08:他人というもの
寝転んだ際についた枯れ葉などをとると大げさに感謝される。
羽根部孝樹は思った以上に周囲からとっつきにくい人間として良い意味で触れられずにいたのだろう。
キリリとした印象の横顔を見ていると間違いを指摘しにくくなる。
でも、葉っぱがついてるなんてことは教えてもらいたいだろう。
猫を撫でながら役員たちが自分に恥をかかせようとしていると愚痴をこぼし。
同時に会長である自分が恥ずかしいのは役員も恥ずかしいので、彼らのおこないは天に唾を吐いていて哀れなのかもしれないと肩をすくめる。
否定と肯定を同時に口にしないと自分の本心ではないと孝樹は思っているのかもしれない。
難儀な性格だがルールは明確なのでわかりやすい。
人を傷つけたくないし、自分も傷つきたくない。
その気持ちが強いからこそ他人を傷つけ、自分を傷つけようとする相手に対して二倍以上の勢いで攻撃的になる。
「あ、猫見つけたんだな! 保健所に連れてくのか?」
これから動物病院に連れていくと頬を緩ませて和やかに話していた中でかけられた言葉がコレ。
思わず足が出る。俺も無意識に蹴ろうとして足を突き出していた。ただ俺よりも孝樹の足が長かったので編入生にヒットしたのは孝樹の蹴りだけだ。
編入生と俺の出会いはトイレだ。
副会長に校舎を案内してもらっていたらしい編入生はトイレに入ってきた。
トイレの位置を確認しようとしただけでトイレ自体に用はないらしい。
絶賛、小便中の俺の後ろや横をちょろちょろと動きながら「男子校なのに綺麗な便所だなあ」なんて言っていた。いいから出て行けと思いながら長い小便のために俺は動けずにいた。
さすがに長かったのが気になったのか「お前、出しすぎじゃねえ?」と、うるさいとしか言いようのない言葉を投げてくる編入生は俺のイチモツを見て興奮した。「勃起しないでコレとかマジで?」と小便中の無防備極まりない俺の息子に近づいてきた。
危険人物だと思って顔面を殴りつけ、小便を出し切り、手を洗っていると「もう一回、見せて」近づいてくるので蹴りを入れた。
普通はそれ以降、お互いに近寄らないものだが編入生は違う。
俺を顔見知りどころか旧知の友のように近づいてくる。
恐怖と嫌悪しかなかった。
それよりも恐ろしいのは編入生の口からあることないこと叫ばれることだ。
人には言われたくないことがいくつもある。編入生はピンポイントで俺にとっての地雷を押してきそうな気配がするので対応を間違えないように気を付けていた。
「Wキックっていうのか、今の」
「ほぼはねちゃんキックだけどな」
「いっくんは?」
「タッチ差だな」
気づいてなさそうなので俺の脚が短かったことに関しては目をそらす。
「いいとこ入ったのか起き上がらないな。死んだか?」
「いっくんって冷静っていうかドライだよな。本当に死んでても気にしなさそう」
「大勢に見られてたから無罪は主張できないが、減刑はいける」
「裏工作しなくても猫好きは味方じゃねえか」
孝樹の言葉に周囲の生徒はうなずいた。
どうやら編入生をかわいそうとかやりすぎだと思うよりも生徒会長、羽根部孝樹が正しいと感じる人間が圧倒的多数らしい。ならば、このまま乗り切るべきだ。
「この編入生、廊下で遊んで滑って転んだらしい。保健室に連れて行くのを手伝ってくれるか?」
孝樹に近づこうとしていた生徒に声をかけるとビックリした顔で俺と孝樹を見比べる。
「第一発見者が犯人っていうのはこういうことか」
「はねちゃん、動物病院に行くんでしょ。いってらっしゃい」
手を振ると照れくさそうに、はにかんで「いってきます」と手を振った。猫も前足を動かしていた。
生徒の数人がムービーを取っていたので後で動画をもらっておこうと思う。
俺の昼食は猫に取られて会長に献上されたが、早ければ今夜にでも会長を頂けそうなので損した気持ちにはならない。
「あの、いっくんって」
「俺」
「はねちゃんって」
「羽根部孝樹生徒会長」
「あなたって」
「会長の恋人」
「えぇぇぇ!!!」
俺と一緒に編入生を運んでいた生徒は叫び声をあげた。
それでも目を覚まさないあたり編入生は本当に気絶しているみたいで孝樹の蹴りの威力を再確認する。
「間違ってたらごめんだけど、あんたって……会長の、はねちゃんの親衛隊長だろ」
「そうです。だから、少し乱れている服装に何かあったのかと聞こうと」
「抱いてただろ」
「猫を追いかけて!? 会長が、そんな? ありえません!」
猫を追いかけて葉っぱがついたり服が汚れたわけじゃないので正しいが、俺が性的に迫って驚いて倒れたというのも信じないだろう。何を言われても涼しい顔で受け流しそうだ。あるいは嫌悪を滲ませて汚物を見るような視線にさらされるか。
「俺と恋人同士になったのが嬉しくて転んだのとどっちが本当っぽい?」
「はあ!? 両方ねえよっ」
「あ、起きたか」
「孝樹はおれが猫を嫌いだって言ったから捕まえに行ってくれっ、ぶっ!」
俺と親衛隊である生徒が支えるのをやめたので編入生は顔から廊下に落ちた。
「それだけはない」
俺の言葉に親衛隊も頷いてくれたので、会長と平凡男が付き合うことになったと噂はすぐに広まるだろう。狗巻風見という俺の名前は広まらないかもしれないが、それはそれで構わない。俺が届けたいのは全校生徒ではなくただ一人に対してだ。
2018/01/22
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