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(2)

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戦う者たちの間に入り勝ちを得る。
横槍を入れ、目を付けられる前に互いを潰し、圧倒的な力で戦意を削ぐこと。以上。
「簡単に言ってくれるけどな、相手が冷静に対処してきたら、敵は2倍になんだぜ」
「no problem. それすらを黙らせる技量があれば、と。彼女は言ったのではないかな?」
錦のぼやきに答えたのは月山だ。
自信に満ちた月山の態度はいつものことで、からかい混じりな口調にも、もう慣れている。
ただ、今はあの。
動きの良すぎる女の話だ。
「こえー女…」
顔の割に、と錦は呟く。
眼鏡のブリッジを押し上げて見る先には、スーツ姿の女がいる。
戦いの最中に入手したらしいクインケと、自身の赫子とを効率良く織り交ぜての攻撃スタイルで、捜査官とピエロマスクを圧倒している。
年齢よりも下にみえる横顔は、相対する敵を叩き伏せながらも周囲の状況確認に視線をはしらせる。
喰種としても能力は高いのだろうが、赫子を温存しながらの戦いは不測の事態にも対応が利く。
「(フォローも完璧かよ…)」
使うべくところでは、味方への援護に申し分のないタイミングで赫子を使用する。
「訓練された動き…野良喰種とはちげーな」
「"白鳩"に育てられた"猟犬"。おとぎ話のようじゃないか」
「はっ。物騒なおとぎ話だな…」
一見大人しそうなのが一番ヤバかったと。
このパターンには覚えがあるなと、視界の遠くでピエロを薙ぎ払う眼帯の青年を睨む。
ただ、そんな思い出に眉を顰めてばかりはいられない。
CCGの喰種に対する許容は厳しくなりつつ、同時に緩まってきている。
喰種の琥珀を"白鳩"の駒とし、嘉納の実験の被験者であるカネキを保護した。
現在はQsと呼ばれる赫包持ちの捜査官までもを"造り出し"た。
つまり、喰種の能力を有した捜査官を。
「(とっとと何とかしねーとクソ厄介なことになんぞ…)」
ピエロマスクと"白鳩"、そして白スーツの入り乱れる戦いの中、錦は慎重に敵を見定める。

「(…身体が軽い…)」
捜査官と喰種の混在する戦場で、勢いのまま飛び込んでくるピエロマスクを琥珀は赫子で貫く。
原因はわかっている──。
「(…さっきの一人。…共喰いじゃ、あんな"味"は……しない…)」
染み込むように、とくりとくりと身体に摂り込まれるあたたかな栄養。
琥珀は振り払うように赫子を戻し、刀形のクインケを握り締める。必要なだけでいいと自分自身に言い聞かせながら。
琥珀の尾赫は細いものが幾本も捻れて寄せ集まって形成されている。
時には敵を薙ぎ払い、または突き刺すそれは、共喰いの変異の果てとも云うべきか、木の根の如く養分を吸収しようと貪欲に蠢く。
本人の意思で抑えは利くものの、強すぎる本能は過敏な感覚も備えていた。
高揚と恍惚に埋もれてしまう前に理性を掴まえて鎮める。
「(ピエロの中に人間が混ざってる──)」
信じたくない可能性…いや、事実に、琥珀は眉根を寄せた。倒れた喰種から消失してゆく赫子を見下ろす。
しばらく戦いが続けば、いずれ"黒山羊"の者たちも気がつくだろう。
そして丈たちは…0番隊の彼らはいつ気がつく?
