▼ 温もりに包まれて幸せを感じる
朝の陽射しがカーテンの隙間から射し込み目を覚ます。
ベッドから起き上がり立ち上がると頭にズキンと鈍い痛みを感じたが、あまり気にせず制服に腕を通し仕事に向かう準備をする。
いつものように執務室に着けば、そこにはエレンを含めたリヴァイ班の皆がすでに集まっており仕事をしている。
朝の挨拶を交わしながら、自分の席に着き仕事を始める。
しかしどうも頭が重く、痛い。
気にしないようにしながら仕事を続ければ、可愛い教え子のエレンがデスクの近くにやってくる。
「名前さん、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
そう声をかけられて、やっと自分が少し体調が悪いことに気が付く。
「大丈夫よ、気にしないで」
調査兵団の一員、しかも副兵長としてはまずは体調管理が大切だと思い、少し異変に気が付きながらも大丈夫だと答える。
しかしなんとも頭が重く、頭が働かない。
「大丈夫なら良いですけど無理はしないでくださいね。皆さん心配しているみたいなんで…」
まさか皆に心配されているとは思わず、驚くが自分の席に戻るエレンの背中を見つつ仕事を続ける。
しかし午後に差し掛かった頃、身体が思うように動かなくなってしまい立ち上がった拍子によろけてしまう。
「 名前さん?! 」
慌てて駆け寄ってきたエレンに身体を支えられ、自分自身でも驚く。
「ごめんね、エレン。少し立ち眩みしたみたいだから気にしないで」
「いや、でも! 名前さん、本当に顔色が悪いですよ。具合、良くないんですか? 」
「大丈夫大丈夫、本当に心配しないで」
エレンに支えられた腕をほどき自分の席に座ろうとすれば世界が大きく揺れた。
重力に逆らえない身体。
地面にぶつかる衝撃を覚悟したが、私に訪れた衝撃は逞しい腕の感触だった。
「おい、こいつは休ませるぞ」
頭上から降りかかるのは聞きなれた低音の声。
「……リヴァイ?」
次に訪れたのは浮遊感で、所謂お姫様だっこというもとをされていることに気が付いたのは数秒遅れてからだった。
降ろして、という意見は聞き入れられずそのまま執務室を出て廊下を進んでいく。
途中、女の子たちの黄色い声も聞こえてきたが今の私には何も考えることが出来なかった。
ふわりと柔らかいベッドに降ろされ、辺りを見渡せば質素な余計なものが何もない部屋で、よく見慣れてはいるが自分の部屋ではなくリヴァイの部屋だとぼんやりとした頭で認識する。
ズキンズキンと痛む頭はもう何も考えられなくなっており、身体もだるくて重かった。
ひんやりとしたリヴァイの手が額に乗り、とても心地よくて目を瞑る。
「熱、あるじゃねーか。なんでそんな状態で仕事に来た」
そのリヴァイの一言でやっと自分に熱があり、この具合悪さの原因に気が付く。
「…………私、風邪ひいてたんだね…」
ぼそりと呟けばすぐに呆れたような溜め息が降ってくる。
「おい、今まで気付いてなかったのか?」
「……んっ」
熱があると自覚した途端に今までよりも具合が悪くなったように感じてしまう。
あまりの具合の悪さに上手く言葉も出ずに、なんとか返事をすれば「色っぽい声出してるんじゃねーよ」なんてすごく優しいデコピンを食らう。
そんなつもりはないのに、と反論したくても声が出ない。
徐々に薄れていく意識。
微睡みの世界にいつの間にか足を踏み入れていたのだった。
――――――――――――
紙にペンが走るサラサラとした心地好い音が静かな部屋に響く。
ゆっくりと意識が覚醒していけば、ぼんやりとリヴァイの背中が見える。
横を向けば額から水に塗らされたタオルが落ち、洗面器に張られた水と氷を見れば誰かが看病してくれたことがわかる。
この部屋を見回してもリヴァイしかいない。
ということは、看病をしてくれたのはリヴァイだろう。
心がきゅっと締め付けられる。
きっとそれは絶対に病人の看病なんて自らするはずがないリヴァイがこうして自分のへやに招き入れ看病をしてくれたことに対する喜びだろう。
「……リヴァイ?」
静かにその背中に声をかけれぱぴくりと瞬時に反応して、振り返る。
「体調は、どうだ?」
「ん、お陰さまで頭痛も少し良くなったみたい」
「なら良い」
リヴァイはゆっくりとベッドに近付けば、自分の額を名前の額にくっつけた。
そのまま目を合わせながら「少し熱が下がったな」と言うと「心配させやがって」という小言とともに額に優しいキスを一つ落とした。
「なっ…!」
「なんだよ、こんなことで照れてるのか?今までずっともっと凄いことしてきてるだろうよ」
イタズラそうに微笑むリヴァイを見て反抗するのをやめた。
「もう、病人なんだから優しくしてよね」
「十分に優しくしましたとも、お姫様」
「………っ、確かにそうだけど。…感謝してます」
「ならお礼を期待してる。とびっきりのやつをな」
「そ、そんなこと言ってもまだ体調が悪いので回復してからです」
病人ということを盾にして話を替えようとすれば、何か閃いたような悪い笑みを浮かべれば再びぐっとベッドに座り込み顔を近付ける。
「なら、俺にうつして早く治すか?」
冗談とも本気とも取れる表情。
鼻と鼻がくっつきそうになるほど近付きにやりと微笑むが、こちらとしては本当に風邪がうつってしまいそうで慌てて顔を背けようとすれば顎を掴まれてしまう。
「ちょっと、リヴァイ、本当に風邪がうつっちゃうよ!」
「まぁ、さらに噂のネタにはなるだろうが良いんじゃないか」
「よ、良くない…!んっ」
しかし問答無用に唇を塞がれる。
いつもよりは浅いが長い口付け。
すぐに唇は離れ、ぺろりと唇を舐められつい甘い声を出してしまう。
「な、なにしてるのよ、リヴァイっ!変態!!」
「うるせーよ。ま、そこまで元気になって安心した。良いから早く元気になれよ」
わしゃわしゃと頭を撫でると再び先程まで座っていた机のイスに向かう。
その机の上には大量の書類の山を見つけて、自分のせいでリヴァイの仕事が終わっていないことに気が付く。
どれほど自分は眠っており、どれほど看病されていたのかなんて言われなくても気が付く。
何事もなかったように机に向かい仕事を始めるあまり大きくはないが、しっかりとした逞しい背中に名前は優しくもはっきりとした声で言葉をかける。
「リヴァイ、ありがとう」
書類を書いていたペンが一瞬止まるが、また再び何事もなかったようにペンが動き出す。
そして振り返りはせずに、そっと声が返ってくる。
「…お前だから……名前だからしょうがなくだ。早く治して仕事を手伝えよ」
「はい、了解」
リヴァイは真剣に仕事を始めてしまった。
名前はその背中を見ながらリヴァイの香りのする布団に再び顔を埋めるとまた微睡みの世界に誘われたのだった。
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