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其の心、花は知らず

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入り口が見える場所で待機──。
お願いをしてついてきたため、丈にはそう言い含められていた。
「参加しねーの?元・捜査官」
雑居ビルの屋上の縁に手をかけて、琥珀がひっそりと座って窺っていると、闇空と同じ色の上着に身を包んだタキザワがやって来た。
「そういう君こそ。入らないの?元・捜査官君」
「サラリーマン辞めて、社会のシガラミってのから解放されたんだ。面白そうな時にだけ首突っ込むさ」
どっこいせと面倒くさそうに、すぐ隣に腰を下ろす。
「こんな街中の私設ホールが、今は喰種の集会所ってか。コワいねェ」
「月山君っていう、お金持ちの喰種がいて。彼のお父さんが所有してる建物みたい」
「ル島で会ったぜ。そいつ、捜査対象だった"美食家"だ」
琥珀が軽く瞳を見開く。
「…外からじゃ分からないね。…こんな風に、こんな近くに、喰種たちが集まってるなんて」
「ここにいるヤツら、全部狩ったら褒賞金パネェな」
ニヤニヤと嗤い、タキザワが爪を噛む。
高レート喰種にコクリア逃亡者、それこそ、捜査官たちが血眼になって探す者たちばかり。
「差し出した途端、私たちも捕まっちゃうけど」
「世知辛い世の中だぜ。……。なぁ君塚、俺とお前とだと、どっちがレート高いんだ?」
「さぁ?」
どこか負けず嫌いを滲ませるタキザワの言葉に、琥珀はくすりと笑う。
軽口を叩く二人の視線の先では、時間をずらして、何体もの人影が音もなく建物に吸い込まれていく。
事前に琥珀が確認したところ、通用口など、他にも出入り可能な場所が幾つか見られた。
この場所からは一望のできないそれらも使われているに違いない。
「アオギリでも、ル島以降は逃げた喰種もいるんでしょう?」
「ああ。元から胡散臭かった連中は"消えた"な」
思い当たる節でもあるのか、皮肉を上乗せした青白いおもてに、微かな鋭さが浮かぶ。
「ただ俺の場合は途中から、しかも強請参加だからな。アオギリの詳しい事情、聞いたって無駄だぜ」
「うん…」
琥珀は瞳を伏せた。
そろそろ予定の時刻だ。
面子がどれほど揃ったのか。ここからではわからないが、間もなく話し合いが行われる。
「タキザワ君が…話してくれたことだけで十分。私だって、もう捜査官じゃないし」
「……」
敵だった者。味方だと思われる者。
暗がりの中で判別のつけられない影たちが、あの建物へと入っていった。
こうして混じり合ってみると、たくさんのものが見えてくる。
敵から味方へ。転身する関係。
捜査対象として調べた情報を──過去に追いかけていた者たちの弱味を、これからは互いにフォローし合う関係になる。
その味方の中でも、どれ程の手札を得られるか、どの程度の信用を得られるか。
それは"隻眼の王"…カネキ次第だ。
「──心配じゃねぇの?」
少し時間が過ぎた頃、動きのなくなった絵に退屈したタキザワが屋上の縁に肘をつく。
「何が?」
「平子上等。喰われちまうかもしんねーぜ?カネキは元の庭に戻っただけだ。でも0番隊の連中はよ、有馬特等の隣で、恨み、買ってきてんじゃねぇのか」
面白半分という表情で琥珀を眺める。
「…。そういう怖いこと、言わないで」
「喰種が人間を喰うのはジョーシキだろ」
「これは話し合いの場でしょう。そんな見境のない喰種はいないわ」
「どうだかねェ。まぁ、真っ先に喰われんのは美味そうな匂いのガキ共だろうがな」
「?丈さんだって普通に美味しそうよ」
「…あ?」
