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教えてほしいな

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それは喰種対策課のオフィスでの出来事。
篠原が呼び出されたため、琥珀は一人で応接用ソファーに背筋を伸ばして座っていた。
もう一人のお目付け役である真戸もまだ来ていない。
オフィスには捜査官の姿もちらほらあるが、琥珀が喰種であることは周知であり、話しかけてくる者はいなかった。
本当ならば常に上位捜査官と行動しなければならない規則なのだが、不審な動きも無いこともあり、琥珀はわりと放ったらかしにされていた。
「(コーヒー、淹れようかな)」
ちら、とコーヒーのマシーンを伺ったりもするのだが。
琥珀が動くと未だ捜査官らに緊張がはしってしまうもので、どうも申し訳ない気持ちになる。
「(話しかけても避けられちゃうし……)」
そうして借りてきた猫よろしく、琥珀はぴんと緊張した体勢のまま二人の帰りを待つのだ。
「(篠原さん、早く帰って来ないかな…)」
自分を挑発してくる真戸さんはその次でいいけど、とか本音もチラリ。
すると、
「あっ、もしかして琥珀ちゃん!?」
「──!?」
この時ばかりは職員よりも琥珀の方が驚いた。
誰?なに?と。まさか名を呼ばれるなんてという意外さもあって、琥珀は思わず肩を竦めた。
「ごめん、驚かしちゃった?」
オフィスの入り口からまっすぐ琥珀のもとへやってきたのは伊東二等だ。
勢いのまま琥珀の手を掴むと、「久しぶり元気だった?」と極めて軽い挨拶をする。
「あ、えっと…二日ぶりです、伊東二等…」
「いやいや、伊東で二等って呼びにくいでしょ。倉元で良いよ。ついでに階級も堅苦しいからなくていいや」
倉元は琥珀の隣にちゃっかり着席。
にこにこと普段から笑っている細い目で、しかし琥珀の手も離さない。
「いえ、そんな…」
「いいから、いいから」
「あの……」
にこにこにこにこ。
笑顔で押しの強い倉元に、琥珀はいつもタジタジだ。
琥珀が捜査官の身分を与えられ、篠原預りとなってはじめて話しかけてきたのが倉元だった。
以来、倉元は琥珀を見つけると必ず話しかけてくる。
孤立している琥珀にとって話し掛けてくれるのはとても有り難い。けれど喰種と親しくしていては、彼の立場を悪くしないだろうか…。
前に、私と話してたら怒られちゃいますよ、と伝えたことがあったが、その時も倉元は、
「いーのいーの、捜査官同士で親睦深めるのも大切なお仕事なんだから」
と、お構い無しだった。
喰種として捜査官になることの意味は分かっていたことだが、やはり狭いオフィスで、自分の存在を無いものと扱われるのは寂しい。
そんな中、隔てなく声をかけてくれる倉元は琥珀にとって有難い先輩だった。
「じゃあ…倉元さん、て…呼ばせてもらっても──」
いいですか?と。
遠慮がちに倉元の名を呼べば、呼ばれた当人が悶絶した。
「〜っ!ヤバイ、リア死にしそう俺…!」
「リア死にとけー倉元。琥珀ちゃん、お待たせ」
「あ、篠原さん」
「篠原特等〜、あんまりっスよー」
「お前なあ、ウチの子をナンパしてるんじゃないよ。琥珀ちゃん怯えてるだろ」
「そんなことないですって」
向かいのソファーに腰を下ろす篠原に琥珀はほっとする。
「お話は終わったんですか?」
「ああ。後は真戸が来たら出発しよう」
「えー!俺、今帰ってきたところなんスよ!なんだ入れ違いかー」
せっかく琥珀ちゃんに会えたのに。
倉元は明らかにガックリと肩を落としてみせる。
「あ〜、俺じゃまだダメだしなぁ〜」
「何がまだなんだ?」
膝に頬杖をついて琥珀をじーっと見る。
「篠原特等羨ましいっスよー。だって琥珀ちゃん、俺に対して緊張しっぱなしなんですもん。だから局で琥珀ちゃん見つけたらガンガン話しかけてるんですけど。まだ足りないかー」
「ご、ごめんなさい…」
「琥珀ちゃん、謝らなくて大丈夫だから。倉元、お前は今すぐ組んでる奴に謝って仕事をしろ」
篠原に睨まれても倉元はへらへらと「してますってー、仕事」と、まるで効果がない。
「大体、組んで動いてれば嫌でも慣れるさ。ね、琥珀ちゃん」
「そんな、全然嫌じゃないです。篠原さん、優しいし、色々教え下さって…とっても勉強になっています」
「おい、聞いたか倉元?はぁ〜っ…琥珀ちゃんは良い生徒だよ」
「琥珀ちゃん、ホントに?無理してない?」
元教官の哀愁を漂わせる篠原と、今時の若者の軽さを象徴したような倉元のやり取りが可笑しくて、琥珀はくすくすと笑った。しかし、
「大丈夫ですよ。担当して下さったのが篠原さんで良かったです。…真戸上等とはそんなに仲良しじゃないですけど…」
つい、まだ到着していない真戸のことを思い出してしまい、口ごもる。
「真戸上等かー。確かにちょっと特殊な人みたいだけど。琥珀ちゃん、真戸上等苦手なんだ?」
「………」
「えっ、黙っちゃうほど!?」
「そうか。倉元お前、琥珀ちゃんと真戸が話してるとこ見たことないのか」
「いやー全然」
「二人のやり取りは凄いぞー。コントみたいで」
「こ、コントじゃないです篠原さんっ、私、大真面目ですっ」
琥珀は不本意だと言わんばかりに顰め面をした。
けれど他人から見れば、頬を膨らませたに過ぎない琥珀の顔は、あまり怖くなかった。
「マジすか!?琥珀ちゃんがコントとか、超見たいっスそれ!」
「いやぁ、真戸の本気と冗談が分かりにくいのはいつものことなんだが、琥珀ちゃん、真面目だから全〜部引っ掛かるんだよ。それがまた面白くてなー」
面白いから二人の会話は止めずにほっとく、と発言する篠原に、倉元もヤバいウケるなどと乗っかるものだから。
いよいよ琥珀の顔も、ぶすっとむくれる。
「……そんな風に見てたんですか、篠原さん」
むくれた上に人間不信の視線を篠原に送る。
篠原の正面にいた琥珀だったが、いつの間にか心の距離と言わんばかりにソファーの端っこにくっついている。
拗ねている。
「………」
「あ」
「へ?どしたんスか?」
「真戸から連絡だ。すまん、席外すな」
「うぇっ、篠原さんずるいですって!」
こんな琥珀ちゃん置いてくなんて俺どうしたらいいんスか…!
