86:○○ニナレナカッタ少女

「うん。美味しく出来てるわ」
「やった〜!!早速炭治郎君にも味見してもらいにいってきます!」

まだ行動範囲が竈門家だけだった、大正時代に遡ったばかりの頃。全く料理の出来なかった私に、料理のいろはを教えてくれたのは、葵枝さんだった。
最初に教わった、葵枝さんオリジナルの煮物は、今となってはタラの芽の天ぷらと同じくらいに得意料理になっている。

「炭治郎君〜!」

部屋で藁沓を作成していた炭治郎君に出来たての煮物を味見してもらう。

「どうどう?初めて一人で作ってみたの!葵枝さんのお墨付きだよ」
「うん、すごく美味しいです」
「ほんとう?!ふふ、嬉しい〜!」

これからはどんどんお料理手伝っていくからねと伝えれば、炭治郎君は楽しみにしてますねと微笑んだ。戻って葵枝さんに「大成功です」と報告すれば、炭治郎君と同じ様に優しく笑って褒めてくれた。

最初は大変だった原始的な料理も、葵枝さんの優しく分かりやすい指導と、美味しいと言ってくれる竈門家の皆のお蔭で、誰かのために作る料理の楽しさを教えてもらった。





「禰豆子ちゃん、葵枝さんのお土産こっちとこっちどっちにする?」

隣町にお花を売りに来たある日。お揃いの髪形にアレンジした禰豆子ちゃんに問う。

「う〜ん…。左は可愛いですけど、右のほうが使いやすそうで長持ちしそうです」
「じゃあこっちにしよ。喜んでくれるかな〜」
「もちろん喜びます」

お金に余裕があるわけではなかったので、私達のおしゃれと言えば主に髪形アレンジだった。だけど、こうして二人でアレンジした髪形で町に出かけるのが大好きだった。

「桜さん」

帰り道、楽しそうに名前を呼ばれ振り向くと、禰豆子ちゃんが私の横に抱き着くようにして手を絡めてきた。これ恋人繋ぎだよって言ったら、やってくれなくなりそうでずっと黙っている。

「ふふ、どうしたの禰豆子ちゃん」

こうしてたまに二人きりになると、密かに甘えてきてくれる禰豆子ちゃんがたまらなく可愛かった。

「今日の夜も、あろまぽぷり作りましょうね」

禰豆子ちゃんの裁縫と私のお花で作るアロマポプリは、今二人で一番はまっていること。可愛い巾着に入ったお花の匂いでリラックスするのが、最近の一番の癒しだった。

禰豆子ちゃんには、お金をかけなくても楽しめる事が沢山あるのだと教えてもらった。





流石の長男炭治郎君と、天然が入った炭治郎君をフォローするようにしっかり者の禰豆子ちゃん。この二人に隠れてしまっているけど、竹雄くんも頼りになる男の子だ。

「竹雄くんが料理のお手伝いするの珍しいね?」
「姉ちゃん、具合悪そうだったから」

普段は、炭治郎君と一緒に力仕事に回る事が多いのだけど、今日は珍しく厨に立つ竹雄くんに驚き声をかける。聞けば、具合の悪い禰豆子ちゃんの代わりに一日動きまわっていたらしい。私も炭治郎君も隣町に炭と花を売りに出かけていたので、自分がしかっりしなければと思ったのだろう。
けれど、あまり手慣れていないせいか、ご飯は一つも完成していないのに、厨には物が散乱していた。

腕をまくり竹雄くんの隣に立つ。

「ありがとう竹雄くん」
「別についでだし」
「私もお手伝いしていい?」
「いいけど、これぐらい一人でも楽勝なんだからな」
「念能力使って、簡単にできればいいね」
「急に過去の話するのやめろよな!!!」