これまで真面目に言葉を選んでいた琥珀が、彼らの話になると途端に熱が上がる。
0番隊としての実績は、裏を返せば喰種にとっての脅威の大きさだ。
タキザワの言い分も間違ってはない。
ゆえに不安も大きくなる。
これ以上タキザワに煽られる前に、琥珀は話を打ち切るように顔を背けた。
「それに。もし本当に、食べられそうになったら連絡してねって、ちゃんと言ってあるもの」
冷ややかな夜の空気から身を守るようにコートの襟に頬を埋める。
「いざ喰われるって時に、電話する余裕なんかあんのかよ」
「………」
タキザワが小馬鹿にした時、チカリと、琥珀のコートのポケットから灯りが漏れた。
「マジか」
「えっ?」
「電話、来やがったぞ」
やっ、うそっ、と慌てる琥珀の手を掻い潜り、タキザワの手がポケットを探る。
取り出した携帯電話を耳に当てた。
「こちらオウルだ。喰われかけてんなら、コイツ連れて逃げてやるよ」
[──、]
電話の向こうから丈の声が聴こえる。
「ちょっと!だめっ、勝手に出ないで──!」
「あ?ああ、なんだ?──、……わかったよ」
丈は、用件さえ伝われば構わなかったらしい。
琥珀に代わる指示もせずに電話は切れた。
「平子じょーとーがお呼びだぞ──オイ、ひでェ顔だな」
「………誰のせい?」

建物内の照明は落とされている。
今宵集められた喰種の仲間たちだろう、疎らにたむろする彼らの無遠慮な視線が落ち着かない。
暗い通路はまるで、深海の鮫の群れに放り込まれたような息詰まりを感じさせる。
光の漏れる講堂の入り口を見つけ、琥珀は静かに息を吸った。
分厚い扉を開く──。
声の響く講堂の中には多くの喰種の姿があった。
捜査資料で見た者。コクリアで見知った者や、潜伏先で紹介された者も。そしてそれ以外のほとんどの、初見の者たち。
それら人垣の奥にカネキがおり、話し合いがなされている。
その様子を壁際からナキが睨みつけていた。…どのような流れでか、赫子を腕に纏わせて。
やや離れて丈と理界の姿を見つける。
「──ハイセも0番隊も、信用できないんだってさ」
琥珀を迎えにやって来た士皇が言う。
こちらもクインケを下げている。
「何でもいいよ…僕らは僕らで動くだけ」
士皇と共に来た夕乍も手の中で得物を回す。
琥珀が微苦笑を返すと、姿に気がついたナキが赫子の絡んでいない方の腕を上げた。
「琥珀じゃねェか。ついに人間をミキリヒンにして、喰種の仲間に入ることにしたのか」
不機嫌そうであった顔が琥珀を見て明るくなり、しかし一緒の二人に、また顰め面に戻った。
多くの喰種が集まる場でもナキの感情の波の大きさは変わらない。
そんなボスを守るように、後ろにはコートと白スーツに身を包んだ承正が控えている。
反対側に立つホオグロも方眉を上げる。
落ち着いて見える彼らだが、ナキのためにいつでも動ける緊張感があり、琥珀の肌にぴりりと刺さる。
声の届く近くまで歩み寄ると、それ以上の接近から琥珀を守るように理界が遮った。
くすぐったいようなその気遣いに、ありがとうと答えながら、琥珀は丈に訊ねる。それで、と。
「私は、どうしたらいい?」
電話の内容はタキザワしか聞いていない。
「………」
「どうかしたの?」
「いや………。今は…話を理解できる人手が、少しでも欲しい」
「うん」
「他の喰種グループとの連絡役を……琥珀、お前に頼みたい」
「丈さんの頼みなら、もちろん。でも──」
丈の傍に立って真っ直ぐに見上げる琥珀は、必然的にナキたちに背中を向けることになる。
けれどそれでいい。丈や0番隊を信じている。
「丈さんは、とっても不本意そう」
「………」
そもそも今日のこの場に、丈は琥珀を連れて来たがらなかった。
それゆえに琥珀は"お願いをして"ついてきたわけだが。
