堕ちていく、夢の中へ

※2章の初めの(86話)方で、夢主が生き返る事なくそのまま死んでしまった後の、原作沿い無限列車での夢の中。炭治郎視点で、救いようのない報われない話。解釈はご自由にどうぞ。


母さんに頼まれた風呂の水を汲みに、湧き水がため池のように溜まった場所へと来ていた。今日は変なことばかり言ってしまったり、見たことのない道具箱を空見したり、…疲れているのだろうか?明日は炭売りの日だし早めに寝ようと考えながら、桶を持ち水面を見ると、そこには『人』が写っていた。
あ、と驚いている間に、水の中に引きずり込まれる。

「起きろ!攻撃されている!」

引きずり込んが『人』が、一心不乱に叫び訴えている。

「夢だ!これは夢だ!!」

夢だと大声を出す『人』は、……そうだ『俺』だ。

「目覚めろ!起きて戦え!!」

そうか…そうだ。俺は、今、汽車の中にいるんだ!!
禰豆子、善逸、伊之助、煉獄さんの姿を思い浮かべ、今すぐに起きるんだ!と強く念じると、意識が引っ張られ目の前が真っ暗になった。





「兄ちゃんたくあんくれよ」
「!!」
「だめだってば!やめなよ!竹雄のばか!なんでいつもお兄ちゃんから食べ物とるのよ!」

茶碗と箸を持った俺の前には言い合いする竹雄と花子。外に居たはずなのに、いつの間にか家の中へと戻っていた。

(だめだ目覚めてない…まだ夢の中だ!どうすれば出られる)

部屋を見渡し手掛かりになるものがないか探すが、綻び一つ見当たらない。
この夢は攻撃だ。こうしている間にも、禰豆子達や列車の乗客、俺自身の身に危険が差し迫っている。せっかく夢だと気付けたのに、目覚める糸口さえつかめない。早く目覚めなければと焦りが最高潮になった瞬間、身体が炎に包まれた。

「お兄ちゃん!!」
「どうしよう火が!兄ちゃん!!」

花子と竹雄、茂が驚き混乱しているが、この火は自身を害するものではないとすぐに気付いた。……なぜならこの火からは、禰豆子の匂いがしたから。

(そうだ、これは禰豆子の血だ!禰豆子の血鬼術だ!!………禰豆子!!)

禰豆子の名を心の中で叫ぶと、応えるかのように火が一際強く燃え上がった。
火は幻を消し去るように過去の着物だけを燃やし、本来あるべき姿の隊服と日輪刀を差した姿へと戻す。

(覚醒している!少しずつ…少しずつ!)

火は、役割は終えたとばかりに、スッと消えた。

「………お兄ちゃん大丈夫?」

竹雄、花子、茂が泣きながら心配する姿をあえて見ないよう努め、立ち上がる。

「ごめん…行かないと。俺は早く戻らないといけない。……ごめんな」
「お兄ちゃん!!」
「待って兄ちゃん!!」

見捨てるような罪悪感と心苦しさに、胸が張り裂かれそうになった。それでも俺は進まなければと駆けだす。

(俺に夢を見せている鬼が近くにいるなら、早く見つけて斬らなければ…!!)

この夢の中のどこかに隠れているのか。それとも…

「あれ?炭治郎君?」

その声に、身体と思考がピタリと止まる。全速力中に一瞬で氷漬けにされたように、動けなくなった身体。
2年ぶりに聞いたあたたかい声は、一度も忘れた事のなかった優しい声は、一つも変わってなんかいなかった。

「………さん」
「どうしたのそんなに急いで?」

たった二言聞いただけなのに、涙が止まらなくなった。守りたかったのに守れなかった、もう一度会いたい、もう一度名を呼ばれたいと思った存在が、今後ろにいる。

「桜さ〜ん。もう先に行かないでくだ……ってあれ?お兄ちゃん?」
「禰豆子ちゃん、炭治郎君どこかに向かって走ってたから声かけたんだけど、何にも答えてくれないんだよ〜!」

