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(3)end.

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コクリアからヒナミを助け出し、喫茶店で合流した一同は、激戦で負った怪我と疲弊に身体をひきずりながらも再会の喜びに沸いていた。
トーカや四方、万丈やその仲間の喰種たち。
同時に困惑も抱えていた。
ヒナミを助けるために、カネキはこちら側についた。捜査官として生きて行く選択もあっただろうが、それを捨てた。
カネキに手を貸した0番隊も同様だ。
この場に帰着した彼らは、なぜ仲間を裏切ってまで喰種の手助けを行ったのか。
不安の空気を和らげたのはカネキだった。
「…有馬貴将は、局の体制を疑問視して、アオギリのエトと繋がりを持っていた…。0番隊は彼の意思を継ぐために協力してくれたんだ──」
有馬さん、と…カネキがそう呼ばなかったのは、仲間への配慮だろう。
捜査官だった"佐々木琲世"としてではなく、"金木研"として、ここへ戻ったと伝えるために。
「…詳しい事情も…説明も、これからしていきたい。まだ、整理できていない部分もたくさんあるけど…。みんなとも、また話したいんだ──…」
静かに言い終えたカネキは、それからやや緊張したように、または遠慮がちに、「…いいかな…?」と付け加えた。
窺うような様子に、トーカが微笑みをかみ殺してため息をつき、四方が穏やかな表情で頷いた。


──あの時以降に語られた言葉も、交わされた互いの情報にも嘘は無い。
必要なことをそれぞれが伝えた。
…臥せられた事実も、もちろんある。


「(…カネキ君も…身体のこと……。みんなにはまだ…教えてないって…言ってたっけ……)」
浴槽の淵に凭れた琥珀は、揺れる湯面をぼんやりと眺めた。
バスオイルの溶けた湯は仄かに色付いている。
花の香りを漂わせていた。
「(……いい匂い……)」
瞳を閉じると、浴室のやわらかな灯りが目蓋に透けた。
研究所から戻ったカネキは宣言通りに抑制剤を手に入れた。
"黒山羊"の戦いの決着を自身の目で確認すると、その足でアキラの元へ向かった。
特殊捜査官の加わった22区の戦闘も激しいものとなっていたが、"黒山羊"は勝ちを納めた。…果たしてそれを勝利と表現して良いのかはわからないが。
"ピエロ"を殲滅し、CCGを撤退させた──。
「(…特殊捜査官……血……0番隊………)」
薄らと瞳を開くも、琥珀の意識は別のものを映す。
特殊捜査官とは。
0番隊とは。
ルーツは和修にあるのだと。戻り際に丈から聞かされた。
ル島の作戦中に殺害された局長、及び総議長──以下、和修の名を持つ者が喰種だったことは、"黒山羊"が設立された後に情報の共有で明かされたことだ。
丈の話はその先へと続いた。
CCG内に於ける和修家の根は、彼らの正体の隠蔽に留まらず、喰種と人間の研究へと向けられていた。
…"V"と呼ばれる者たちがいる。
和修の手足となって動く。
"V"の中でも役割は分かれており、家の繋がりを護るもの、対外的な面を任されるもの、喰種もいれば、和修によって産み出されたものもあった。
"産み出された"
それは彼らと人間の狭間の存在だ。
赫眼も赫子も持たず、人間同様の食物を摂取できるそれらを、"半人間"と有馬は称した。
先の戦いで相対した特殊捜査官も、そして0番隊も、半分が人間という存在。
喰種の最たる特性を持たない彼らだが、しかしなぜ人間を名乗らないのか。
「(…身体能力と…、寿命──…)」
"半人間"は人間よりも多くのRc細胞を持ち、優れた身体能力を有する。
けれど能力を伸ばした反面、命の時間が削られた。
有馬に残された寿命は僅かだった。
若くして顕れた老化による身体の衰え。
それを経験のすべてで補って、有馬は自身の最後をカネキに渡した。
見届けた今、丈は0番隊を指揮している──。
湯気に曇る浴室の中、時折、ポタリと滴が落ちる。
湯槽と湯と同化したように、琥珀の身体も思考もゆらりゆらりと揺れている。
「(……このまま…眠ってしまいたい……)」
頬を伝う滴は湯気よりもあたたかい。
ほやける視界はなにひとつ変わらずに、優しい光りに包まれている。
「(……わたしは…なんて──…、)」
いつまでも──…。