離れた場所で隊の三人に指示を出しながら戦う丈の姿がある。
クインケを振り抜く切っ先に迷いは無い。
「(…もし…気づいてしまったら……)」
彼らは…どうするのだろう──。
一度芽生えてしまった迷いは黒い霧のように琥珀の中に広まる。
「琥珀──!」
霧を散らしたのは理界の声だった。
鋭く呼ばれて、琥珀は寸前の位置でピエロマスクの赫子を避ける。
赫子があるということは喰種だ。これは、敵だ。
懐に潜り込み、胸部をクインケで貫き強く捩る。鮮血が一度、噴き出した。
ビクンと身体を痙攣させたピエロは笑んだままに沈黙する。
息をつく間もなく、骸の後方に新たなピエロマスクを確認する。腕にも身体にも血を滲ませ、それでもこちらに向かって走ってくる。
無軌道に見える覚束無い足取りだ。
喰種にしては鈍くも見える。
「(人であるなら……私は──)」
琥珀の動きに躊躇いが生まれる。
"ピエロマスク"の狙いもそれだろう。
気付いた者の剣先を鈍らせ、罪の意識を植え付ける。
"白鳩"は喰種を排除する捜査官であって、人間を殺すことなど、普段であれば有り得ない。
喰種でありながら"白鳩"として戦ってきた琥珀にも、その意識は心の底に根を張っている。
「(どっち──?)」
喰種か。人間か。
噛み締めた奥歯が軋む。
空気に溶ける血も汗も、匂いが混じって判らない。
仕留めたピエロを押し退け刃を抜いた時。突然、その腕が琥珀の身体に荒々しく縋がり絡み付いた。
太い指が琥珀の首に強く食い込む。
「がっ──…ァッ、…!」
呼吸が詰まり視界がぶれる。
琥珀は力任せにクインケで斬り上げてピエロの手首を切断した。
一方、両手を無くしたピエロは、ふらつく身体で踏み留まると、こちらへ向かってくる動きの鈍いピエロへ、ぐらりと身体を反転させて走り出す。
何かを喚きながら、体当たりをしてピエロを地面へ押し倒した。
割れたマスクの下半分から、一杯に開いた口が覗く。倒れたピエロの首に喰らいつく。
共喰い──いや、違う。
「──っ!」
踏み出した琥珀はクインケを横薙ぎにし、覆い被さる喰種の首を刎ねた。
首を失った身体。一瞬で訪れた死に気づかず、未だに餌を探そうと緩慢に腕が動く。
その様子がおぞましく、琥珀はクインケが破損するのも構わず力任せに振るい骸を弾き飛ばす。
足元では襲われたピエロが痙攣を繰り返していた。
しかしそれも、急速に弱くなり、停止した。
喰い千切られた首に治癒が促された痕跡は無い。
人間だった。
外れたマスクから口許の縫合が覗く。
身体を廻る血が引いていくような寒々しい浮遊感に見舞われる。
浅くしか行えない呼吸を意識しながら琥珀は、落ち着けと頭の中で繰り返していた。
ピエロの襲撃には人間が投入されている。別の襲撃にもきっと(何人も)使われている。(捨て駒のように)強制的に。ならば保護しないと。けれど。(人間)この乱戦で助ける余裕なんてない。(何人)私は(ひとを)助けられない(殺してしまった──)
不意に肩を強く掴まれる。
いつの間に戻ってきたのか、隣に丈が立っていた。
「琥珀」
「………平子、上等……」
琥珀の様子に僅かに目を見張る。
「……これが続くぞ」
呼吸を戻しつつある琥珀の周囲では、二人を窺いながら士皇たち三人が守りに入る。
敵に向けられる視線は強い。ただ、今は丈と琥珀をフォローするために神経を使っている。
「……すみません……少し、動揺しただけ…」
「………」
敵方の陰湿な仕込みに胸のざわつきが治まらない。
しかし油断のできない相手の前で迷いが生まれれば足手まといになってしまう。
ふらつきながらも前へ足を踏み出す琥珀の胸を丈の手が止める。
一瞬だが、咎めるような視線が掴まれた首元へはしる。
「…。お前が戦わなくても、戦える者は他にもいる」
「…!待って、私は──」
「琥珀」
もう一度、落ち着いた声色で丈は呼ぶ。
「入見たちのように、あるいはアジトの四方たちのように、支援に回ることもできる」
焦る琥珀の鼓動を抑えるように言葉を繋げる。
「…お前を置いてゆきはしない」
前に立って戦う以外にも選択はあると丈は提示する。
その上で、お前自身はどうしたいと意思を問う。
「…わたしは…」
琥珀の心は竦んでいる。
しかし丈は共に立ち止まってくれている。
