ミナミノさまは自分のことをよくちーとだという。
ちーとというのは、ずるいという意味らしい。
勇者として強力なミナミノさまはちーとかちーとじゃないかと言われたらちーとかもしれない。
僕たちにとっては勇者が強いのは当然だが、自分が強すぎることにミナミノさまは渋い顔をされる。
この世界に来てミナミノさまは感情の制御がゆるくなったという。
具体的な例で言うと僕が誰かに尻尾を振っているとムカムカして相手を殺したくなるという。
これはアルファの支配的な特性が影響しているのだろうか。
元の世界でミナミノさまはバース性がないというから、この世界に召喚された際にアルファとしての特性が追加された。
そう思うとミナミノさまは大変だ。
自分の中に知らない自分が存在するのだから、不安だろう。
僕のお腹の毛をいやらしく撫でまわすのも落ち着かなさから来ているのかもしれない。
「ミナミノさまっ! 僕はベータですので、番をお考えでしたら同行者のオメガの方々を」
「発情して頭がおかしくなってる相手とのセックスねぇ。キメセク的な快楽なのか? 脳内麻薬出まくりの合法キメセクが流行するのは仕方ないとしてもだ、感染するってやばいだろ」
「きめせくってなんですか? キメラ? せく、せくしー?」
「俺の犬はどう考えても犬だな」
「オオカミですってば。犬とオオカミは違うんです! 人間に飼い慣らされた犬と違って、僕たちオオカミは誇り高い種なのです」
このぐらいなら怒られないだろうとミナミノさまの首元を前足で軽く叩く。怒るどころか「にくきゅうぅぅ」と興奮された。
「そういえば、この世界ってキメラとかいるのか」
「当然いますよ。人工培養肉って大体キメラですね」
「牛か牛か鳥か分からない食感だと思ったら合成獣だったのか」
「はい! 一匹の獣なのに部位毎で食味が違うので豪勢ですよね」
元気よく相槌を打つと「俺の犬は今日もバカかわいい」と鼻で笑われる。最初のころはムッとしていたものだが、これは「俺はお前のことをペットだと思っている」という意思表示だ。
犬とオオカミの違いは人間と共に歩むことを選ぶか選ばないか。
僕たちオオカミは人間の良き隣人になったとしても家畜のように飼い慣らされない。
本能のままに狩りをするのは野蛮だというのが最近の風潮だけれど、僕はオオカミであることが恥ずかしいとは思わない。
各種族、各市町村から絶対にひとりは国の収集に従わなければいけなかったので、僕が行くことになった。
各種試験の後に勇者の旅に同行する最終メンバーに残ったものの、こんなことになるとは思っていなかった。
「魔王を討伐してこいって言っておいて、犬以外のメンバーが発情期で使い物にならないってアホかよ」
ミナミノさまの言い分はもっともだ。
アルファである勇者の子種を狙っているのが見え見えで下品ですらある。
本当はオメガがヒート中のフェロモンでアルファを誘惑するのは、フェロモンアタックと呼ばれてマナー違反だ。国によっては、オメガ側が処罰される。
「ミナミノさまがあまり強くないのでしたら戦力としてアルファの騎士さまたちがいらしてくれたかもしれません」
「お前がひっそり訓練を盗み見てたやつらか?」
浮気を責めるようなすねた言い方に国から提案されたのにいらないと断ったという疑惑が浮上。
ミナミノさまは自分以外に尻尾を振るなと言うが、これは僕だけに適応するわけじゃない。
ヒート中のオメガたちがミナミノさまを待ちきれずにお互いで慰め合っていた。それを目撃したせいだ。
美しいオメガ同士の絡み合いにミナミノさまもくらっとして、ベータである僕を襲いかけたが、結局は何もなかった。
アルファはオメガと番になるのが当然だという常識を異世界から来た勇者であるミナミノさまは知らない。とはいえ、本能は偽ることができないので僕は抱き枕で終わるのだ。
「ミナミノさま、どうして僕は装備されているのでしょうか?」
「またそれか。そんなに不満か?」
「僕も戦えますとは言いませんが……、僕の使い方がおかしくないでしょうか」
現在の僕は勇者の防具だ。マントの飾りになる呪いのような魔術をかけられている。
ミナミノさまの肩にいる間は頭と足と尻尾以外は骨や肉が消えて毛皮になっている。
最初はオオカミの状態で肩に引っ付いていたが「かわいいけど、ちょっとバランスが悪くなるな」と言って僕を毛皮にした。
生きた装備品など封印指定された秘術だと思うが、ミナミノさまはすごいことをしたという満足感もなく淡々と僕の位置を鏡で確認していた。
生きた毛皮を首に巻きつけるおかしな勇者として認識されつつあるミナミノさまだが、他人からの評価は意味がないと今の状態を押し通している。
「犬の防御力が俺に上乗せされているから役立っている……と、国には伝えているからこれも仕事の内だ」
「装備品だから分かりますが、僕の防御力よりミナミノさまの防具抜きの素の防御力の方が高いですよね」
おそろしいことに攻撃力も防御力もそして素早さも獣人である僕よりも高い。雑用係とはいえ体が丈夫な獣人である僕の数百倍はミナミノさまが強い。
「異世界の勇者召喚のセオリーとして、勇者本人ではなくパーティーメンバーが狙われるのはお決まりだからな。装備しておけば、誘拐の心配もなくて安心だ」
せおりーが何かわからないが、僕のことを心配してくれているらしい。うっかり死なないように考えてくれているのだろう。
「知らない間に犬がひき肉にされて俺の夕飯として食卓にのぼるかもしれない」
「縁起でもないこと言わないでください! 怖いですよぉ」
「ハンバーグを食べながら泣くのは嫌だ」
「こわひぃぃ……あ! だから、毛皮なんですか? 毛皮だと食肉にできませんもんね」
「本気で怖がっていたのにこの犬ときたら」
ミナミノさまが呆れた顔をしつつも慰めるように撫でてくれた。
嬉しいけれど、恥ずかしい。
「一週間も同じ街で足止めなんてバカなことに付き合うつもりはない」
「はい。オメガさんたちがみんなヒートしているというのは国に連絡していますので、補充メンバーが今日にでも到着する予定です」
「俺だけで勝てそうな気配がしていて、チートすぎて気持ち悪いんだけどな」
「超人の憂鬱ですか? 強すぎると普通では分からない悩みが出てきますね」
「お前の悩みは知らねえよってバッサリ切り捨ててくるな」
「そんなつもりはなかったのですが……苦戦したいのですか?」
「弱い敵に調子乗っていて、魔王が激強いって可能性もゼロじゃないからな。楽勝だと思ってた魔王にワンパンされる雑魚勇者フラグは折っておきたい」
「魔王の強さは確かに分かりませんね」
もし、魔王がミナミノさま好みの犬の獣人の形状で現われたら世界は終わるのかもしれない。
「俺は健全に犬を猫かわいがりしたかったのに今では孕まセックスが余裕だからホント異世界ってやばいな」
ミナミノさまはときどき謎のつぶやきをする。
勇者語録だ。