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おあずけ、

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営業時間を終えたその喫茶店では、しばしば会議のような話し合いが行われていた。
いくつかの喰種グループが併合されてまとまった"黒山羊"は、まだまだ互いを知るには日が浅い。
グループ同士、または個々の意識の違いを完璧なフラットにすることは出来ないだろう。
しかし、互いに一歩でも、近づくことなら不可能ではないはずだ。
この日も、リーダーのカネキの呼び掛けで情報交換が行われ、終わったのは日付も変わるという深夜だった。
「ではスーツが仕上がるまで、もうしばらくは目立つ戦いを避けてください」
広げていた区内の地図をカネキがたたむと、退屈そうに椅子を揺らしていたナキが不満の声をあげた。
「"白鳩"のアジトに乗り込んでよぉ、ふるたん?をシメりゃ済むハナシじゃねぇか」
旧多だ、と隣に座るミザが訂正した。
「この作戦は白スーツを着て戦うことが前提なんだから仕方ないだろう。店主、遅くまで悪かったな」
承正とホオグロを伴ってナキが店を出て、その後に続くミザに、店主であるトーカがお疲れさまと声をかける。
ついでに、流れに紛れて出て行こうとするアヤトの背中を見つけて呼び止めた。
「アヤト、アンタ食事は?」
「…別に今は空いてねーから」
「アンタね、遠慮なんて──」
「してねーし。つか、そんなに喰わせたいんなら、そっちのいつまでもヒョロいリーダーに喰わせてやれよ」
言われたトーカの視線がカネキを見た。
「………。カネキ、夜食すぐに出せるけど」
「ええと、ヒョロいのは否定してくれないんだ…」
トーカちゃん…。
出ていくアヤトとカウンター席に座るトーカとを見比べながら、カネキがさびしそうに呟く。
離れた席でやり取りを聞いていた0番隊の、最年少の士皇も目蓋をこすった。
「お腹もちょっと空いたけど…、それよりも眠くなっちゃった」
「…だから寝てていいって言ったのに」
「だって参加したいじゃん。作戦会議」
ぼそりと言った夕乍に口を尖らせる。
人の行動と喰種の行動には時間帯のずれがある。
夜に紛れて活動する喰種には、この時間でも浅い。
変わって、この店で世話になる0番隊の面々は時間帯不規則に組まれる任務ももう無く、至って真っ当な生活を送っている。
成長期の十代ならば早起きをすれば当然、早寝を素直に求める身体になる。
琥珀は、どこか気の抜ける会話に小さく笑い、テーブルに残ったコーヒーカップをトレーに乗せた。
戦いのための話し合いの場なのだが、年若いゆえか順応性が高い。
「僕もコーヒーを飲めば眠くならないかなぁ」
カフェオレを飲み終えたカップを琥珀に渡す。
「士皇君、今度は眠れなくなっちゃうんじゃない?」
「…僕もそう思う」
「琥珀と同じく」
「えーっ!」
そう言う夕乍と理界が飲んでいたのはカフェオレと紅茶だったが、二人ともまだ眠気は感じていないようだ。
納得のいかない士皇は丈にすがる。
「じゃあタケさんはっ、どう思うっ?」
丈はコーヒーの最後のひと口を口に運んでから答えた。
「…。カフェオレで我慢しておけ」
「もーっ!」
士皇が今度こそ頬を膨らませる。
カウンターとテーブルを往復する琥珀に、丈がカップを渡す。
「琥珀」
「あ、ありがとう」
丈が席を立つのと同時に三人も立ち上がった。
若干一人はまだ不満が残る顔をしていたが、銘々に、カネキらに声をかけて喫茶店奥の扉をくぐる。
見送りながら、トーカが袖も捲った。
「琥珀さんもありがと。後はアタシがやっとくから」
「ありがとう、トーカちゃん」
「ん。あ、その代わりにっていうか。明日の買い出し、また頼んでもいい?」
カウンターの中へ入ったトーカが琥珀から食器を受け取り流しへ下ろす。
琥珀は、この店で世話になるばかりでは申し訳ないからと、店の雑用や"黒山羊"の活動を手伝っていた。
「もちろん。前と同じ時間でいいかな?」
「うん。……。」