ーー違う。

「どこに行こうとしてたの?今日は山菜いっぱい取れたよ?」
「そうそう、お花も全部売れたし、蓄えもあるし隣町に行く必要ないよ?」
「今日ごちそうですね」

ーーー違う、これは夢だ。

「あ、お母さん、六太」
「炭治郎…その恰好どうしたの?」
「珍しい恰好してますよね?……炭治郎君寒くないの?大丈夫?」
「お兄ちゃん、へんなかっこうしてるね〜!」
「わわ、六太くんそれは言い過ぎだよ!」

ーーーー本物の桜さんじゃない。敵の攻撃だ。夢だ、幻だ、もう失った過去だ。………なのに、

「炭治郎君」

桜さんが、後ろから俺の右手をそっと握って、柔らかな声で言った。

「ほら、一緒に家に帰ろう?」

−−−ーーこんなにも温かい。

降り始めた雪と一緒に、涙がぽたぽたと音を立て地面に溶けていく。


あぁ。ここにずっと居たいな。この手を握り返したい。
本当なら、ずっとこうして暮らせていたはずなんだ。
本当なら、今も皆元気で、禰豆子は日の光の中で青空の下で笑っていて、桜さんは幸せの花を咲かせていて。
本当なら、本当なら。俺は今日もここで炭を焼いていた。刀なんて触ることもなかった。
本当なら…本当なら!!

ぐっと前を見て、決意を込め、桜さんの手を振り払って駆けだそうとした時、桜さんに逆に強く手を握られた。

「炭治郎君、私を置いて行くの…?」

助けを求める寂しさと痛みを詰め込んだ声が、一瞬決意を鈍らせた。

「私、もう未来には戻らない事にしたの。だって…私、炭治郎君が好きだから」

甘くまろやかな言葉は、あの頃の俺が一番欲しかった言葉。

「ね、ここにいれば、私達はずっと一緒にいられるよ?もう離ればなれになることもない」
「………っ」

桜さんが俺の前に回り込んで、両手を包み込んで握ってくる。

「……寂しいの。苦しいの。私、ずっと真っ暗な世界に囚われていてどこにも帰れないの。竈門家の皆の元にもいけない…。未来の家族の元にも帰れない。……沢山の黒い彼岸花が私に纏わりついて、あの真っ暗な世界から逃げれないの」

顔を上げた桜さんは、ぽろぽろと涙を零しながら……泣いていた。

「でもこの世界なら、前みたいにシアワセに過ごせる。………炭治郎君。これからもずっとここで一緒に暮らそう…?」
「……っ」
「お願い、この手を振り払わないで…、私を一人にしないで。私を照らす太陽になって。お願い…私の神様…、……私を助けて」

色んな感情や想いがごちゃごちゃに交差し、心が乱れ、息をするのも苦しい。あと少しでも背中を押されたら、夢に落ちていく。そんな確信めいたものを感じながら、俺は、弱りきった顔で涙を流す桜さんの手を、優しく、そして少しだけ握り返した。

「……桜さん、俺は貴女を一度も忘れたことなんてなかった。また桜さんの笑顔がみたい、幸せで咲かせた花がみたい、また会えたらずっと離れず一緒にいたい、そう思っていました」
「炭治郎君、じゃあ…」
「でももう俺は失った、過去に戻る事は出来ないんです。俺は禰豆子や皆の元に帰らないといけない」
「………」
「桜さん、俺は今でも貴女を想っています」
「…………炭治郎君」
「ごめんなさいっ!!」

血を吐くような想いで、桜さんの手を振り払って走り出した。止めどなく溢れ出てくる涙をぬぐう事はせずに、ただ前に向かって走り続けた。


ごめん、ごめんなさい。一緒に居たかった。でももう一緒にはいられないんです。だけどいつだって俺は、家族を、桜さんを想っているから。
胸が熱した刃物で何度も切り裂かれたような痛みを抱えながら、この夢と幻の世界から抜け出すために、前に走り続けた。


戻ル


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