「……わかっているだろう」
カネキからの信頼が、0番隊にはある。
しかしいくら"隻眼の王"であるカネキが他の喰種に説明しようとも、0番隊の印象は拭えない。
喰種に最も畏れられてきた"CCGの死神"──有馬貴将が率いた隊。
"王"に協力し、喰種側に加勢したとはいえ、喰種たちの意識に刻まれる0番隊への敵意という溝は、簡単に埋まるものではない。
「丈さんは不本意そう、だけど。私は……嬉しい」
しかし、半分が喰種の琥珀なら。
多少ではあるが彼らとの距離も縮め易い。
「私にも、みんなを手伝わせて?」
CCGにいた琥珀を、裏切り物と呼ぶ者もいるだろう。
けれど反対に、同情を抱く者もいるだろう。
我が身可愛さに仲間を売ったと憎む者がいる反面、己が生きる為の選択だったと、それ以上の口を閉ざす者も…多くはないが、いるはずだ。
「…使えるものは老婆でも使えって。昔ね、誰かに聞いたの。今はそれ、正解だと思う」
「使うという言葉をお前に使いたくない」
「その言葉だけで、私、なんでもできちゃいそう」
「…なんでもまではしなくていい」
有言実行、不言も実行する琥珀の性格を浮かべて、丈が釘を刺す。
平淡な声色。
けれど、そこには心配が含まれている。丈をよく知る人物でしかわからない程度の不満も。
自身に注がれる丈の気持ちが、琥珀には嬉しいのだ。
琥珀は踵を返してナキの元へ向かう。
丸腰ではある。しかしその背後に残された士皇たちの視線は、異変の一切を漏らさないよう注視している。
ナキの背後に控える二人も同様だ。
「ナキは、カネキ君たちと話さないの?」
「…あのセキガンオウが…神アニキを殺った野郎だったんだよ」
「………」
話し合いをまとめるカネキを、ナキは睨み付ける。
感情の昂りは治まってはきているようだったが、名を口にすれば、激情が腹の奥からじわりと滲む。
堪え、抑えた結果、鼻をすすった。
「………恨みしかねぇ…」
「……。それでも、あなたはここに留まってくれてる」
「…」
赫子を纏っているということは、琥珀が来る前に一悶着があったのかもしれない。ナキのコートの襟元を見れば、スーツとシャツとの重なりが乱れている。
「そこにいる、承正、ホオグロ…外にいる白スーツの仲間が大切だから」
名乗った覚えの無い名を呼ばれ、二人の肩がぴくりと動く。
「ねえナキ。今は見ていて。…仲良くしてなんて、言わないから。もう少しカネキ君と…私たちを見ていて」
「カンサツニッキでもつけろってのかよ」
「毎日来てくれるの?」
「……。オレらだって…そんなにヒマじゃねー。…"白鳩"の警戒が強くなってるからな」
"ル島上陸作戦"以降、大幅に人員が入れ替わり、CCGの方針も以前より厳しく強化されつつある。
ル島での功績とコクリアでの失敗は、しかし旧体制の綻びを浮き彫りにした。
変わるための、変えるための条件が整った今、CCGの中で嗤う者がいる。
喰種たちの王となったカネキは恐らくそれを狙う。
「信じて、って、言葉で伝えても、信じられるものではないでしょう?ナキだって、神アニキに言葉で説得されて白スーツに入ったわけじゃないでしょう?」
神アニキの名が引き合いに出され、ナキの目の色が変わった。
「ったりめーだ!オレは神アニキの強さに惚れ込んで白スーツ作ってもらったんだっ」
ビシッと力強くスーツの襟を正す。
「うん。素敵なスーツね」
「この髪形だって、アニキのオールドバックが格好良いからお揃いなんだぜっ」
ピシッと両手でサイドの髪を整える。
「ナキにも似合ってると思う」
「だろっ!? 何なら教えてやろーか、オレとアニキの出合いはなぁ──」
「それは痛そうだからいいけど」
