答えはニャーしか出てこない | ナノ

  10:校舎裏で生徒会長がニャーニャー言ってたことは俺しか知らない


 風紀委員長が何もわかっちゃいないんだとそう思うのは一人で俺の前にやってきたことだ。
 せめて孝樹を連れていたのなら俺は猫をかぶっての対応になったかもしれない。
 昼休みからずっと頭から離れない孝樹を前にして、俺はあまり冷静な言葉が出てこないだろう。

 これを言ったらどう反応するのか、ああしたら照れるのか怒るのか笑うのかと想像するだけで授業中も顔がにやけそうになる。そのぐらいに俺にとって劇的な出会いかたをした。運命なんて陳腐な言葉は使いたくないが、そう言ってもいいぐらいにいいタイミングだった。
 
 普通なら知ることがない羽根部孝樹という人間のやわらかな部分を見ただけではなく乱暴につかむようにして触れたのだ。手に入れたいと思ったからこその前のめり。そして、狙いはそれることなく的を打ち抜き不安はありつつも順調だと言っていい。
 
「風紀委員長さんにとって、はねちゃんってなんです? 俺にとっては恋人ですけど」
「冗談だろって言ってるんだ。お前みたいなのが羽根部会長と、有り得ないだろ?」
「それは誰の意見です?」
「誰だってそう思ってる。みんながお前の嘘に踊らされて学園中が変な空気になるから風紀として俺が」
「うわぁ、格好わりぃ。あんた、まだそんな上っ面の会話する気なのか? この状況で」
 
 思わず素が出た。同じクラスになったことはないが同学年なので過剰にへりくだる意味はない。下手(したて)に出て見せて相手の反応を見るつもりだったが、こんなヘタレ野郎ならどうでもいい。
 
「それが狗巻風見か? 名前通りに演技派なのか」
「はあ? 演技なんかしてねえよ。嘘も吐いてない。……嘘吐きはあんたのほうだ」
 
 風紀として俺に会いに来たなんて十割の嘘を信じるバカがどこにいる。
 せめて友人として心配になったという理由なら目をつぶるが、風紀を口実にするような腰抜けと張り合うだけ時間の無駄だ。
 
「はねちゃんって、まともに話せる人はいないんだろ。……あんた以外」
 
 そう思った理由は校舎裏で猫とニャーニャー話していたからだ。
 友達がいたならこんなことはしない。
 友達がいても一人で泣くことはあるかもしれないが、あんな風に積もり積もって自己否定の言葉がこぼれ出したりしない。
 だいじょうぶだって言って受けとめてやる友達がいたのなら他人に対する態度も自分に対する態度もあそこまで極端なものになることはない。
 
 誰も羽根部孝樹という人間に触れずにいたからこそニャーニャー言いながら泣くしかなかったのだ。
 ニャーニャー鳴いたことで素直に泣けたんだろう。
 少し触れあっただけの俺でも不器用でアンバランスな人間だと分かるのだから、恋人だと噂されていた風紀委員長が知らないはずがない。
 
「あんたが自分以外と仲良くならないように手を回してたんだろ」
「何を根拠に」
「今ここに、あんたがいることが理由だ」
「理由になってないな」
「そうか? あんたは俺を潰しに来たんだろ。はねちゃんっていうか、会長っていう役職の人間と付き合うのは、災難を背負い込むことだとか吹き込みにきたんじゃねえの。生憎だけど、そんなこと覚悟の上で交際を申し込んだんだよ」
「お前の告白をあいつが受け入れたって言うのか」
「嘘じゃないのは会長の親衛隊に聞いてんだろ? なに? 何か疑問? はねちゃんが格好いい以上にかわいいなんてあんたも分かってんだろ」
 