顔を真っ赤にして怒鳴る竹雄くんは、やっぱりツンデレの才能があるなと、笑ってしまった。

竹雄くんには、陰日向に支える尊さを教えてもらった。





「桜おねえちゃん〜!今日一緒に寝よ!」
「花子も今日、町についてく!」
「あ〜!!またお兄ちゃんといちゃついて!!花子の事は遊びだったのね?!桜おねえちゃんの浮気者!」
「桜おねえちゃん、お外で新しい花見つけたよ!」

花子ちゃんは私にすっごく懐いてくれて、どこに行くにも付いてきてくれた。

「花子は今日一日、桜おねえちゃんにくっついて回りま〜す」
「いつもの事じゃねぇか」
「何よ竹にぃ。そんなにツンツンして……。あぁ〜…羨ましいんだ〜!」
「はぁああ?!そ、そんな訳ないだろ!」
「隠さなくてもいいのに〜〜。ま、花子がじゃんけんに勝ったんだから、譲らないけどね」

そういって、私に正面から抱き着いてきた花子ちゃんの可愛さったら。あまりの可愛さに抱きしめ返し頬擦りしてしまう。それさえも嬉しそうにしてくれる花子ちゃん。花子ちゃんの私に対する大好きって気持ちが伝わってくるようで心がとても温かくなった。

花子ちゃんには、誰かに強く想われ必要とされる事の嬉さを教えてもらった。





「花子姉ちゃんから聞いたんだけど、実灰が桜おねえちゃんに結婚を申し込んで、桜おねえちゃんも了承したって本当?」

花子ちゃんの着物の修復をしていると、何の脈絡もなしに茂くんが尋ねてきた。

「うん?どうしてそんな話になったの?されてないし、了承もしてないけど????」
「な〜んだ良かった。実灰の所にお嫁に行っちゃうのかと思って心配したよ」

明るくホッとした様子の茂くんに、困惑気味に返す。

「その話、花子ちゃんから聞いたの?」
「うん。もし、桜おねえちゃんが、実灰や金持ちに身売りされそうになったら」
「え?待って?私身売りされるの???」
「ぼくが、トランプでお金をいっぱい稼いで、桜おねえちゃんを取り戻してあげるからね」

どやさ顔で茂くんは勝ち気に宣言する。
確かに茂くんのトランプの腕前なら出来そうだけど、一体花子ちゃんは茂くんに何を話し、茂くんの中でどんなはちゃめちゃストーリが出来上がっているのか教えて欲しかった。

「あ、ありがとう。茂くんなら安心して任せられるよ…」
「桜おねえちゃんが誰もお嫁に貰ってくれなくなて、いき遅れたら」
「うっ。なんて悲しい言葉」
「ぼくがもらってあげてもいいよ」

茂くんが言ったセリフには一切照れがなく、ただ単に「お母さんと結婚する」という子供の主張と一緒なのだろうと理解した。話の流れは意味不明だったけれど、その気持ちが可愛くて嬉しくて、「じゃあその時はよろしくお願いします」と微笑んだ。

明るくて、花子ちゃんと共に竈門家のムードメーカーの茂くんには、沢山の笑顔をもらった。





「これはね。茂おにいちゃん」

皆の花畑、すずらんの前の地面で、木の棒を使って地面に書いた絵を見せてくれる六太くんに、小さな拍手を送る。

「六太くん、上手だね〜!」

六太くんは褒められて嬉しかったのか、地面に書いた絵を一つ、また一つと説明していく。

「これが、おかあさん」
「うん、よくかけてるよ。すごいね」
「これは桜おねえちゃん」
「ん?これ私?この絵、犬に見えるんだけど…?気のせいかな?」
「なに言ってるの?これは、桜おねえちゃんだよ?」
「そうだね、この犬は私だね。…うん、私が間違っているに決まっている。上手に書いてくれてありがとう」

えへへと喜び笑う六太くんに、ほんわかと癒された。

竈門家のアイドルの六太くんには沢山の癒しをもらった。






家に帰ろうかと東の町を歩いている最中。六太君へのお土産の絵描き用の紙が風に舞ってしまい、走って追いかけた先が、私が男に襲われ炭治郎君に助けられた場所。ご神木化したフジの花木の前だった。

