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睦び月

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目覚めの感覚はおぼろげだ。
眠りと覚醒との間が定かではなく、うつらうつらと朝の光を認識する。
寝返りをうって明るさを透かせるブラインドを見上げれば、布団の隙間から冷えた空気が入り込んだ。
ドアを叩く小さな音が響く。
控え目な声も続いた。
「丈さん、…おきてる…?」
琥珀がドアを開いて部屋に入ってくる。
丈を起こしに来たのだろう。それなら小声というのも矛盾しているが、本人は気づいていないようだ。
なんとはなしに、丈はまだ眠っているふりをした。
半分ほど寝惚けている頭に深い考えはなかった。
ただ、答えないでいたら琥珀がどんな反応をするだろうかと、ぼんやり浮かんだ。
ブラインドを上げながら、琥珀はもう一度「丈さん?」と呼び掛ける。
「………」
まだ答えない。
「起きてない、のかな?…めずらしい。……うん、でも……ふふ、お布団は幸せだもんね」
琥珀の足音が止まり、何やら一人で納得している。
目を閉じたままでいると丈の意識も覚醒してきた。
だんだん、何をしているんだ俺は、という気持ちになってくる。
が、一度はじめてしまったものを、実は起きてましたと白状するにもタイミングを外している。
ベッドを覗き込む琥珀の気配を感じながら、丈はもうしばらく狸寝入りを続けることにした。
…琥珀が出ていったら起きようと思う。
「もうすこし…寝ててもいいと思うけど…」
「(…悪い、起きている…)」
「でもそうしたら士皇君が、僕が起こしてあげるっ!て来ちゃうかも」
「(……。困るな…)」
「士皇君の起こし方は強行手段だから…。夕乍君も理界君も止めないし」
「(………)」
「…うん。だから……私が起こしますっ」
「(…?)」
「丈さん覚悟っ──!」
声が弾んだかと思うと、
「えいっ」
丈の身体に重さがかかる。
胴体の辺りがやや締め付けられるような圧も加わった。
布団の外に飛びついた琥珀が、「丈さん起きてー」と全体的にゆさゆさ揺する。
今こそ起きる時だ。
「…琥珀…」
「あっ。おはよう」
今起きたという体で丈が布団から顔を出すと、嬉しそうな琥珀が視界に入った。
なにをしているんだ、と目で問う。
「ふふふ。もふもふ的拘束、です」
ふわふわとほころぶ顔は丈が起きたからか、それとも布団にくっついているせいか。
ぎゅっと丈を抱き締めているが、琥珀の体格からしては拘束と呼ぶには可愛らしく、むしろしがみついているような状態だ。
「丈さん、いつも自分で起きちゃうから」
布団に顎をのっけて心地好さげに瞳を細める。
「今日くらいは…って思ったんだけど、朝ごはんも冷めちゃうし」
「ああ…もう起きられる」
「ふふ、ほんと?」
適当なぬくもりと布団があれば琥珀は幸せなのだろう。
しかしそこに丈が加われば、蕩けそうに甘くじゃれつく。
「みんなの時みたいにいたずらしちゃった」
先ほど琥珀は、士皇の起こし方は強硬手段だと言っていたが、琥珀自身もこうしてその手を辞さないのだから大差ない。
昔も今も、丈が寝坊をすると起こしに飛びつき、目的を達成すると、こてんと頭を横にして布団にくっつくのだ。
………。
みんなの時みたいに?
「琥珀…」
「なぁに?」
「…三人を起こす時もこうしているのか」
「うん。お布団を頭まで引っ張りあげてみたり、のしかかってみたり。あっ、でも潰しちゃったら可哀想だから、ちゃんと加減はしてるのよ?」
「…で、こういう風に起こすのか」
「理界君はすぐに起きてくれるんだけど、士皇君と夕乍君はけっこう大変」
「……」
「丈さん?」
「………。いたずらの仕置きだ…」
「えっ?……わ、きゃ、……きゃん──!?」
丈は、布団越しに琥珀をがっちり拘束する。
抵抗する身体をしっかりと布団で包み込み、位置を交替するようにベットに押しつけた。
くぐもった悲鳴があがる。
「えーっ、ど、どうしてっ…!?丈さんってばっ」
「さあ。どうしてだろうな」
もぞもぞあばれる布団の塊を強く抱く。
そうしているうちに、騒ぎを聞きつけたのか部屋のドアから士皇が顔を見せた。
「琥珀ー、タケさん起きた?……あれっ?」
しかし士皇の目に入ったのはベッドでうごめく布団の塊と、それを押さえる寝ぐせをつけた丈の姿のみ。
「タケさん、もしかしてその中身って…琥珀?」
ぱちりと瞬く大きな瞳。
それを後ろから伸びた理界の手が隠した。
「士皇、先に朝食にしよう」
「でもタケさんは?あと、琥珀は助けなくていいの?」
「……、趣味でやってるから大丈夫だよ」
「趣味?」
「…」
理界くん言い方ちょっとちがう!と。
琥珀のくぐもった声が漏れたが、丈の手が緩むこともなく、あまり効果はなかった。
理界は士皇の目隠しをしたまま後退してドアを閉める。
夕乍もやって来たようだ。
薄いドア越しに声が聴こえてくる。
「…はよ。…理界、タケさんと琥珀は?」
「おはよう夕乍。二人は…もう少し時間がかかりそうだから。先に降りていよう」
「……」
「趣味なんだって」
「ふーん…?」
少しの誤解と語弊はあるものの、足音が遠ざかっていく。
丈はようやく腕を弛めた。
しかし琥珀は顔を出さない。
布団を捲ると、琥珀は枕をぎゅうと抱き締めて転がっていた。
「……髪の毛。ぼさぼさになっちゃった」
拗ねたように恨めしげな目付きで丈を見る。…しかしその口許はむずむずと動いている。
癖のようなものだ。
昔から琥珀は気持ちを隠すことが苦手だった。
「ふて寝をするか」
「…してもいいの?」
「…琥珀」
丈は手を伸ばして琥珀の髪を整えてやる。
一緒に洗面所に行くぞ、と畳み掛けて懐柔を謀る。
すると琥珀は我慢を堪えきれないように、ついに小さく笑い声をあげた。
怒るふりの限界らしい。
「さっき、せっかく整えたのに」
潰れた枕を戻して起きあがる。
「直してやる」
丈もベッドの上で胡座をかいた。
互いに向き合うように座る。
「ふふ…じゃあ、私も。丈さんの寝ぐせ、直してあげる」
「酷いか」
「ううん。ちょっとだけ。…私の頭は?」
「………」
丈の沈黙にショックを受けた琥珀は少しでもマシにしようと髪に触れる。
鏡がないせいで当てずっぽうだ。
その手を取って、丈は我慢をさせる。
「一日のはじまりなのに、もう、ぐちゃぐちゃ」
「また整えればいい」
本当に?という期待の眼差しを受け止めた丈は、ああ、と答えた。


180101 謹賀新年
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