夏の話 1

土に半分埋まった蝉の死骸はあまり死んでいるようには見えない。今日は一体何匹死んだのか、明日は何匹死んでいくのか。しかし自分の仕事を全うして死に行くのは、なんて綺麗なもんだろう。人間は虫にすら負けている。蝉は真っ直ぐ一つのものを見ている。人間はよそ見ばかりをしている。
ミーン、という鳴き声がまたひとつなくなった。

「里恵ちゃん、私ね、好きな人ができた」

今年で何人目だよ、という言葉をぐっとこらえる。生ぬるい風がやってきて私の肌を一撫でし汗を冷やすと、頭までスっと冷えていった。こらえた言葉はへその辺りまで引っ込んだ。大事な話があると向かい合って座らされた時に、あぁまたか、と分かってはいたけど、少しうんざりした。

「ふうん」
「大塚さんって言ってね、優しくて良い人よ。きっと里恵ちゃんも気に入るから、今度3人で会おうよ」

口紅の引かれた唇を三日月にして、その頬は年の割に幼い色のチークでほんのり染まっていた。彼女がこんな風に綺麗にしている時は大抵男の影がある時なので、いつもなんとなく分かる。
その大塚さんという人と私が会う日は多分来ないという事も分かっていた。彼女はいつもこうやって「3人で会おう」と言うが、実際にその日が来たことは一度もない。相手が怖気付くのだと思う。シングルマザーの子供に会うなんて、「僕が父親になる相手ですよ」と言っているのと同じなのかもしれない。
そうだねと相槌を打つ。本音なんてものはいつだって隠す。でないと彼女の笑顔が曇っていくと思ったから。

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