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冷菓ノ日和

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「いたずらしていい?」
ソファーに寝っ転がって雑誌を眺めていた時だった。
ローテーブルには氷の入った麦茶のグラス。
ベランダに面した南の窓は開け放たれてカーテンが揺れる。
外と内とで混ざりあう空気は、まるでぬるま湯のように肌を包んでいる。
丈の視界の外──おそらく頭の上の側に、コンビニの袋をガサリと置いて覗き込む琥珀。
外から帰ってきたその額にも汗が浮かぶ。
「宣言しても、いたずらは成立するのか?」
雑誌を腹に広げて置くと、逆さまの琥珀が悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「目、つむって」
言われるがままに丈は目を瞑る。
仰向けに寝っ転がって、身を守るものは雑誌のみという無防備な状態。
不安のような、期待のような。
見えない状態であることは時間の経過を長く感じさせ、想像をふくらませる。
琥珀がどこかに触れるのだろうか。
琥珀のなにが触れるのだろうか。
「ふふっ」
丈よりも琥珀の方が、いくらかの緊張感に耐えられずに笑いを零す。
そして丈の左右の頬にひやり──、
微弱な痛みのような感覚が、首から首筋、その裏側へと瞬時にはしり、丈はぱちっと目を開いた。
「──冷たい」
「正解は、ガリガリさんとあずきバーでしたっ」
掲げられた手にはアイスが二つ。
今食べる?と訊ねる琥珀に、丈は起き上がって、涼しげな青い包装を指で示す。
「こっちは冷凍庫に入れとくね」
ささやかないたずらを成功させた琥珀の声が台所から聞こえてくる。
「………」
頬はまだじんじんと余韻を残している。
丈は溶けはじめているアイスを噛った。

夕刻。琥珀はソファーでくつろいでいる。
洗い物を終えた丈が冷凍庫を開けた。目的のものを取り出して、琥珀の元へ近づく。
寝っ転がってテレビを眺める琥珀には、丈の手元は見えないだろう。
「琥珀」
「なぁに?」
「…。いたずらをしてもいいか?」
琥珀はぱちりと瞳を瞬かせたが、丈の意図を汲みとると喜色を浮かべた。
「ん、どうぞ。目は閉じたほうがいい?」
「ああ」
迷わず答える丈に、琥珀は必要以上に緩みそうになる口許を我慢した。
目蓋を閉じる。
丈は昼間のお返しをするつもりなのだろう。けれど。
耳の良い琥珀には聴こえていたのだ。
丈が冷凍庫を引いて開ける音も。氷が動いた音に混じって、そこからガサリと何かを──たぶん。いや、きっと。あずきバーを取り出したであろうことも。
そしてそれで琥珀の頬に仕返しをするつもりなのだ。
期待のような、予感のような。
琥珀を驚かせるために、丈がそろりと動く様子を目蓋の裏に思い描く。
瞳を閉じた琥珀の唇が堪えきれずに笑みのかたちに結ばれる。
………。
少しの間、丈は動きを止めていた。
「………?」
不思議に思った琥珀が目を閉じたまま身動ぎをすると。
やっと触れた。唇に。
冷やっとした、なにかが──
「──ひゃっ、んっ……んぅ…っ?」
冷たいそれは口に含むには少し大きく。
そして、芳ばしくて、ほろ苦くて、美味しい。
瞳を開いた琥珀の唇には、丈の指につままれたそれがまだ押しつけられている。
「コーヒーの味、の、氷??」
「作ってみた。製氷器で」
ちろ…と舌を出して、琥珀は唇に滲む水滴を舐めとる。
丈の指の温度でも氷は溶けるため、ちうと吸ったり、ぺろりと掬ったり。
けれど段々と間に合わなくなって、琥珀は丈の手に指をかけ、せがむように口を開いた。
丈が琥珀の口に氷を与えると、カラリと前歯にぶつかりながら収まった。
唇から溢れて垂れそうになる水滴を丈が指で拭ってやると、琥珀は照れたようにはにかんだ。
琥珀が身体を起こし、丈も隣に座る。
「ふふ…っ、……つめひゃぃ」
「味はどうだ」
「んっ」
冷たさを口から逃がすように、時おり、はわ〜と上を向いて口の中で氷を転がす。
美味しいと言おうとして、しかし氷が大きいせいで琥珀は上手く発音ができない。
手で口許を気にしながら、困ったように、でも楽しげに、一生懸命身ぶり手振りで丈に伝えた。
丈も、自分用に持ってきていたあずきバーの袋を開けた。
「また作っておく」
未だにはふはふしながら、琥珀はこくこくと頷いた。


170715
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