トーカは頷くと、しかし言葉を途切らせる。
「どうしたの?」
店全体の片付けをはじめていたカネキと四方も、椅子を戻す手を止めた。
「なんかて言うかさ、馴染んでるよね、0番隊。捜査官ってやっぱメンタル強いのかなって思って」
トーカの疑問にカネキが答える。
「確かにそうかもしれないね。考えてみたら平子さんたち、喰種に囲まれてたワケだし」
「それもね。アンタのお陰でこの店、喰種だらけになったんだから。アイツらのコーヒー代はアンタに付けとくからね」
「えっ………。うん…、いつか払うよ」
「何マジに取ってんの。冗談だって」
トーカの言葉に次々と表情を変化させるカネキ。
今度は琥珀が笑った。
「ふふ。四方さん、二人っていつもこうなんですか?」
「………昔からだ。…トーカも、ケンも」
寡黙な性質の四方はそれ以上は語らないが、二人を見守る表情はやわらかい。
この店はカネキがいつでも戻れるようにと用意した場所らしいが、それよりももっと大きな意味が、彼らにとってあるのだろう。
心に浮かぶ温もりに琥珀も微笑む。
「トーカちゃんも、…カネキ君も、良くしてくれるから。みんなリラックスできてるみたい」
四方さんも、と加える。
口数の少ない同士で気が合うのか、丈と四方が店で話をする姿も見かけていた。
「……丈さんは少し…まだ表情が硬いかもしれないけれど」
無意識に零れた言葉は、:reの空気にふわりと溶けた。
カネキとトーカの掛け合いが止まる。
「それじゃあお言葉に甘えて。私もお先に失礼します」
琥珀はおやすみなさいと頭を下げると、店の奥の扉を開けて出ていった。
扉が閉まって、トーカとカネキが順番に首をかしげる。
「…平子さん。普通の顔してたと思うけど。そうなの、カネキ」
「えっ。いや、いつも通り……みたいな気がするけど。どうなんでしょう、四方さん」
「………。」

扉の奥の階段を上がり、丈の部屋の扉をノックする。
中からの返事を聞いて琥珀は扉を開けた。
ベッドの上で、胡座で本を読んでいた丈が顔を上げる。
ここへ来た当初は隊のメンバーと同室だったが、0番隊もここへ身を寄せることとなり、別に部屋を借りたのだ。
「お疲れさま。今日も賑やかだったね」
ベッドの縁に琥珀が座ると丈は本を閉じた。
「いいのに」
「…いや」
本を脇に置くのを見た琥珀は、遠慮しながらも、けれど了承の様子に、嬉しげに身体を寄せる。
「どうした」
「うん…」
丈の肩口に寄りかかって額をつける。
捜査官ではなくなった琥珀だが、同時に丈も捜査官の名を失った。
琥珀はある意味で自由となったが、今度は丈が大手を振って歩けない身分となったのだ。
それでも丈はなにも言わない。
訊ねてもきっと、こうなったのだから仕方ないと答えるだろう。
今できることをすると。
そんな考え方をする人間だ。
琥珀が瞳を伏せたままでいると、丈の手が琥珀の肩を抱く。
琥珀は小さく笑みを零した。
昔から、口数は決して多くはなかったが、丈はいつも琥珀を安心させてくれる。
「丈さん、さっき少し緊張してた?」
「捜査資料で見ていた姿ばかりだからな」
琥珀の言葉に、丈は先程のメンバーを思い浮かべる。
喰種グループのリーダーだったり、単体でも十分に名の通った喰種たち。
今日は参加していなかったが、丈が班を持っていた頃に追いかけていた喰種もいる。
その捜査の関係で琥珀との約束が潰れたことも何度かあった。
「丈さん」
「…ん?」
「あのね…、マッサージしてあげるっ」
「唐突だな」
「いいからっ。はいっ、寝っころがってっ」
言葉通り唐突に、琥珀の指示のもと、丈がベッドに俯せになる。
スカートを少し持ちあげた琥珀は丈の腰に乗っかり、手のひらで肩をほぐしはじめた。
「気持ちいい?」
「………。あったかい」
「えー」
もっと違う感想言って、と琥珀の声が丈に降ってくる。
首筋と肩と、その下を丁寧に揉みほぐしていた琥珀の手がさらに下へと移動し、腰にかかる。
丈が気持ち良いかは疑問のままだったが、痛いと言われないので悪くはないのだろう。
琥珀は内心でそう決めて、指や手の腹で腰を押す。
