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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



(7)

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その音を、聴き逃す筈がない──。
「そろそろ観念したまえッ、元・上等ボーイ──!」
銃撃と野太い声に紛れたが、丈は足元で弾ける音を確かに今、耳にした。
周囲に視線を走らせる。
「──…。」
「余所見など以ての他!」
覚悟ッ!と声高らかに田中丸が丈に砲身を向けた。
そこを狙って、数体の喰種が田中丸へと飛び掛かる。
「………」
丈は"ナゴミ"を構える手を下げた。
その姿を、見間違える筈がなかった。
行くつもりだったんだが、と頭に浮かんで、
「……迎えに来られてしまったな」
無意識に、ぽそりと声が零れた。
CCGの敵に回り、かつての同僚と斬り結び、特等捜査官にクインケを向けられる。このような状況であるというのに。
困ったことに、口許が緩むのを丈は感じた。
パキッ──…
丈の注意を引くように、高い天井からぱらぱらと破片が落ちてくる。
「………。」
動きを止めた丈の元に四方がやってきた。
「──…、どうした…」
「…あの姿は、」
「…?」
「嫌いだと、言っていた」
嫌いだから丈には見せたくないのだと、はじめの頃はしょげていた。
最近はしょげることは無くなった。
しかし今も、決して本意ではないだろう。
戦いから離れた奥まった場所で、カネキの仲間である喰種の前に、彼女は在った。
"その中心"にヒトの形は残っているが、静かに赫子を展開し、異形のモノに成長しつつある姿。
「…、…赫者か──」
「仲間だ──…、彼女が捜査官を足止めする」
元より戦いに向いた性格ではなかった。
丈ももう戦わせたくなかったから、一先ず遠くへやってみた。
けれど来てしまった。
丈を求めて。
それは自分で思った以上に丈を喜ばせ、やはり徒労だったと少し呆れさせ、生きて再び会えたと心から安堵させた。
「0番隊が彼女と共に殿を務める。カネキに伝えてほしい」
「………わかった」
四方は頷くと、伝えに向かう足を少しだけ止めて呟いた。
「喰種を…、仲間と呼ぶ…捜査官もいるんだな──」
「………」
足の下で起こる、意識しなければ聴こえなかった音が少しずつ増えている。
そろそろ周囲の者も気がつくだろう。
安浦と斬り結んでいたカネキの元に四方が到着する。
0番隊、そしてカネキも、有馬の元で戦うあの姿を見ていたはずだ。戦い方を知っている。
「(閉じられた空間で生かせる能力だと)」
喰種らの動きが消極化したことに、捜査官の間にも違和感が広がる。
カネキの撤退を促す声が響き、丈も隊を呼んだ。
「平子班長、我々は──」
「カネキたちは撤退する。0番隊はこの場に留まり応戦する。琥珀への攻撃は通させるな」
特等捜査官を相手にすることは容易ではなく、激しい戦闘の最中で欠けた仲間もいる。
今から自分達の退路を確保するのにも危険が伴う。
しかしその中で、年若い三人の目が輝いた。
同時に、琥珀の存在が周知となる。
「──有馬ボーイのピクシーが何故ここにッ…!?」
「彼女は…支局護衛に就いていたはずでは──…」
急ぎ排水路へ降りる喰種への追撃を、琥珀の赫子が阻む。
新たな離反者の出現に、田中丸の怒気が増し、安浦の眉間が歪んだ。
「琥珀だっ。やっぱり来ちゃったね」
「集中しなよ。ここでやられたらもう話せなくなるよ」
老化してひび割れたコンクリートを更に割って、周囲には多数の赫子が生えている。
一つ一つに見えるそれも、よく見ると細い赫子が何本も絡まって一本と成し、まるで黒い蔦のように蠢く。
仲間を逃し終えたカネキがやってきた。
「平子さん、僕も戦力として残ります」
「カネキ、お前は──」
丈が口を開こうとすると、続けざまに言う。
「王の役割は喰種を助けることなので、琥珀さんも含まれてると思うんです」
「………。」
口を閉ざす丈を見て、「あ、平子班長怒った」「口を挟まない」などと、0番隊員の白フードが揺れる。
「だから、皆で一緒に逃げるという方向で話は解決、ですよね?」
「………琥珀が仕掛けるまであと僅かだが、気を抜くな」
「はい」
はじめは琥珀を薄く覆う程度だった赫子も、今では数倍の護りを誇る。重なりあった赫子の花びらは、多少の攻撃では散らないだろう。
「(ただ、万全でもない──)」
赫者とはいえ、琥珀の持つ赫子の性質上、鉄壁の強度は造れない。
威力のある攻撃は防ぎきれないし、威力の劣る攻撃であっても同じ箇所を狙われ続ければ、いずれ破られる。
丈は不規則に揺れる赫子を見た。
血管にも似た赤い筋が、命の鼓動であるように浮かび上がっては暗く沈む。
一方、足止めを余儀なくされた捜査官らの表情には怯えが生まれていた。
捕まれば、それは瞬時に己に絡み付き皮膚を破り、はらわたを目指し喰らうだろう。
琥珀とて、喰種なのだ。
24区の地下で喰種にのみ向けられていた敵意が、本来、喰らいたいのは人間のはずだ。
精密に、喰種のみを選別して狩り続けてきた赫子。
それが今、自分達に向けられている──…。
蔦での牽制をしながら、琥珀もまた、並行して根を潜らせていた。
捜査官たちの恐怖とは裏腹に、琥珀が目指すのは固く温度の無い壁の中だ。
外からは不可視のコンクリートの奥、天井へ。
探り絡めて、素早く伸ばし続けていた。
「(あと少し………)」
「君塚捜査官は平子上等と共謀…そう考えて良いのかしら」
「──…!」
最低ラインと思える範囲まで赫子を拡げようとしたその時だった。
安浦の"是毘図"から打ち出された砲弾を、蔦を囮に相殺する。
「……、判断は安浦特等にお任せします」
射撃位地へ、琥珀が視線を移した時には既に移動を始め、安浦は次なる砲弾を放つ。
末端が燃え、死に絶える痛みを表情の奥に押し込めて、琥珀も棘を射出する。
「平子上等がいる限り、貴女は裏切らないと思っていたのだけれど。その平子上等が先だなんて。逆だったわね」
「……平子上等は、私のために離反したわけではありません」
「では何故?」
「………」
砲撃に煙る中、安浦が距離をとる。
「貴女の言う通り、"今回"の理由は違ったとしても。遅かれ早かれ、この結果に行き着いていたんじゃないかしら」
琥珀が喰種である限り、いつか訪れる廃棄は免れない。
その時に丈が離反する可能性を安浦は示す。
琥珀は首を振った。そんな想像はしたくない。
「そんなこと…」
「貴女たちを見ているとそう思える、けれど。問答をしている暇はなさそうね──」
安浦の元に捜査官が揃う。僅かな人数で陣形を組み、安浦の狙いを定めさせる。
琥珀の前に0番隊員の影が滑り込む。
「職務の放棄により、君塚琥珀…"SSレート喰種・ナイトメア"を駆逐対象とするわ。それから──貴方ももちろん処罰の対象よ、平子上等」
「………」
背後の琥珀に向かって、丈はぼそりと呟いた。
「見立てでは、もう少し寝坊してもらう予定だった」
「…確かに私は寝るのが好きだけど、雑に扱いすぎ」
「すまん」
「それに私は、丈兄がいないと熟睡できないの」
「悪かった」
「………、会いたかった…」
「今日からは、ずっと傍に居る」
丈が確かな言葉を返して口許を緩める。
琥珀も、それなら許してあげると微笑んだ。そして、