琥珀が首を振るとナキが不満を表す。
「…ナキのアニキ、軽くあしらわれてんなぁ」
「大兄貴を褒められると乗ってしまうのがナキのアニキの習性だ…」
ホオグロがぼやき、承正が答える。
その弱味こそがナキの強さとのバランスを取っているのかもしれないが。
「まぁなァ──…ん?」
気がつけば講堂に集まった喰種たちが外へと足を向けている。話し合いとやらも終わったようだ。
「琥珀ー、僕らも帰ろー」
講堂を出ていく彼らを横目に士皇が琥珀を呼ぶ。
0番隊を目に入れると、ナキはやはり顰め面となる。条件反射なのかもしれない。
「………。白スーツは…セキガンオウと、味方になってセンセンを張る気はねぇ」
とは言うものの、ナキの言葉に先程のような勢いはなかった。
感覚的な部分ではナキも分かっているのだ。考えることが苦手なために理論立てすることはできなかったが。
カネキと、手を組むことの有利を。
喰種グループの中でもアオギリは群を抜いて強力な組織だった。
組織に属さない喰種らにとっても、"アオギリの樹"という存在は精神的な拠り所だった。
人間──CCGと、対等に戦える組織。
名が表す以上に、"アオギリ"は大樹だった。
それが壊滅したという衝撃が、今、喰種たちの間には広まっている。
「味方にはならない、か──…」
「………。おうよ」
「…。味方って。言えるようになったのね」
「あ?」
「ふふ。ううん、なんでもない」
断られはしたが、琥珀は楽しげに瞳を伏せた。
その様子にナキが首を傾げていると、琥珀は、またねと、あっさり背中を向ける。
「帰んのか」
少なくとも、仲間になれだの、そんなことをもっと言われると思っていたナキは、肩透かしを食らったような顔になる。
「ええ。あなたと話もできたし。それに、こうして普通に話をしてるの、それってすごいことじゃない?」
私たち前に会ったときは戦ってたのよ──?
ふわりと返事を漂わせて、琥珀は仲間の元へ向かう。
丈の元へ。
断られはしたが、大丈夫だという実感があった。
傍まで戻ってくると、丈はやはり無表情に不満げで、琥珀もやはり嬉しくなってしまう。
「………」
あんまりにも酷いので、ついに笑いが零れた。
理界が不思議そうな顔をする。
「琥珀、どうかした?」
「ううん。なんでもないの」
「………、笑いすぎだ……」
「ふふふっ、そう?」
琥珀は丈の非難からするりと逃げる。
丈のそれは、ナキとの会話のせいだろう。
CCGから離れ、0番隊からも抜けた琥珀が隊の信用を負うようなことまでしなくていい。そんな顔だ。
しかしその歩みを、夕乍が更に抜き去りながら、振り返った。
一歩、二歩と、勢いに流されるようにして止まると、黒瞳が真正面から琥珀を捉える。
「…0番隊じゃなくなっても、琥珀は仲間だよ」
琥珀がツライなら戦わなくていいけど。と、もそりと続ける。
夕乍たち三人は、有馬の希望により昨年度から繰り上げられて隊に配属したメンバーだ。
「──でも、琥珀と一緒に戦えるなら…うれしいよ」
危険な任務に当たる機会の多い0番隊は入れ替わりも多い。
その中でも、琥珀はいつも有馬の班にいた。
三人が入った時にはもう、他班への合流がほとんどだったが。
任務を終えてまた顔を会わせる──変わらずにいるという存在は、三人にとって、無意識の支えでもあった。
やや早足に講堂の扉へと向かう夕乍に、「良いとこ取りー」と士皇がじゃれつき、理界が続く。
「──…」
斜め上からの溜め息に、琥珀が口許を押さえる。
楽しげに言葉を交わす彼らの後ろをゆったりと歩きながら、琥珀はこっそり、丈の手に指を絡めた。


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