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ブラウニー

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琥珀の視線は一点に注がれている。
ページの両端をクリップで留めた本の文字列を、ゆっくりと追いかける瞳。
薄く開いた唇は呪文のように呟きをこぼす。
こちらがどれほど視線を送ろうとも、新聞をめくろうとも、まったく気にとめる様子もない。
手順を確認しては、迷いなくボウルからボウルへと中身を移して、混ぜ、粉を振るい、また混ぜる。
「………」
ソファーから立ってすこしだけ近づいてみる。
鼻腔に届く甘い香りが強くなる。
うつ向く琥珀の睫毛の震えが見えるぐらい近い距離。
今、琥珀の視線を独占している銀色のボウル、その中をくっきりと色分けする茶色の液体が艶やかに光る。
そこへ、ぱらぱらと白や茶の欠片が落ちて埋まった。
「ピーナッツ、カシューナッツ、マカダミアナッツ、あとクルミ」
俺にはどれも同じくに見える欠片たちを、琥珀の桜色の爪先がひとつひとつ指し示す。
「…ビールのつまみで世話になっている」
「今日はチョコレートと一緒に召し上がれ」
シリコン製のヘラで歌うようにくるりとひと混ぜすると、ナッツの欠片はチョコレートの海に呑み込まれた。
二回、三回と混ぜられて、シートの敷かれたオーブン用のプレートに全て流し込まれる。
低く唸るオーブンへとプレートをセットし、タイマーを回す。
後片付けを手伝うために俺は琥珀の隣に並んだ。
調理器具をシンクへ移していると袖が引かれ、目を向けると嬉しそうに笑う。
ボウルに残った僅かなチョコレートを余ったクルミで掬った。
「味見はいかが?」
口を開くと、そこへ運ばれる。
「美味しい?」
問う琥珀の手を取って指先に付いたチョコレートも舐めとる。
「甘くてうまい」
琥珀は照れてはにかんだ。
チョコレートのケーキが出来上がるまで小一時間ほどかかるらしい。
洗い物を終えてソファーへ戻ると、琥珀は横になり俺の膝に頭を乗せた。
収まりを確認するようにもぞもぞ動いたかと思うと、自分の鼻を触り、身体を俺の腹に向けて寝直した。
犬や猫が寝場所を整える仕草が浮かぶ。
「…どうした?」
「…すこし、鼻がいたくなっちゃった」
窓を開けるかと立ち上がろうとすると、むずかるように琥珀は頭を押し付ける。
取り止めて頭を撫でれば甘えてしがみついてきた。
人間の好む甘い匂いは琥珀には効き目がない。
しかしチョコレートやバレンタインという日には、それ自体になにか効果があるのかもしれない。
琥珀の意思を尊重しながら、オーブンから漂ってくる甘い匂いと、戻ってきた感触をしばらく楽しむことにした。
「琥珀」
「んー?」
「マカデミアナッツとマカダミアナッツと、結局どっちが正解なんだ」
「うーん?」


180214
happy valentine.
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