答えはニャーしか出てこない | ナノ

  06:恋人のはじまり?


 結果的に良かったというのはこういう時に使う言葉なんだろう。
 俺、狗巻(いぬまき)風見(かざみ)は猫に感謝することにした。
 偶然がなければこの出会いはなかった。
 
 
 全寮制の男子高校に入学を決めた際、中学の同級生にはホモになったのかと冗談で言われた。
 他に受け入れ先がないほど馬鹿だったとか、金銭的な事情から寮のある学校を選んだとか、そういうことがないのに高校という青春を男だけで過ごすなんて不健全。そういう感覚は俺にもあった。だが、健全な空間がつらいと感じる俺だったのでからかいの声を無視してこの学園に来た。
 
 後悔したのはすぐだ。
 
 女生徒がいないと言っても女っぽい生徒がゼロではない。
 顔立ちというよりも考え方が女子っぽい。もっというと男が根底なので女の腐ったようなやつとか、女々しいとかいう悪い表現で紹介したくなるタイプの人種がクラスに複数人いた。
 
 そんな人種に人気なのは生徒会役員と言われる人間たちで俺の嫌いな美形で優秀で大体の場合、家がそこそこの資産家。
 
 お金持ちだから幼少教育に力を入れていて、成績優秀。大学受験のために猛勉強することなく余裕で合格ラインに達しているか、大学受験に失敗しても適当に留学をしてお茶を濁す経済力がある。高レベルの大学に合格できない人間はクズという教育方針の学校でもない。
 
 自分らしい住みやすい場所を見つけられるようにというのが学校側のポリシーで生涯友人と呼べる相手を中高の間に見つけられるようにとレクリエーション的なことが多い。生徒同士の交流が多くなるように考えてくれているのは分かるが、行事疲れが起こる。
 
 取り計らっている生徒会は大変だろうと思いながらも、いわゆるスカした美形が嫌いな俺からすると羽根部(はねべ)孝樹(こうき)にいい印象はなかった。光り輝くでコウキと言いそうな羽根部会長だが、意外にも堅実な漢字。考える樹木なんて、ちょっと地味だと思ったので覚えていた。
 
 
 ココアをゆっくり飲みながら満足そうな顔をしている姿に以前のように世界に祝福されたイケメンという印象はない。どの角度から見ても崩れたりしない表情だと思っていたが、そんなことはない。ココアを飲んでいるだけで花を散らすかのようなオーラを放っている。上機嫌なのがよくわかるが、何も知らなかったらしかめっ面にも見えたかもしれない。
 
 頭を撫でてみると身体を固まらせる。
 
「にゃ、にゃあ? ……んんっ、ごほん。なんだ?」
 
 猫にニャーニャー話しかけていた影響なのか口から飛び出た自分の言葉が恥ずかしかったのか咳払いして誤魔化そうとする。目を伏せているが赤くなっている耳は丸見えだ。ガードが甘い。
 不遜で人の目を直視するタイプだと思っていたが意外と下ばかり見ている。
 無言で頭を撫で続けるとやっと俺の方を見た。困ったような顔は正直に言ってエロい。全然大丈夫だ。男だから無理かと思ったが余裕で抱ける。問題は彼が俺に抱かれたいと思ってくれるかだ。
 
 弱ったところに付け込んで交際を迫ったが、答えはニャーだ。
 はいでもいいえでもYESでもNOでもない。
 
 俺の手から逃げないことが答えかもしれないが、それはあまりにも俺にとって都合が良すぎるかもしれない。
 
「会長は俺のこと、どれだけ知ってんのかなって」
「編入生の友人……じゃないなら、えっと、編入生のクラスメイト?」
「名前は?」
「お前のほうこそっ! 俺のことを生徒会長としか知らないだろっ!!」
 
 頭に来たというよりも反射的な切り返しなんだろう。
 口にした後にあからさまに後悔が瞳に滲みだす。放っておいたら泣いてしまいそうでかわいそうで構いたくなる。猫に愚痴っていた事とさっきまでの俺への態度を思うと羽根部孝樹生徒会長の性格は大体わかる。
 
 少し待っていると「いぬまき、かざみ?」と探るように口にした。
 
 知ってはいても間違っていたら恥ずかしい。むしろ、知っているのがどうしてかと問われると面倒くさい。右でも左でも上でも下でも前でも後ろでもどの角度からどんな答えが来るのか想像してストレスでも受けているような気の回し過ぎがこの態度となると不器用すぎて救いようがない。
 
