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(2)

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こんなさいご、と。
擦り切れ、千切れ、血を吸って、襤褸布となった上着。ファスナーの壊れた上着の中の見慣れた制服。
その喰種は俺を見て言った。
「──には、やっぱり…みられたくなかった、な──…」
割れた赫子のマスクの下で、血のこびり着いた唇が微笑もうとして、歪む。
耳を打つその声がこんなにも懐かしいのは何故だ。
赫子が端からさらさらと消えてゆく。
軽い音を立てて倒れた喰種にゆっくりと歩み寄る。
助け起こした喰種の体の小ささを、肩の細さを、知っているのは何故だ。
最後まで残ったマスクが消失する。
露になった顔。
瞳を閉じたままなのは──、
「琥珀──」
遠くに聞こえたサイレンが次第に高くなり、星の無い夜空を裂く。


一日目:医療区画
眠っている。
Rc抑制液を混ぜた点滴を打っていることと、両手足の拘束具を除けば、治療室で眠る琥珀は、救急搬送された重傷者という様子だった。
抑制剤の効果により、怪我の治癒は人間並みに落ちているらしい。
身体の至る所に巻かれた包帯と医療テープが痛々しい。
コクリアやコルニクルムに比べて耐久力に不安のあるこの本局では、怪我という枷がある方が都合も良いのだろう。


三日目:医療区画
眠っている。
琥珀には、怪我の回復の様子を見ながら、Rc抑制液と栄養物質を交互に摂らせているらしい。
時折、目を覚ますこともあるようだが…その時に立ち合えていない。
拘束具の箇所が増えた。
「Rc細胞とは貪欲だ。僅かな餌も見逃さない」
やって来た研究員が目配せをすると、ガラスの向こうの医療スタッフが琥珀の腕に注射を打ち、点滴の針を外す。
うっすらと琥珀の瞼が開く。
右目には赫眼が顕れていた。


四日目:局外・コルニクルム
拘留されていた琥珀の祖父と面会した。
琥珀の叔父も拘留されているようだったが、会えたのは琥珀の祖父だけだった。
世間話程度の、多少の言葉を交わす。
上の者から、質問するようにと渡されたリストを読み上げるが、琥珀に良く似た穏やかな眼差しを返されただけで返答は得られなかった。
最後に一言。琥珀には脅されていた、と。


六日目:医療区画
半覚醒。
治療室から隔離病室へ移動。
身体の何ヵ所かは、未だに医療テープを貼っていたが、殆どの怪我は治癒したようだ。
点滴と拘束具は変わりなし。
どうやら琥珀は薬が効きやすい体質らしく、使用する抑制剤は最低限の量にしているにも拘わらず、この様子だという。
ドアの小窓越しに声をかけると、夢を見ているような、ぼんやりした様子で唇が動く。
虚空を見つめる瞳から涙が零れた。


七日目──
「平子一等、」
局の廊下で局員に呼び止められた丈は、足を止めた。白衣を羽織った局員だった。
今日、ある人物が琥珀に面会するのだと話す。
「平子一等は"彼女"と親しい間柄だったろう。彼女の事で君に頼みがある」
面会の後に琥珀と話をしてほしいと。
時間と場所も教えられ、それまで別室で待つようにと伝えられる。
「琥珀とはどういった話をすればいいんですか。……琥珀はいつ、コクリアへ移動を…?」
「その質問も、それ以外の質問も、後ほど渡される資料を読めば回答されているはずだ」
「…………」
「そう睨まないでくれ。彼女には、君が心配するような扱いをするつもりはない」
君の事は有馬特等にも伝えてあると言い残し、職員は立ち去る。
丈への尋問は、琥珀が拘束された翌日に行われていた。
喰種である琥珀について、答えられる事など全くと言って良いほど何も無かったが。
以降、空いた時間に、治療室に拘束された琥珀の様子を窺うのが精々だった。
しかし、これでやっと琥珀本人と話をする機会を与えられた。ただあの様子では──
「(…答えられるかはわからないが…)」
聞きたい事が山ほどある。言いたい事も。
それより琥珀が自身をどう思っているかが、丈には最も気がかりだった。
「(落ち込まない訳がない)」
生活も環境も、琥珀の人生の全てが変わった。
先程の局員は心配するような扱いはしないと言ったが、世の中の喰種への処置は甘くない──つまりは処分だ。
そして──
「(…俺を騙していたとか、考えるだろうな。あいつは)」
事が事だけに、他人に言えるような秘密ではなかっただろうが、琥珀はそうは思うまい。
"ナイトメア"が倒れた時の顔を覚えている。
あの戦いの中で捜査官を一人も殺さなかったことも、琥珀なのだと、丈は思う。
殺して、逃げてしまえば簡単だったろうに。
喰種としてあれ程の力を持っていたのだ。向かってくる捜査官を蹴散らして、構わず逃げてしまえば良かったのだ。
そうすれば琥珀は今も学校へ通い、普段通りの生活を過ごしていただろうに。
琥珀の選択と現実が酷く苦い。
昨晩、隔離部屋で見た硝子玉のような瞳と零れた涙が、丈の脳裏に焼きついて消えなかった。


160714
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