「(…ついていきたい……ついていくって、私は──)」
畏れに強張る手のひらを、琥珀はゆっくりと閉じる。
冷ややかな指先の温度は戻らない。けれど感じることはできた。
恐怖で縮こまる心を一呼吸ごとに鎮めてゆく。
鼻孔に届く砂埃と血の匂い。
凄惨な殺し合いの光景にも関わらず、食欲を掻き立てる芳醇な香りの浮遊する、ちぐはぐな空間。
これが今の、琥珀の現実だ。
けれどこの現実で、丈の役に立ちたいと琥珀自身が願ったのだ。
指先に戻る熱を感じ、眩暈が遠退く。
感覚が鋭敏さを取り戻していく。
「(…私だけ…知らない場所にいるのはもう──)」
動かない丈と琥珀を遠巻きに窺う捜査官、そしてピエロたちがいる。
牽制する0番隊の三人も。
「(…何者が相手でも…戦い抜くこと……)」
その背中は元捜査官と呼ぶにしても小さすぎる。
「(…この子たちは…いつから決めていたんだろう……)」
丈さん、と琥珀が呼ぶ。
「私は…大丈夫」
見下ろす丈の視線は決して手放しの賛成ではない。
「……歓迎はできないが」
「うん。……ごめんね」
「お前の性格は知っている」
それでも、いつもと同じように応えてくれる丈の姿が琥珀の心を軽くする。
「長い付き合い、だもんね」
「──…、長いだけか?」
溜め息と少しだけ意地のようなものが見え隠れして、琥珀は微かに笑いを零す。
泰然としているように思えば些細なことを気にしたり、余裕があるように見えて、たまに拗ねたようなことを口にする。
昔から変わらないぼくとつとした声で。
いつか並びたいと思っていた丈の、様々な気持ちを見つめられる今こそ、やっと一番近くまで来られたような気がした。
贅沢を言うなら、今がもっと落ち着いた時であればと、心の中で寂しく笑う。
ゆっくりと呼吸を整えて琥珀は背筋を伸ばした。
「丈さん──…戦っていて、気がついたことがあるの…」
「どうした…?」
「…ピエロの中に人間が仕込まれてる。でも皆には…赫子でしか見分けられないと思う」
「……。そうか」
「…気がついてた…?」
「…あくまで予想だ。…助けている余裕もない」
「……うん」
「0番隊はカネキに協力するために此処にいる。逃げる者を追うつもりはないが…向かってくる意思が見られれば、俺はお前たちを優先する。それから…」
丈は言葉を止める。
「………」
「…?」
周囲の状況を確認した時、理界が二人の元まで下がってきた。
「…タケさん。来たみたい」
理界の示す方向で、数人の白スーツが一気に斬り伏せられる。
新たに現れたのは黒い集団だ。
手を止める"白鳩"たちの間を抜けて前へ出る。
目深に帽子を被り、揃いの得物を手にした黒衣の姿は不穏と剣呑が形を成したようだ。
丈は睨むように黒服の一団を見つめると、「カネキを援護する」と他二人にも指示を出した。
カネキにはこの後、行くべき場所がある。
戦いが振り出しに戻るならば予定を早めても向かう方が得策ということだろう。
士皇、夕乍とも合流して移動しながら、琥珀もまた黒服を観察していた。
"白鳩"の間で「特殊捜査官」という名前がさざめきのように広がる。
琥珀もその名に関する知識は皆無だが、丈や隊の三人は知っているらしい。
「(捜査官…?)」
一見すれば、黒服は"黒山羊"も"ピエロマスク"も押し並べて排除しているように見えるが──…。
違和感を覚えるも形にできず、琥珀は眉をひそめた。
カネキの元へ到着すると丈が口早に伝える。
「カネキ、長引きそうであればお前は先に」
「平子さん──」
早くも黒服の標的となり、攻撃を躱して後退したカネキが千切れかかった眼帯を指で払う。
成熟した0番隊だと思え、と丈の言葉に静かに頷く。
周囲に目をはしらせれば錦も月山も新手の出現により押されている。
"白鳩"とも違う独特の動きは、統制がとれていて無駄の一切を削ぎ落としたようだ。個々の能力の高さがあってこそ可能にする。
丈の言葉の通り、確かに彼らは"成熟した0番隊"のように見える──。
「(それでも……この感じ──…)」
0番隊と、そして有馬に近いものを琥珀は感じた。
動きのひとつひとつが。間合いの取り方も、連携の合わせ方も。敵の覇気にも動揺を見せず、淡々と捌く無機質な太刀筋に。覚えがある。
いや、そもそも0番隊とは何だ?
