空が朝焼けに染まっている。太陽が顔を出した方角、東へ向かって疾走していた。本来だったら寝ている時間だが、そんな場合ではない。気ばっかりが急いている。
家にたどり着いた。煙突から煙が上がっている。朝食でも作っているのだろう。
「のんきにしやがって!!」
いくら何も知らないとはいえ、腹が立つ。怒りに任せてドアを蹴飛ばす。暖炉にかけた鍋を見ていた名前が中腰の状態のまま固まっている。
「スバルさん?貴方、今は寝ている時間では…?」
「来い!!」
「な、何ですか急に」
「いいから早くしろ!!村人共が魔女狩りを始めたんだよ!!ここにいたら殺されるぞ!!」
動こうとしないから何が起きてるか説明してやれば名前は青ざめた。流行り病や飢饉が続き、多数の死者が出ている。蓄積された不安や恐怖が爆発し、村人は全てを名前のせいにしたのだ。魔女がこの地を呪っているのだと。どこまで愚かなんだ。誰かのせいにして八つ当たりしたいだけで、その標的になったのが名前だ。
「待ってください。スバルさん。こっちから出ましょう」
名前に手を引かれ家の奥へと進む。短い廊下の突き当たりにドアがあった。裏口らしい。
「いくぞ」
「…ごめんなさい」
「なんだって、っ!?」
背中を押されて外に飛び出す。よろけながらも振り向くと鼻先でドアが閉まった。俺達は扉を隔てて内と外にいる。数秒置いてから名前がこの状況を作ったのだと気づく。
「な…何してんだてめぇ!!開けろ!!」
「私は行きません。ここに残ります」
「はぁ!?ここにいたら殺されるってわかってんだろうが!!」
「覚悟の上です」
「ぶざけんなよ!!」
こいつは!!何をとち狂ったことをしてやがる!!俺の所有物が俺の許可なしに勝手なことしてんじゃねぇ!!こうなったら無理にでも連れ出してやる!!扉をぶち破るために腕を振り上げた。
「私の母は私のせいで死にました」
俺の意思に反して拳は寸のところで止まった。母親が死んだのは私のせいだって?いきなり何を語りだすんだ。
「何…?」
「元々身体が弱かったのに赤い瞳の、忌み子の私が産んだせいで森の奥においやらやれて病状が悪化しました。それでも私を育てようと無理したせいで亡くなったんです」
くぐもった声は震えている。泣いているのだろうか。村人に殴られても蹴られても、罵詈雑言を浴びせられても気丈に振る舞っていたのに。
「私さえ生まれてこなければ母さんは…だからこれは罰なんです。償わないといけません………母さん、母さんごめんね…」
最後は許しを乞うように母親への謝罪が繰り返された。漸く合点がいった。なんだ、名前が全てを甘受したのは母を死なせたという罪に罰を与えて欲しかったからか。せめてもの贖罪だったのか。ああ、なんて人間らしい愚かな考えだ―――こいつを人間と呼ばずにしてなんと呼ぶ。
急に足元が覚束なくなってドアに両手をついて身体を支える。掠れる声をどうにか絞りだす。
「んでだよ…何でお前が…」
「お前なんて生まれてこなければよかったのに!!」
「お前が何をしたって言うんだっ!!」
音が鳴るほど歯を食いしばって爪を立てた。力を入れすぎたせいで爪が割れて血が滲むが、頭が沸騰して痛みを感じなかった。母親が命懸けで守ろうとしたのに、こいつ自身が死を望んでいるなんて。
「これでいいんです。助けようとしてくれたのにごめんなさい。これ以上、私のことで気を病まないでください」
「おい!?おいっ!!名前!!」
「最後までありがとう、優しい吸血鬼さん」
ドアの向こう側で名前が微笑んでいるような気がした。
「―――!!」
「――、―!!」
家の中が騒がしくなる。怒号と物が壊れるような音が入り交じって、やがて静かになった。正面に回って中へ入ると物が散乱していた。椅子は倒れ、鍋はひっくり返り中身がぶちまけられている。荒れ果てた部屋にあいつの姿はない。
「………」
今から追いかければ間に合う、取り戻すことが出来る。なのに俺の足は動かなくて、寒々とした部屋に一人立ち尽くした。
数日後、魔女は火刑に処された。