いのけながら、唯一の眼で周囲を窺う。
隻眼が逸れたタイミングで琥珀が視線を遣ると、捜査官が琥珀に前へ出るよう指示を出す。
「君塚──」
「単独でいきます、他はまず防御を…」
「情けないがそうなるな……味方を呼ぶまでアンタ頼みだ…!」
「あの"梟"を、引き離します──…」
返事の間も惜しく地面を蹴る琥珀の背後で、感情を強く抑える声がした。
「クソっ…!"梟"が二体だと!?そんな情報、カケラも無かっただろうがッ!」


「今回の討伐作戦。局長が狙うのはもう一体の"梟"だ」
「もう一体…?」
CCG本部の廊下を有馬と並んで歩きながら、琥珀は白いコートを抱え直した。
高層階の窓の外は、遠方まで見通す限りの暗雲が立ち籠め、街を覆っている。
夕刻から降りはじめると予報が出ていた。
「"梟"って、何体もいるんですか?」
赫子を使えば邪魔になるため、琥珀は戦う途中で脱いでしまうことが多い。
そのために琥珀のコートは汚れも傷も少ない。
「半年前の『11区・喰種集団アジト戦』。あの場に現れた個体が、今作戦の表向きの標的だ」
「表向きの…」
では何のために毎回コートを着るのかと問われれば、区別、と。
琥珀の場合は答えるだろう。
喰種である自分が、戦いの中で彼らと混ざってしまわないように。
「10年前に俺が逃がした喰種と同一の個体。…区別のために、今は"不殺の喰種"とも呼ばれている」
有馬とは歩幅が違うために、琥珀は自然と早足になりながら並ぶ。
「10年前──…有馬さんが前線に立った作戦…」
それは月日の経った今でも、局内では語り草になっているらしい。
まだ10代で、二等捜査官であった有馬貴将が特等にも劣らない戦果を収めた。
「でも…。確か、"梟"の襲撃はそれ以前にも何度かありましたよね…?」
「ああ」
「じゃあ"もう一体"の喰種というのが、"それ以前"に姿を確認した喰種ですか?」
「3区の捜査官殺しが始まりだ。その後の2区・CCG支部襲撃、コクリア襲撃、二度目の2区大規模襲撃。確かなのはこの三件だ」
「…新しい二件が今作戦の表の標的。それ以前の三件が、局長の本命──…ええと、待ってくださいね…混乱してきました…」
表着を抱え直しながら眉根を寄せる。
有馬の声は正確で、資料を読み上げるように淀みない。
「私は資料でしか"梟"を知りませんが…。確かに、古い資料で見る"梟"の方が血の気が多くて、先日の報告で見た"梟"はどこか…受け身な感じはしましたが──。そもそも別の個体だったんですか…」
有馬のゆったりとした重い靴音。
その間に琥珀の軽い靴音が弾む。
「10年経って気質がまるくなったとか、そういうわけじゃないんですね」
「琥珀はそう思った?」
「…少しの期待はありました」
琥珀の頭の上で笑う気配がした。
廊下を抜けてエレベーターホールへ。
タイミング良く止まったエレベーターへ、出てくる捜査官たちと入れ替わりに乗り込む。
上着を羽織る琥珀の横で、有馬がB2のボタンを押した。
「見た目よりも激しい気質はお前と似ている」
記憶を思い起こすように言葉を零した。
「激しい……。──えっ、私もですか」
「丈が絡んだとき限定だけど」
「…すみません…」
また笑う気配が降ってくる。
大きな作戦前だというのに、どこか気が抜けてしまう感覚がして、琥珀はコートの襟を整えた。
反対に、流石というべきか呆れるべきか、こんな時分でも有馬には気負が無い。
「……でも、あんまり…しないですよね」
「何が?」
「喰種の…そういう見解は、有馬さんからは聞かないので。貴重です」
「…そう?」
「はい」
有馬は喰種と言葉を交わさない。
戦いの最中、憎しみをぶつけることも、挑発の言葉を吐くこともない。
淡々と"仕事"をこなす有馬の姿は、はじめの頃の琥珀にとって、少し怖さを感じさせた。
月日を重ねる内にその思いは消えた。
殺して、殺して。どこまでも命を奪う仕事なのだ。
怒りも憎しみも。恐怖も憐憫も。
それらは判断を鈍らせ、剣先を迷わせる。
思いを持ちすぎては自分自身を苦しめるだけだ。
エレベーターが目的階に到着する。
「あれは──」
二人の間に響く軽い電子音と共に、有馬が口を開いた。
「特別だから」
エレベーターが開いても有馬は動かない。
特別、という意味を考える間もなく、有馬は琥珀の名前を呼んだ。
「"あれ"に会ったら──」


