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ひらがな四文字

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遺書を書くことは度々あったが、まさか辞表を書くことになるとは思っていなかった。
リビングのローテーブルに乗せた白紙を前に早30分。
ニュースを映していたテレビ画面も深夜番組に。
平子丈は悩んでいた。
「(考えてなかったな…何と書こう)」
遺書であれば文面は前回と同様。
コピペしたように文字の大きさも行数もそのままにトレースするだけの作業だ。
だが今回は遺書を書いた上で、この辞表なのだ。
"一身上の都合"とまとめるのが一般的かもしれない。
しかし敵対する喰種側に付くことを"都合"などという簡単二文字にまとめても良いものだろうか。(転職?いや転職でもないな)
書くことが何も浮かばない。
「(有馬さんも…こんな気持ちなのだろうか──)」
捜査官就任から今現在まで、数々の遺書を美しい白紙に仕上げてきた上司を、丈は脳裏に浮かべた。
ついでに、もし今、彼が自分の相談を受けたとしたら何と答えるかと想像してみた。
白い前髪の下、細いフレームの眼鏡の奥で薄い色の瞳が丈を映す。
──書けないのなら白紙を出せばいいんじゃない?──
………。
「(そんな、パンが無ければお菓子を食べたら良いじゃない的な返しが通用するのはフランス王妃か有馬さんぐらいだ)」
パン。お菓子。白紙。
丈の思考が無限ループに陥りそうになる。
ループ脱出のため、近くに置いてある新聞の隅っこにボールペンの試し書きをして気分を変えてみる。
インクの出は好調だ。
調子にのって柴犬の落書きをしたところで、風呂場からガチャリと音がした。
頭にタオルを乗せた琥珀が出てくる。
「丈兄、お風呂どうぞ──…あれ?まだ悩んでるの?」
また遺書が必要な任務がはじまる。
琥珀には先ほど訊ねたところ、「もう有馬さんに渡したよ」と、期限内に課題を済ませた学生のごとく涼しげに答えた。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す横顔に丈は声をかける。
「…いつもとは違うことを書こうと思うんだが」
「ふぅん…?」
返ってきた声にやや不思議そうな色が滲む。
丈も琥珀も遺書を書くという作業を習慣のように流していた。
験を担ぐというわけではないが、今さら変えるという言葉に琥珀は違和感を覚えたのだろう。
…今回は遺書ではなく辞表なのだが。
…それゆえに悩んでいるのだが。
「いや──、何でもない」
「?」
丈は立ちあがり、琥珀の元へ近づいた。
見上げるタオルの頭に手を起きながら、お茶のペットボトルを取り出した。
疑問符を浮かべる琥珀の頭を安心させるようにぽんぽんと叩きながら、丈はまた少し文面について考えた。
難しく考えることもないだろう。
タイトルがすでに"辞表"なのだ。
それでもう相手方にこちらの意図は伝わる。
有馬さん(脳内)の言った通り、書けないなら、そのままで良いじゃないかと思う。
丈は自身の伝えたいことを素直に書いて、

"やめます"

「なんなのこの辞表は」

安浦特等に怒られた。


180119
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