不遇な日常
※イルミ17歳、主人公は15歳くらい
「ナマエはさ、一度殺されないと気が済まないのかな」
ゾルディック家の拷問部屋。
手足を縛られ吊るされている私のそばには、鞭を持ったイルミが立っていた。
「本当に懲りないよね。いちいち折檻するオレの身になってよ」
「いや、それを言うなら事あるごとに拷問される私の身になってほしい……っいだぁ!!」
「立場分かってるの?」
強烈な一撃が、私の腿に向かって振りかざされた。
「言ったはずだよ。キルの邪魔だけはするなって」
邪魔……しましたっけ?
足の痛みに堪えながら、直近のキルアとの絡みを思い出す。確か暗殺の仕事に同行して、滞りなく仕事が終わったはずだ。邪魔をした覚えはない。
「この間のキルとの仕事のあと、なにしてた?」
「あー……」
「身に覚えがあるよね」
お怒りの理由に合点がいって、背中に嫌な汗が伝った。
おそらく、というか確実に、私がキルアとの仕事の帰りにテーマパークで遊んだことを指しているのだろう。その日は口うるさいイルミが泊まりの仕事で家にいなかったし、寄り道するには絶好のチャンスだったのだ。
「あの、その情報はどこから?」
「オレがこの目で見たんだよ。仕事ってのは嘘で二人のことを尾けてたからね」
「なっ」
なんだそれ。暇なのかゾルディック家長男。仕事しろ。
「いい加減にしてくれないかな。ナマエみたいな部外者がキルの仕事について行くこと自体腹立たしいのに余計なことばかりしてさ」
無表情のまま抑揚のない口調でまくしたてられる。一見冷静に見えるけど実際は腸が煮えくり返っているんだろう。長年の付き合いだしそれくらいは分かる。
部外者。いつからかイルミはこの言葉をよく使うようになった。ゾルディック家の人間と、そうじゃない人間の明確な区別。異物の排除。
言われて傷つくなんて時期はとっくに過ぎたけど、それでも腹が立つことに変わりはない。
「余計な事って言うけど、別に仕事帰りにちょっと遊ぶくらい良くない? キルアはまだ五歳なんだし。むしろ色んな経験した方がキルアの為になるんじゃないかな」
「必要ないね。今のキルに必要なのは殺し屋としての技術だけだよ。ただ仕事をこなせばそれでいい」
「いやそれはおかしいでしょ」
「おかしい? なにがおかしいって言うんだよ。この家ではこれが普通なんだ。外の世界の常識をオレたちに当てはめる方がどうかしてるよ」
「そりゃこの家が特殊な事くらい私だって分かってる。でもさすがにイルミのやり方は極端すぎるよ。そもそも、キルアの事に関しては基本的には私の好きなようにしていいってシルバさんから言われてる訳だし、イルミにとやかく言われる筋合いはっ、……っ!!」
「オレのこと怒らせるの得意だよねナマエは」
話してる途中に本気で腹を蹴られた。痛いなんてもんじゃない。
「親父が余計なこと言わなければすぐにでも針人間にしてやるのにな」
なにか恐ろしい単語が聞こえた気がするが、全力で聞かなかったことにした。
さすがにガードしていない腹を全力で蹴られたのは効いた。息を吸うたびに胸が痛い。これ肋骨までいってるな。
うまく息が出来ずヒーヒー喘ぐ私を見て、イルミはようやく気が済んだらしい。手に持っていた鞭が放られるのが目に入った。
「次また何か余計なことしたら、分かってるよね」
これ以上怒らせるのは本当に命に関わるかもしれない。
「はぁーい」
それでも素直に従う気になれなくて、なけなしの抵抗で無気力な返答をしてやったら、ビキッと青筋が立つ音が聞こえた。やばい。
「反省してないみたいだね」
イルミは懐から怪しげな試験管を取り出すと、その中身を私の口の中に放り込んだ。喉奥に入れられたせいで抵抗する間も無く飲み込んでしまう。
「ミルキが作った新薬だよ。効能は不明」
「しっ……!?」
新薬!? なんつー危険なもんを!
上手く声が出ず必死の形相で訴えるが、イルミは気にも留めずに持っていた試験管を床に放り投げた。
「生意気な態度とるナマエが悪いんだよ。じゃ、オレ仕事行くから」
そう言い残して、足早に立ち去ってしまった。
喉の奥が焼けるように痛い。加えて、急速に手足の感覚が失われていった。どうやら即効性の神経毒らしい。これは本格的にまずい。手枷を外そうともがくが、負傷している体ではビクともしなかった。
ゾルディック家の拷問部屋は身内の人間しか入れないようになっていて、誰かが通りかかることはほとんどない。助けを呼んだところで地下深くにあるこの部屋からじゃ声は届かないだろう。……これは、いよいよ本当に最後かもしれない。
十数年の短い人生の中で何度目かになる死の覚悟をしつつ、やがて意識を失った。