 俺の言葉に風紀委員長は首を横に振る。
 
「あいつは、孝樹は、他人を信じちゃいない。お前の告白なんて受け入れるわけがねえ」
「うるせえよ、へたれ。否定や拒絶が怖くて何も言わないで誰も近寄らせないことに熱心にでもなってたんだろ」
「何を根拠に」
「だーかーら、あんたがここにいることが理由だ。威圧しにきた以外の何だってんだよ」
「他人が周りに寄らないのは孝樹自身のせいだ」
「ふざけんな。友達だと思ってんなら相方のイメージアップに務めろよ。悪いと思ってるところは言ってやれ。少し対応を変えるだけで風向きが変わるのは分かりきってんだろ」
「そんなことしたら」
「人気が出て困るって? それこそ、ふざけんな。かわいいはねちゃんが不人気なはずねえだろ、ボケが」
 
 孝樹が周りと上手く接することができないのは孝樹の性格が原因なのは間違いない。風紀委員長のせいだと押し付けるつもりはないが、このぐらい言わなければ理解しないだろう。
 
「孤高の生徒会長として一人で居ろって思ってただろ? 自分のものにならないなら今のままで居ろってさ」
「なんなんだよ、お前。超能力者か?」
「なに? 当たっちゃってる? あんたって意気地なしのくせに自分が特別だとでも思ってるだろ。あ、逆か。自分に自信があるからプライドを折られるのが嫌なのか。はねちゃんから告白されたらOKしてあげるけど、自分からは絶対に言わないって決めてる?」
「俺の心を見てるように語るな……」
「だって、正解だろ。そんな悔しそうな顔しておいて、変な因縁つけられてて困ってますってことはねえだろ」
 
 風紀委員長のゆがんだ表情に気分の悪さを覚えながら、孝樹のことを考える。
 きっと風紀委員長の思惑なんて少しも気づいていないだろう。
 上手くいかないのは全部、自分に責任があると思っている。
 周りの反応と自分の気持ちの噛み合わなさに苦しんだとしても、それは誰の責任でもないと言い切りそうな人だ。
 
 息苦しさに背中を丸めて下を向いていたあの姿を思い出すと風紀委員長をフォローする気持ちは浮かばない。
 羽根部孝樹は手に入らない、そう思ったのか、手に入れるための前段階としての今の時間だったのかは分からない。
 風紀委員長の内心をそこまで俺は理解してはいないけれど、良い友人ではなかったと言い切れる。
 
 孝樹の悪い噂の多くは風紀委員長が肯定したから事実だとして生徒の間で語られている。
 たとえ孝樹の対応が悪いと言っても友達ならマイナスに作用する噂は放置しない。問題となる言動が事実だとしても当たり障りのない理由を付け足して、マイルドに加工してやるものだ。
 
 学園という共同生活の場で浮いた存在になりすぎる友達を放置するやつは友達じゃない。
 風紀委員長の反応を見る限り、友達以上になりたいからこその布石だったのかもしれないが、逆効果だ。
 不幸にする手助けをするような人間の手を賢い孝樹がとるわけがない。
 自分がされたことの意味や真意を理解しなくても自分の絶対的な味方じゃない相手を孝樹は選ばない。
 
「なんで、あんたじゃなくて俺なのかって? タイミングが良かった以上に性格の相性だろ」
「俺と孝樹が悪いっていうのか」
「悪いだろうよ。あんた、自分の言いなりになる人間が好きだろ。……そこまでじゃなくても、自分の考える範囲で動く人間に安心するタイプだ」
「そうかもな」
「そういうへたれにはねちゃんは向かねえよ」
「……俺が付き合うのをやめろって言えば、やめるんじゃないのか」
「じゃあ、言ってくれば? できねえだろ、へたれ」

 歯噛みするような風紀委員長の根性なしを責めたいのは孝樹の涙が脳裏に焼き付いているからだ。
 目の前の風紀委員長は知らない。きっと永遠に知ることはない。
 この世界に居場所がないというような悲しみと寂しさをまとって、校舎裏で生徒会長がニャーニャー言ってたことは俺しか知らない。
 
 
2018/01/27

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