パ キ ッ──…

高い天井で、音が弾け、砕いた。
その瞬間から連鎖が始まる。
一点で起こった甲高い破裂音。
それは線となって天井に拡がり、壁面へ伝わった。
壁内に網目のように走らせた赫子を、琥珀は締め付けるように引き寄せる。空間の重さに耐えきれず、構造全体が不吉な悲鳴を上げた。
妨害するべく、琥珀へと急ぎ放たれた"是毘図"の砲弾を"ナゴミ"の幅広の刀身で防ぐ。
高温の爆風が丈の肌を焼く。
「天井を…!?崩すなんて──!」
天井の欠片が降り注ぎ、欠片は破片となって落ちてくる。
コンクリート内部を引っ掻くように、琥珀は更に赫子を締め、至る箇所で破砕を行う。
老朽化した地下通路は、子供の積み木のように脆い。
狙いをつけて崩落させることこそ不可能だったが、重点的に頭上を崩せば、少なくとも嚇し程度にはなるだろう。
未だに戦意を失わない田中丸が吼える。
「喰種とてッ!瓦礫に押し潰されれば命はあるまいッ!!」
「──そうですね。でも、その喰種である私なら、あなたたちの部下よりも疾く、この場から逃げられます」
真っ先に逃げ出す背中を、互いが狙っていた。
しかし逃げなければ生き埋めとなる。
誰もが動けない睨み合いの中、人間ほどのコンクリートの塊が激しい音をたてて落下した。
「望願、潮時よ。部下を犠牲にしてまで意地を張るべきではないわ」
安浦の言葉に田中丸が、ぐぬぬ、と歯を食い縛る。
「──ッ、退避せよッ!!」
田中丸の怒声が響き渡り、追い縋るか退くかを迷う捜査官たちの足を決めた。
崩落の揺れに包まれる中、カネキも呼ぶ。
「平子さん!僕たちも──!」
「ああ。琥珀、退くぞ」
先に排水路に0番隊が降り、カネキが続いて降りる姿を確認する。
しかし琥珀の瞳は最後まで"敵"の姿を捉え続ける。
「先に行って。私はここを完全に塞ぎます──」
仲間を確実に逃がすために最後まで留まるのが琥珀の役目だった。
その役目から引き剥がすように丈は琥珀を強く呼んだ。
「この戦いは勝たなくていい。足止めが出来れば十分だ」
「でも──」
「それに、お前はもう捜査官じゃない。もう、…盾にならなくていい──」
──…、
見えない糸が切れたように。
琥珀の中でなにかが弾けた。
身体から力がふっと抜け落ちる。
引っ掻いて締め上げていた赫子が、赤くて黒い破壊の衝動が、端から薄まってほどけて、消えていく。
壊れる轟音は止んでいないはずだ。
なのに、琥珀の中はとても静かだった。
見下ろす場所にいた丈を、今は琥珀が見上げている。
地面に座り込んだ琥珀へと、丈の手が伸び肩を掴む。
行くぞ、と丈の口が動いた。
首筋は火傷で赤く爛れていた。
「……丈兄、怪我が…………」
この他にもきっと多くの怪我を負っているだろう。
自分の知らない場所で戦って。
自分の知らない場所で傷ついて。
琥珀の目の奥がじわりと熱くなる。
押さえつけるように、丈は強く琥珀を抱き抱えた。
「手当てが必要だ。…後で頼む」
琥珀は何回も頷いて、強く強く、丈にしがみついた。


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