父たる者

「お父様なんか大嫌い」

その言葉に、グレイグはその場に根を生やしたように立ちつくすしかなかった。



「しょうがないでしょ、誰もが通るんだから」
「あるある、ウチは一時期次女がオレと洗濯物分けてくれって嫁さんにいってたなぁ。ま、しょうがねぇよ」

冒頭の出来事をシルビアとカミュに話せば、意外にも冷静な意見だけが返ってきたのでグレイグは酒が入ったグラス片手に項垂れた。シルビア、カミュ、グレイグと今日は少し異色なメンバーなのは、何かと有益なアドバイスが得られるだろうとグレイグが選んだ二人であった。カミュはグレイグよりも早く家庭を築き、シルビアはいまだ独り身ではあるが誰よりも人の心には聡いから、そんな理由だ。
この二人なら必ずや助け船を出してくれるーーと都合の良いようにいくとは微塵も思ってはいなかったが(実は期待していた)、まあでも少しは慰めてもらえるだろうと思っていたその実、現実は残酷で。
冷静なアドバイザー二人に挟まれるようにして座るグレイグはすっかり大きな体を縮こませるようにして撃沈している。

「少し前はお父様が一番だと、」
「あのねぇグレイグ。アタシたちの少し前、は子供からしたらはるか昔、なの」

ごちるグレイグにカミュは頬杖つきながら、にやにや笑う。

「あー、これはあれだな、おっさんが何かしたパターンだろ」
「何もしてないぞ!ただ、友人と城下町へ行くというからその護衛をだな、」
「それだっつってんの」
「それね」
「なにっ」

青天の霹靂、といった表情のグレイグにカミュとシルビアは同時に呆れてみせた。年頃の女の子が友人と買い物に行くのに父親が付いてきたらそれはいい顔をしないだろう。
冒頭の言葉だって「父親が大嫌い」ではなく、「あれこれ幼子相手のように過干渉する父親の振る舞いが大嫌い」なのだ。それを理解すると同時に、隣の男がこのティースプーンひと匙程のこの違いを汲み取れるほど器用じゃないのも分かっていた。

ただ、散々「娘が、娘が」と出会い頭に嬉々として報告する姿も見ているし、今だってその懐に何年も前に娘に描いてもらった似顔絵を大事にしまっているのも知っているのでどうしたものかと考えあぐねていた。
そんな二人の心境も知らず、グレイグはぐいっと酒をあおいだ。

「でも心配ではないか、花も盛りの少女が無防備に出かけるなんぞ父親なら心配するではないか」
「そりゃまあな。でも城下町だろ?隣町にいくわけじゃあるまいし」
「…同じようなものだろう」

酒が入ったこと、何よりも大事な娘のことともあって今度は拗ねたような声音のグレイグにますます呆れるカミュに対し、シルビアは静かに見据えていた。彼がここまで過保護なのが、彼の過去に起因していることをなんとなく理解しているからだ。
娘が生まれた、と報告してきた日のグレイグの顔は今でも覚えている。これ以上なく幸せそうな顔をしていた。

「びっくりしたぞ、こんなに小さいんだ。手もな、俺の指先を握るのでやっとなんだぞ」

ひとしきりそう語ったその後に、

「あの子は…あの子と妻は命を賭しても守り抜かなければと改めて思わされたよ」

彼は故郷ごと親を、ともに切磋琢磨してきた友を失ってきた。失うことには人一倍敏感である。戦場では大きな剣を振るい、盾を持つ豪快な戦い方の彼もその内側はぞんざい繊細なのだ。
シルビアは言葉を選んで話し始める。

「あのねぇ、グレイグ。大切だからいつも側にというのも分かるけれど、加減が大事なのよ。しかも、あの子はちょっと今フクザツな時期なの。あの子がアナタの気持ちを理解できるのはまだ先よ。その前に今、アナタも少し手を離してあげるってことを知らなきゃ」

グレイグはその言葉にじっと耳を傾けた後、呟く。

「…そうだな、あの子の為といいながら一番は自分の為だったのかもしれん。安心するからな、自分が」

カミュがでもな、と続ける。

「そういうもんだよ。こっちだって親って仕事は初めてなんだ。一個ずつ分かっていくしかないぜ」
「……今までずっと怖い思い出の象徴だった暗闇も、あの子のおかげで抱っこしながら夜泣きをあやした思い出のある暗闇に変わったんだ、あの子はそういう存在なんだ」
「分かってくれるよ、ただ、今は時期が悪いんだよ」

カミュが優しく言ってやればずずっとグレイグが鼻をすすった。

「今日は落ち込んだり拗ねたり泣いたり忙しいわねぇ」

その後重い足取りで帰って行くグレイグの背をカミュとシルビアは見送り、顔を合わせるなりお互いに困ったように笑った。彼なら大丈夫、今までの旅路でそれは理解できるからだ。

その後、二人宛に届いたグレイグからの分厚い手紙にはその日の夜に娘と和解できたこと、だが娘がまた友人と今度は二人で出掛けるらしいのだがどうも男の影が見え隠れしている気がするがどうしたら良いか、といったもので再びあの少し異色なメンバーがデルカダールの酒場に現れるのだが、これはまた別の話。

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