携帯を片手に、後は頼むと丸投げした條原がそそくさとオフィスを出ていく。
残された倉元は、チラ、と琥珀を見る。
拗ねて怒っていたせいで、篠原の背中を追いかけて睨んでいた横顔は少し紅潮している。
ちょっとからかいすぎたなーと、倉元は半分だけ反省した。
だが琥珀がこんなにも表情を変えるのははじめて見た。
「(やっぱ、ふつーの女の子じゃん)」
琥珀が自分を助けてくれた時のことを思い出す。
病院の自動ドアから舞い込んだ突風に、慌てて上着の裾を押さえていた。
深く被ったフードの下で、桜色の唇が微笑んだ。
今、その唇を僅かに尖らせて、琥珀が倉元を見ている。
「わっ…」
「倉元さんにまで……やだもぅ、私……恥ずかしすぎる…」
色々と露呈したことが恥ずかしいのか、琥珀は膝に頬杖をし、ため息を吐く。頬は隠したが、おでこも、髪の間から覗いた耳も、実は赤く染まっている。
なんだか、
「(可愛いなぁ…)」
琥珀が"どんな人間として"暮らしてきたのか、倉元は知らない。"どんな喰種なのか"を僅かに知っているだけだ。
しかし今、目の前で喜怒哀楽の感情を目まぐるしく見せる琥珀を、もっと近くで見て、知りたいと思いはじめている。
「あー…ゴメンね?琥珀ちゃん。琥珀ちゃんにも意外な一面あるなーと思ってさ。ついからかっちゃった」
「いいんです…。すぐにムキになる私が子供なんです」
「まぁまぁ。そんな気にしなくていいんじゃん? 篠原さんも悪かったんだし」
「………本当、ですか…?」
眉を下げて、情けない顔をした琥珀が目を上げる。
確か自分より一つ年下だったはずだと、倉元は資料の記述を思い出す。
この普通の女の子にしか見えない琥珀は、一ヶ月前は普通の女子高生として学校に通っていた。
喰種と発覚しなければ今ごろもきっと──、
「琥珀ちゃん、あのさ。こう、やってもらっていい?」
倉元が人差し指を立てて口許に当てる。
しーっ、とか、秘密、とかのポーズだ。
「?こうですか?」
突然のお願いに意味を図りかねた琥珀だったが、困った顔のまま仕草を真似た。
「そうそうっ、そこで〜はいっにっこり笑って!」
「???えっと…?」
「琥珀ちゃん表情硬いよ〜、ほらっ、笑顔笑顔っ」
「え、ぇと……」
倉元があんまりにも唐突に、テンションを高く言うものだから、琥珀もだんだんとつられて、こうですか?と戸惑いながら、はにかむ。
「おっけーバッチリ!」
「倉元さん、急にどうしたんですか?」
照れながら訊ねる琥珀に、倉元は親指を立てた。
きっと学校の友達と、こんな風に意味不明なことをしたり、ふざけたり、日常を送っていたのだろう。
拗ねて、むくれて、しょげていた琥珀が、また笑った。
それが嬉しい。
彼女が喰種であったとしても。
「琥珀ちゃん」
「なんですか?」
「俺さ、…実は琥珀ちゃんとは昔、一回会ってるんだよね。琥珀ちゃんは、覚えてないかもしれないけど」
「え?」
きょとん、と。
不思議な顔をする琥珀がやっぱり可愛いくて、倉元も笑った。
覚えてないのかと、ちょっとだけ残念な気持ちもあったが。
あんな情けない運び方をされたことは忘れたままでも良いかもしれない……
とも…思ったけれど。
いやいやいや、
「私、と…?え、えっ、いつですかっ?」
「やっぱり忘れちゃったんだ、琥珀ちゃん。俺、ショックだなぁ」
「やっ、思い出しますからっ!」
「琥珀ちゃんにとって、俺ってそんなに影が薄かったのか〜」
「そんなことないですっ。教えてくださいっ、いつ、どこでですかっ?」
倉元は、慌てる琥珀をもう少しからかってみようと決めた。
先ほどのゴメンなどという言葉はもう忘れた。
「いいよいいよ、大したことじゃないから」
「倉元さんってばっ、意地悪しないでっ」
そうしたらきっと、彼女をもっと知ることができるはずだから。


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