このマッサージで、緊張も一緒にほぐれたらいいと思いながら。
もちろん、喰種の琥珀が力一杯に押したら骨が砕けてしまうと思うので、あくまで弱めに。
「寝た?」
「…起きている」
「ふふ。でも丈さん、ずーっと私と一緒にいたから、喰種にはだいぶ慣れてるんじゃない?」
丈と琥珀は幼馴染みだったが、琥珀は自分が喰種であることを隠して生きてきた。
丈が捜査官となったのち、琥珀が喰種だったと明るみになった。
けれど、それでも二人は共にいたのだ。
「………」
何かを考えているのか、丈はしばらく無言だった。
それから、のそりと身動ぎをする。
琥珀は上から退こうとしたが、丈がその手首を掴んで留める。
俯せだった体勢を仰向けにして寝転んだ。
腰に跨がったままの琥珀は、その状態で顔を合わせることになり、照れたようにはにかむ。
幼い頃、丈を起こしに来た琥珀も、こんな風に乗っかって楽しそうに笑っていた。
「……」
なかなか丈から言葉が返って来ず、琥珀が視線で問うと、ようやく丈が口を開いた。
「比べるのがお前では可愛すぎる」
掴んだ手首を愛撫し、指を絡める。
琥珀の頬がぽっと染まった。
それはきっと。今日のように大勢の喰種の只中にいるのと、琥珀一人が傍にいるとでは比較にならない。という意味なのだろう。おそらく。
今の行為にも言葉にも深い意味はない。たぶん。
「どうした?」
「…なんでもないから…」
「顔が赤い」
「あ、あんまり見ないで…」
「この体勢でそう言われてもな」
「〜〜っ…!」
片手は丈が掴んでいるから動かせない。
琥珀は残る片手を口許に当てるが、火照った顔は覆えないし、恥ずかしげに彷徨う視線も隠せない。
「丈さんは…にぶすぎるの……。意識しないでそういうこと言うんだから…」
「…?」
「も、もう考えないでっ…!わ、私が勝手に照れてるだけだからっ…」
羞恥に耐えられなくなった琥珀が今度こそ離れようとする。
しかしその前に自由だった手も丈に捕らわれた。
決して強く掴まれているわけではない。
しかし琥珀は振りほどけない。
「…やだ…もう………いじわるしないで…」
「この体勢で、逃がすと思うか?」
「…そんなこと考えてたの…?」
「途中からだ」
琥珀の睫毛が震え、困ったように唇を結ぶ。
「嫌か?」
「……嫌じゃないから…困ってるの…」
琥珀の手を掴まえていた片方が離れ、今度は頬に伸ばされる。
すり寄るように琥珀も身体を前へと倒した。
やわらかな頬と、ふっくらとした唇。丈の親指の先が唇をなぞって薄く開かせると、吐息が零れた。
その時、ノックの音とほぼ同時に部屋の扉が、ガチャ、と開いた。
「すみません平子さん、さっき伝えるの忘れて──」
ノックとは。
部屋の中の者に伺いをたてるもので、来訪者はあくまで招かれねばならない。
と。扉を開いたカネキの頭にまず過る。
続いて、丈、琥珀、そしてカネキについてきていたトーカの頭にも、類似した思いが浮かんだ。
ベッドの上で戯れる二人と、扉の前で立ち尽くす二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「………。アンタさぁ、ノックと同時に開けてどーすんの」
「──ですよねっ、確かにっ!トーカさんっ…!」
「何でアタシに敬語?」
「あっ…!ええとっ、…用事は明日に…っ、お邪魔しましたっ…!」
「カネキ。アンタ、慌てすぎ」
カネキは局で培ったキレのあるお辞儀を披露して廊下を走り去った。
残されたトーカもまた、決まりの悪い様子でチラと室内を見て、扉に手をかける。
「えーと……ゴメン」
普段、きびきびとした動作のトーカが、静かに、且つ丁寧に扉を閉めたのは、せめてもの気遣いだったのかもしれない。
カチャ…と最小限の音を残して、再び部屋が閉じられた。
廊下の足音が完全に聞こえなくなってから、琥珀が両手で顔を覆う。
「わ、私っ、こんな格好で──っ…」
「…そういうやり方もある」
「た、丈兄ってば…!そういう問題じゃ…!」


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