×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



貴方と為らば

.
聞いたか
なにを?
"黒い子供たち"
ただのうわさ…でしょう?


会話の続きは不自然に途切れた。
洗濯の終わった衣類を持って丈の部屋に戻ってきた琥珀は、それらをたたむ手を止めた。
床に置かれたままの鞄。
クローゼットに掛かる少ない衣類。
文机に並ぶ日用品。
私物はあるものの殺風景なものだ。
たとえるなら、出張か、旅行か。
ベッドに座ったまま、ゆるりと視線を廻らせる。
生活感の希薄なこの部屋に、自分たちは結局どれほどの日々を暮らしたのだろう。
「他区の拠点が襲撃された」
丈の言葉が静かに空気を震わせる。
「…ここも安全とは言えない。俺たちも部屋へ移る」
"部屋"とは前々から管理していた場所のことだ。
有馬と丈が計画を立てた頃から…0番隊の拠点として使えるようにと用意しておいた。
「…お店のみんなは…?」
反応のように口からこぼれた声は膜がかかったように遠い。
どこかまだ、事実として自分に馴染んでいないのだろう。
「8区のアジトに移ると」
8区のアジト、と。
聞いた言葉をぽつりと呟いてみた。
そうしてやっと頭の中に現実が染み渡っていく。
互いに取り合える連絡も最低限になるだろう。
落ち着ける見通しが付くまでは、今よりも更に身を潜めることになるだろう。
「…そう…」
落ち着けるかどうかも、確証はない。
「暫くは様子を見ることになる」
「……うん」
"黒山羊"と"ピエロマスク"の衝突の後、CCGは、"隻眼の王"を名乗っていた佐々木琲世の捕縛、及び処分を行ったこと公表した。
その頃から"彼ら"のうわさを聞くようになった。
喰種を殺して回る"黒い子供たち"。
喰種捜査官に混じって、あるいは、彼らだけで行動を取る。
CCGの新たな手札である彼らの特徴は、黒い制服を着た"子供"であること。
「襲撃された拠点への捜査の手は及んでいなかったはずだ…」
そして鼻が利きすぎるということ。
「……」
普通の捜査官と違って、外見だけの誤魔化しは効かない。喰種にとって接近すること自体が危険に繋がる。
ベッドに座る琥珀の前に、丈が立つ。
手を止めていた琥珀から服を取り上げた。
まだ、たたみ終わっていないのに──。
柔らかな布地が指から離れてゆき、つられるように琥珀は瞳を向けた。
静かな声が降ってくる。
「お前も仕度をするんだ」
「………」
このまま黙していたら丈は琥珀の手も取るだろうか。
それとも琥珀を置いて自身の仕度をはじめるだろうか。
「タケさーん、準備できたよー」
ドアが開いて士皇が顔を出した。
上着を羽織ってリュックを肩に引っ掛けている。
手にはクインケケースを入れた大きなバッグも下げて。
武器を納めるそのケースは、子供が持つには不釣り合いな外見をしているから。
「理界と夕乍と、下で待て」
「はぁーい」
まるで遊びにでも出掛けるような返事をして士皇の姿が引く。
開け放されたままのドアから廊下の冷気が流れ込む。
混ざりゆく空気は、この部屋がすでに外の世界と同じ温度なのだと伝えるようだ。
他区の拠点が襲撃された例はこれまでに無かった。
彼らは喰種の気配に敏い。
匂いの残るこの店もじきに見つけるだろう。
「私も…お店のみんなと──」
琥珀がドアから視線を戻すと、丈の手によって簡単に折られたシャツが目に入る。
上手く纏まらないな、と丈が呟いた。
琥珀はくすりと笑うと左右の手のひらを見せて、もう一度シャツを引き取った。
膝の上いっぱいに広げて皺を伸ばす。
裾までを丁寧に整えてから折ってゆく。
仮初めでも穏やかな日々。その余韻を、ひとつひとつたたんでいく。
そんな行為のように思えた。
「──お前の仕度が整ったら」
襟を整えていた指が止まる。
「五人でここを出る。いいな、琥珀」
シャツを両手に乗せたまま瞳をあげると、くしゃりと頭を撫でられた。
隊の子供たちと一緒にいる時間が増えたせいだろうか。最近の丈は琥珀の頭もよく撫でる。
「…隊にはお前が必要だ」
琥珀は目許をほころばせる。
少し子供の扱いに戻されてしまった気もするけれど。
仮初めの平穏でも、先の見えない日々でも、誰かの視線を気にすることなく互いに触れることのできる、この時こそが幸福だ。
「…それから……」
口ごもった丈に琥珀は首を傾げる。
「丈さん、それから?」
「………なんでもない」
「………」
「………」
必要なのは隊にだけ?と。
琥珀がしつこく訊ねると、ぺちっとおでこを弾かれた。

住居との離別は経験してきた。
今が昔と違うのは、こんなにも静かに、密やかに居場所を追われるということ。
静かで密やかでありながらも、丈の手が確かに琥珀と繋がっているということ。


180208
[ 147/227 ]
[もどる]