あの時、有馬は何と言っていた──?
心を引っ掻くような甲高い"それ"の音が響き渡る。
ケタケタケタ。
ギャアギャアと。
不明瞭な音が、あるいは声を、撒き散らしながら"梟"が腕を振るう。
後退の間に合わなかった捜査官が建物に叩きつけられて壁からずり落ちる。
防護服を着ていようとも、あの威力では恐らく身体の方が持たないだろう。
「…ヒトが相手では物足りないでしょう?」
捜査官たちが陣形を整えながら下がり、彼らを物色していた"梟"に、琥珀が言葉を投げかけた。
あの威力をまともに受ければ、琥珀とて回復には時間が必要になる。
そして、そんな余裕を与えてくれる相手でもなさそうだ。
「私が相手をしてあげる。"白鳩"好きのあなたを、満足させてあげる」
緊張と武者震い。恐怖もある。
揺らぐ声を押さえつけ、コートを脱いだ琥珀は互い違いの瞳で見つめた。
「"隻眼の梟"──」
返答は声であり、音だった。
耳をつんざくそれと共に、"梟"の巨体が琥珀に迫る。
体格に似合わない俊敏な動きで肉迫すると、漆黒の腕で大きく薙ぐ。
寸前で躱し、琥珀はバックステップを踏む。
続く攻撃も回避しつつ、放たれる羽赫の刃は刀状のクインケで弾きながらの移動。
受ける重みにスピードが緩むと、すかさず"梟"はまた距離を詰める。
琥珀は、笑みを崩さない仮面を間近に睨みながら黒い腕を避ける。片手を腕に引っ掛けると、そのまま上方へと跳んだ。
空中での動きは直線となるために読み易い。
"梟"が刃の追撃を放つ。
同時に琥珀も尾赫を解放し、近くの建物外壁に突き立てて躱した。
追いかけて跳ぶ"梟"を横目に確認すると、壁を走り、屋上へと更に跳んだ。
ぬるい雨が頬を打つ。
雲に覆われた夜空が重苦しく広がっていた。
遠方の各所から響く銃声が、苦戦しているのが自分たちだけではないことを教える。
「(赫子の強度でも劣る…。私の力でどこまで戦えるか──)」
琥珀の強みは赫子のコントロールだ。
自身の周囲一帯に尾赫の根を巡らせて、踏み込んだ敵を、同時多発的に攻撃。空中へ回避した敵へは羽赫での追撃で仕留める。
しかし二種持ちという特異な利点は、それぞれの威力を下げるという不利も持たせた。
よって、強力な前衛である有馬や、班のサポートする技術を琥珀は磨いてきた。
雨に濡れて色を濃くする屋上に、より暗色の"梟"が降り立つ。
「(…味方の到着までは体力を削る。でなければせめて…足止めを──)」
真正面からの一騎打ち。
相手は練磨の"梟"。
不安は否めない。
"梟"はぐるぐるぐると喉を鳴らして、獣そのものであるように琥珀を窺う。
「(…愉しんで──)」
いるのかもしれない。
琥珀の挑発に乗ってこの場に付いてくるほどだ。
やはり、"そう"なのだろうか──?
「──独眼を模したその仮面は、あなたのもう片方の眼も"こう"だから?」
ぱらぱらと細い雨が互い違いの色を宿す瞳に入っても、琥珀は瞬かなかった。
クインケを下げる指を雨が伝う。
「もう一体の"梟"が潜伏していた喫茶店"あんていく"。…その店長さんに、私は会ったことがあります」


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