「呼んでも返事しないし!あのまま沈んで死んじゃってたら、どうする気だったわけ!」
「…ほんとに死んでたら、どうすることもできないから」
「そーゆーこと言ってるんじゃなくて!」
「士皇、夕乍、話が進まないから…」
外で待ってよう、と理界が二人を遠ざける。
琥珀はバスタオルの上からタオルケットで包まれた状態でベッドに座っていた。
赤い顔をした士皇はまだ言い足りない様子だったが、浴室から琥珀の衣類を手にした丈が戻ると、夕乍と理界に続いて部屋を出ていく。
琥珀の異変に気がついたのは士皇だった。
22区から戻った頃、時間は深夜を大きく回っていた。
ゆっくり風呂に浸かりたいなどと皆で話しながら部屋へ引き上げる中、琥珀が新しいオイルを使うと言っていたことを思い出した。
感想を聞くつもりで部屋を訪ね、しかし士皇が声をかけても浴室からの返事がない。
不安を抱くも、思春期の少年にその扉を開く勇気はなかった。
急いで丈を呼びに行き、躊躇わずに踏み込んだ丈が浴槽くたりと凭れる琥珀を発見した。
「……士皇君には、あとでちゃんと謝ります……」
「…。俺のところに来た時…気の毒なほど狼狽えていた」
丈の言葉に、琥珀は深く反省するばかりだ。
裸を見られたことよりも、むしろ見せてごめんなさいという思いが大きい。
琥珀は軽い湯中りを起こしていた。
遠くから士皇に名を呼ばれたような気がしたが、疲れと眠気も重なり、次に気がついたときには丈の手で浴槽から引き上げられていた。
そのままバスタオルを巻かれて部屋に運ばれ、すっかり頭も冷えた。
今はひたすら情けなさに項垂れる。
和修という存在への反感はある。
しかしそれ以上に、0番隊と有馬の抱えていたものの深さに驚き、哀しんだ。生まれながらに役割と制限時間を宣告される命なんて──。
どうしても重ねてしまった。
かつての自分の置かれた立場と。
解放された自分がこのようなことを思うのはおこがましいとわかっている。それでも。
自分には何ができるだろうと考えた。
けれど結局…できることなど何も無いと思い知った。
体調はどうだと訊ねる丈に、琥珀は、大丈夫、と小さく答える。
先ほどの話が原因でこんなにも注意力が散漫になるのだから、丈が琥珀にずっと伝えようとしなかったのも当然だ。
…本当は伝えたくなかったのかもしれない。
「…言葉もないな……」
隣に座った丈の目は俯き気味に床へ向けられている。
これ以上の謝りの言葉を重ねても意味はなく、琥珀は口をつぐむ。
肌も次第に冷えて、身体を抱き締めるように身動ぎをすると、丈は無言でまた一枚、毛布を手繰り寄せた。
ありがとうと小さく言うと、毛布を掛けた腕でそのまま包まれる。
「………。心配したぞ…」
「………」
「…大方、隊のことでも考えていたんだろう…」
琥珀に身体を向けて座り直した丈は、濡れた髪をタオルで撫でるように拭きはじめた。
しばらく続けて、そして手を止めた。
琥珀はおそるおそる様子を窺う。
溜め息を吐かれるかもしれない。あるいは叱られるのかもしれない。
しかし丈の口から出たのはどちらでもなかった。
「……黙っていて、すまなかった」
自分が謝るのならわかる。
こんなにもぐちゃぐちゃな精神状態だ。
しかし丈に謝られると思っていなかった琥珀は戸惑う。
「どうして……」
「…。伝えることを、迷っていた…」
自身への反省を籠めるように、丈はまた頭を拭きはじめる。
「…話す機会はこれまで十分にあった」
有馬や0番隊の内情を知ることは、丈にとっても重い荷であったはずなのに。
「だがずっと…先延ばしにしていた」
すべてを知りながらも、心を押し殺すこと。
託された一切を、誰にも伝えられないこと。
それはどれほど息苦しいことだろう。
冷静に終わりを組み立てる有馬の傍で、それを見ていることしかできないというのは。
悔しさも歯痒さも、自分の中で時間をかけて鎮め、慣らしてゆき、そうして有馬の願いを果たすために前へ進む。
有馬と同じ運命を辿るのであろう…子供たちと共に。
「言い訳けだな。これは…」
俯いた琥珀の頭を、丁寧に、やや強い力加減で丈が拭く。
琥珀は静かに呼吸を繰り返していた。
目や鼻のあたりがじわりと熱くなっていて、これは涙が零れそうな兆候だと思った。
でも、泣くな、と唇を噛む。
泣いても何も変わらない。
0番隊の彼らも、同情されることなど望んではいないだろう。
できることは、きっと…このままでいることだけだ。
「…私のことは……もう大丈夫だから…」
涙を堪えて琥珀は小さく鼻をすすった。
「…士皇君にも、夕乍君にも、理界君にもちゃんと伝えるから…。みんなの事を聞いた上で、一緒に行くって……」
「…わかった」
おそらく丈には琥珀が泣きそうなこともばれているだろう。
けれど何も言わなかった。
少し強い力加減で、ぐいぐいと頭を拭いてくれる。
そんな丈の心遣いが嬉しかった。
あの戦いの場であっても揺るがない夕乍や理界の瞳と、「迷わないで」と琥珀を押してくれた士皇の言葉と、全部まとめて嬉しかった。
涙の兆候が治まって、琥珀はやっと顔をあげられた。
丈が琥珀をじっと見る。
「…櫛も…使うべきだったな」
強く拭かれた頭はひどいことになっているのだろう。
少しの怒りを込めるふりをして、琥珀は丈の胸に頭を押し付けた。


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