「桜さん?」

無言でじっと見ていると、後から歩いてきた炭治郎君に不思議そうに名前を呼ばれた。

「炭治郎君」
「はい」
「さっきしのぶちゃんと蜜璃ちゃんと食べたご飯美味しかったね」
「?はい。また食べたいですね」
「こないだは炭治郎君と一緒に厨掃除したでしょ?」

炭治郎君はそれがどうしたの?という顔で頷いた。

「ずごく疲れたし、カマドウマ出てきてびっくりしたけど、…楽しかった」

趣味が掃除という炭治郎君との掃除は本当に隅々までピカピカになるので、疲労以上の達成感を覚える。

「お日様の匂いのお布団が気持ちよくて、夜ぐっすり眠れるって幸せだよね」

晴れた日には必ず干してるから、いつもふかふか。

「寒いのは嫌い。未来みたいに自由に温度調節出来ないから未来よりは寒いはずなのに…。だけど囲炉裏だけを囲んでるこっちの方がとっても温かく感じるんだ」

フジの花木から炭治郎君に視線を移す。

「最初、炭治郎君は優しくてあたたかくて、お日様のようで怒る事のない子だと思ってた。だけど、ずっと一緒に過ごす内に、真面目過ぎの天然だったり、頑固で過保護で怒ったりすると絶対に譲らない一面もあるって知れて、それだけ仲良くなれたってことが……私すごく嬉しいの」
「急にどうしたんですか?」

頬を掻き、照れた様子の炭治郎君に満面の笑みを送る。

「なんでも。ただ、ありがとうって言いたかっただけ」

こうして、今、色々な事をしたり、感じたりできるのは、生きているからこそ。それは炭治郎君がくれたものなんだよ。

「なら、俺もーーーーーーー」

炭治郎君は、いつもの優しいお日さまの笑顔を浮かべて言った。












あぁ。思い出されるのは、何気ない日常ばかり。朝起きて、ご飯を食べて、皆とお話をして、楽しく笑いながらお手伝いをして、お花を売りに行って、またご飯を食べて、寝て…を繰り返すだけの日々。皆との毎日。特別な事なんてない、誰でも送っているありふれた生活なのに、思い出される感情は《幸せ》だけ。






改めて思いしる。《竈門家の皆は、大正時代での私の幸せの象徴》なのだと。





………なのに。それなのに。そんな些細な幸せをこの男は奪った。理不尽に何の罪もない人達の命を奪った。



涙を流しながら、私が最後に発した言葉は黒い感情にまみれた呪いだった。



「私はおまえを赦さない。この先地獄に落ちようともぜったいに呪い殺してやる」


言ったすぐ後に、胸に衝撃が走る。瞼が閉じられ意識が暗闇に消えようとする中、脳裏に浮かんだ言葉は色んな《ごめんなさい》。



禰豆子ちゃん、六太くんどうか逃げ切って生き延びて。禰豆子ちゃん辛い選択させてごめんね。どうか自分を責めないで。
葵枝さん竹雄くん花子ちゃん茂くん。皆、ごめんね。痛かったよね。辛かったよね。守ってあげれなくて、逃げさせてあげれなくて、ごめん。ごめんね。私の力が花を咲かすだけとかじゃなくて、もっと皆をまもってあげれるような強い力だったらよかったね。
……炭治郎君、ごめんなさい。炭治郎君に助けてもらったこの命。生きたいと強く願ったけど、結局駄目だった。急に家族を失って辛いだろうけど、どうか強く生きて。…どうか幸せになって。

お父さん、お母さん、弟、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。急にいなくなってごめんなさい。…最後に一目でもいいから会いたかった…。


そして身体が浮く感覚と共に暗闇へと落ちた。


戻ル


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