捜査官の中でも特に優秀な者がS3へ、有馬の班に所属した。しかしそれも、いつの頃からか"白日庭"の出身者が多くを占めるようになった。
"白日庭"。CCGと──和修家が管理を行う養成機関。
公にはされていない、アカデミーとは全く別の、素質ある子供たちの集まる箱庭。
有馬だって、そもそも"庭"の──
「──琥珀」
夕乍が袖を引く。
有馬の名を持つ少年の黒瞳が琥珀を見上げた。
言葉を交わすカネキと丈の元には、サポートに回っていた入見も下りてきた。
カネキは予定を繰り上げて研究施設へ向かうのだろう。抑制剤を手に入れるために。仲間は先に向かっている。
──"黒山羊"たち──
乱戦を割って、カネキの声が響いた。
自身がこの場を去る事を声高に宣言する。
頭が居らずとも戦いを制すには事足りると。
任される者たちへの期待の言葉は奮起を促した。
熱を帯びる空気の中、琥珀は"庭"の子供たちの言葉を見る。
夕乍の静かな瞳。佇む理界。
使い込まれたクインケを手に、士皇の唇が伝える。
琥珀、迷わないでね──。
カネキが動くと同時に時が動き出す。
場からの離脱を図るカネキに府河と数名が追従し、黒服が追う。
「…迷う…」
乾いた唇から声が漏れる。
"白日庭"出身の者たちには必ず特徴がある。
人よりも優れた身体能力。それゆえに可能な戦術と連携の統率。そして、
「理界と夕乍は士皇につけ。…琥珀──」
カネキが立ち去って、留まっていた空気が揺らぐ。…カネキが先ほど蹴散らした黒服の血の匂いだ。
違和感の正体に結び付く。
丈の呼び掛けに琥珀はぽつりと答える。
「…成熟した0番隊…。彼らは…この子たちと同じ…?」
「…そうだ」
「……、有馬さんも……?」
「………。ああ…」
襲い掛かってくるピエロに、琥珀は視線を向ける。
緩慢に腕を振り払うような動きで折れたクインケを投擲する。
丈もまた、ピエロの眉間を正確に貫く様を確認しながらクインケを構えた。
「(同じ──…)」
琥珀の、記憶の底に沈んでいた言葉がある。
いつ心に刻んだのか、おぼろ気でどうしても掴めない。けれど、まじないのように焼き付いて離れない言葉だ。
言葉ではなく、声だったかもしれない。
──CCGに敵対する者だけを見ていればいい──
「(そう、…あれは…有馬さんの声…)」
──必要の無い獲物は追いかけるな──
「(──それが私のためになる…丈兄のためにも……)」
余計なものには気がつかなくていいと、有馬は琥珀に言い含めた。
赫子で敵を貫いて、手応えのように記憶を掴む。
それはCCGの持つ矛盾だった。
喰種を狩る人間たちの中に香る仄かな匂い。
人間のように芳醇で、糧である細胞をたっぷりと蓄える喰種のそれが、交ざり融け合うあの香り。
有馬自身がそうだった。
"庭"出身の者は皆、そうだった。
彼らは──…
琥珀の思考を絶つように、周囲の音が一気に押し寄せる。
黒山羊もピエロも黒服も白鳩も、敵も味方も、殺すために刃を振りかざす。
「………」
互い違いの色を持つ琥珀の瞳は戦いを映す。
人形のように白いおもてに収まる双眸は、まるで作り物めいた透明さを纏っていた。
目の前の光景を上滑りするだけで、心にも感情にも、何も留めてなどいないように。
黒服を斬り伏せた士皇が琥珀に気づき手を止めた。
「琥珀──…、」
しかし言葉を交わす余裕もなく、新たな敵の刃を防ぐ。
士皇は気に掛けているようだが、今の琥珀には心配するような迷いはなかった。
ただ淡々と考えて、仕分けていた。
この作戦の目的は、"黒山羊"による"ピエロマスク"の制圧だった。"黒山羊"と"ピエロマスク"が別の集団であることを認識させるための。
その為に、人間である"捜査官"への攻撃も可能な限り回避が必要だった。
しかし"特殊捜査官"をその範疇に入れることはできない。
威圧や手加減が効くような甘い相手でもない。
「(…0番隊…"庭"を管理するのは和修家…。CCG設立の、前身となった…)」
人間と喰種を、殺していいもの、いけないものと、区別をしていたわけではなかった。…これはただ、自身が抱いていた薄っぺらな正義感と思い込みだ。
どのような理由であれ、"CCG"に属していた自分は、"喰種"を駆逐することが仕事であると。
"CCG"は──"人間である彼ら"は、"喰種"から弱い人間を護る存在だと。
そう思い、信じていた。
黒服の攻勢は止まらない。
"黒山羊"を屠り、"ピエロ"を追い払うように蹴散らしている。
傍で戦う丈もまた、こちらの様子を見守るように視線を寄越す。
琥珀は薄く微笑んだ。
「……私が捕まった時のこと、思い出しちゃった」
「…」
「有馬さんは──…。それまでに見てきた捜査官よりも、あんまりにも鋭くて……。逃げようとしたけれど…駄目だった…」
「…。」
赫子で貫いた黒服が地面に倒れて血溜りを作る。
いっときの空漠が二人に訪れる。
「何回も…何回も試して、失敗して……負けちゃって。…でも喰種捜査官は……喰種から、人間を護るのが仕事だから、…仕方無い、ことだよねって………」
血溜りは広がり続け、建物からこぼれる不確かな明りを反射して濃密に光った。
「………そっか…」
琥珀の足元まで流れて、やがて濡らした。


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