夏の話 2


どこか浮ついたままの彼女を台所へ見送ると、冷蔵庫の開閉の音と包丁と木製のまな板がぶつかり合う音が聞こえてきた。今日のお味噌汁に入っているかもしれないねぎを刻んでいるのだろうかと今夜のメニューを勝手に模索する。
いつもよりちょっと遅めの夕飯を待つ間勉強でもと思ったが、どうにもそんな気になれなくてあまり見ないテレビをつけると動物番組のスペシャルをやっていた。画面いっぱいに子犬がコロコロと転がって飼い主のような人にじゃれて遊んでいる。芸能人達が可愛いと言ってきゃあきゃあはしゃぐ。それを見ながらこんな風に可愛いのは子供のうちだけだと捻くれたことを思った。その捻くれ者をこの世に生んだ母は芸能人達と同じように可愛い可愛いとはしゃぎそうだ。ふと小さい頃の自分と子犬が重なった。

小さい頃、気付いたら母と二人きりだった。子供心に父という人はこの家庭にいないことを知っていた。一度だけ父について聞いたことがあった。母は笑って「お父さんはね、遠いお空に行っちゃったの」と言っていた。分かりやすい嘘だった。比喩でなく本当に空に行ったとは考えられなかったし、仏壇なんてなかった。父の写真すらなかった。
それからは一度も父については聞かなかった。ひどい話だがそれ以上興味もわかなかった。私にとって父親というものはたいした価値を持っていなかった。だから母に男ができようができまいがどうでも良かったのだ。
あの時みたいな母の笑顔をもう見たくなかったのもある。元から困っているみたいに垂れている目を細めてにこにこしていたが、大きめの黒目の奥に水溜りが見えた。風邪を引いたときみたいに寒気がした。
テレビで遊び疲れた子犬がうとうとし始めている。子犬を見守る目は嫌になるくらい優しげなものばかりだった。いらいらとした。

守られる。優しくされる。大事にされる。そのどれも子供の特権なんじゃないか。子供であれば、弱くあれば無条件に周りがそう扱う。

蚊取り線香みたいにぐるぐると渦を巻く心に呼吸が一瞬詰まった。自分の欲の深さが汚いものに見えて嫌になる。こんなに我儘な自分を、自分以外は知らない。自分以外に知られたくない。


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