 それでも本人は普通なんだと思おうとしているから普通じゃないという言葉に敏感になる。
 なんというか、俺にも分かる感覚なので触れないでおく。誰だって異常扱いされたくない。
 
「狗巻で風見なんて脇役の自己紹介みたいだろ」
「うん? なんで? 格好いいと思うけど」

 尖ったような態度はどこにも見られない会長は育ちがいいんだろう。
 名前で人をからかうなんて想像したこともなさそうだ。
 
「風見鶏で、取り巻きで、犬ってね。……先輩に勝手に舎弟認定されんだよな」
「あ、トリなんだ。そうか。くるくる回るやつだな。なるほど! 犬も自分の尻尾を追いかけてぐるぐるするな!!」
 
 人の話を聞いていないのか聞いた上で無視しているのか瞳を輝かせてきた。
 俺が見ていることに気づかずニャーニャー言っていたことからも分かるが、自分の考えに沈み込むタイプだ。
 
「すごい統一感があるんだな」
 
 感心したように俺を見る会長は俺が言わんとしたことを受け取っていなかったが、それが酷く好ましい。きっと、バカみたいに硬い頭からは悪い意味なんて出てこない。人の名前を悪い方向に解釈するという発想自体がない。頭からいいものとして考えようとする人につらくはないが、面白味もないエピソードを聞かせる必要はないだろう。きっと表情を曇らせる。
 
「風見鶏には羽根はないだろうけど、なんか、いいな」

 俺の名前と自分の名字との共通点に嬉しそうにしているあたり、脈なしは有り得ない。
 とはいえ、急に距離を詰めるとビックリしそうなので近寄りかたが悩ましい。
 
「羽根部、孝樹、会長。……どう呼べばいい? はねちゃん?」
「え……。未だかつてない」
「じゃあ、はねちゃんにするか。……ベッドの中では孝樹呼びで」

 声が出ないのか口を開閉させている。かわいくておもしろいと思ったが、笑うとからかったと怒り出しそうなので「本気」と告げると顔を真っ赤にして頷いた。かわいすぎる。たぶん、孝樹は頭がいい。複数のことを同時に考えて処理してしまうせいで自分の行動と内心が食い違うんだろう。ある意味では合致していてもある意味ではズレてしまう。
 
 頭の回転が速いせいできっと「はねちゃん」というあだ名に対する評価とアリかナシか、嬉しい嬉しくない。自分も俺に対して何かあだ名をつけるべきかという考えが並行している。と同時にベッドの中という単語から想定する交際を前提にした先の話にアリかナシか、進むか止まるか、否定するか肯定するか、を考えつつ「孝樹」という名前呼びが嬉しいか嬉しくないかを考えたはずだ。
 
 何でこの想像ができるかと言えば、無言の時は思考停止しているわけじゃないと猫にニャーニャー言いつつ暴露していたからだ。
 
 一つの物事に対していくつもの考えを一瞬で想起するせいで混乱するというのが孝樹なんだろう。
 考える樹木。思考は枝を伸ばしあちらこちらに育っていく。ずっしりとした樹木の本体からすると成長する枝の方向は操作できない。枝に振り回されるように斜めになっている大木は見たことがある。木もつらいだろうと思うので枝の手入れを俺が外側からしてやってもいい。
 
  
「はねちゃん」
「……いっくん?」
「いぬしか呼ばれたことないから、なんか、かわいくていいね」
「いっくん」
「孝樹」
「か、かざみ?」
 
 ベッドと指定したことを忘れていないからこそ、戸惑った顔の孝樹は近づく俺から逃げない。
 自分がどうなるのか分かっているんだろうが気持ち悪いと俺を振り払わない。
 たぶん、さっき聞いた気持ち悪いというのは他人と物理的に距離が近いことが生理的に苦手という意味合いだ。怖いからやめろという言い方の短縮形として気持ち悪いという拒絶が出てくる。
 
 頬を伝う涙を思い出すとどんな立ち振る舞いを見せられても気にならない。
 調子に乗った美形が生徒会長だという俺の勝手な思い込みは砕け散っている。
 
 校舎裏でニャーニャー言うしかなくなったのだ。
 他のどこにも居場所がないような心境は程度は違っても俺も覚えがある。
 
 笑い話にしかならないのに本人である俺からするとデリケート極まりない下半身事情。
 そして、目の前にいる生真面目な相手はきっと茶化すこともないのだろうと思うと気が楽だ。
 
 
2018/01/17

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