αという名のモンスターと遭遇したら一般人は終わりだ(α×Ω)
※タイトルから察するような危うい状況に反して雰囲気は明るめ(?)なα×Ω。
 
 
 地域でバース性の比重が偏っている。
 都市部に住むαが多く、俺の住む場所は田舎でαと遭遇したことがなかった。
 
 
 生まれて初めて泊まりでの温泉を経験して、その帰りにサービスエリアに立ち寄った。なんの疑問もない普通の子供時代だと思う。俺や両親の失敗らしい失敗は食事を並ぶ父を待てずに一人でトイレに行ったことだ。もう小学生だから平気だという俺の自立心、あと三人という自分の番(ばん)が見える状況で列から抜けられない父という状況が悪かった。
 
 当時、内気な俺が尿意を父に告げるのは切羽詰まってからだった。待っていろと言われて待ってることなどできない。一人で出来るかと聞かれたら、もちろん出来ると答えられる。
 
 人は多くてサービスエリアに怖い雰囲気はなかった。
 トイレがこんなに並んでいる場所があるのかと驚いた。
 並んだ便器の数にどこですればいいのか、そわそわと周囲をうかがう俺を「こんなところに居た!」と手を引っ張るサングラスをかけた相手。
 
 人が多いから勘違いしたのだろうと首を横に振る俺。
 早くおしっこしたいという、それ以外を考えていなかった。
 便器に向かおうとする俺の肩をつかむ謎の男。
 当時は大学生ということなので二十前後だ。
 
 知らない大人から声をかけられるのは正直いって、とても怖い。
 
 自分よりも背が高くて力も強い人間が目の前でいるのは、それだけで威圧感がある。俺の怯えが気に入らなかったのか「何ビビッてんの」と声を尖らせる謎のサングラス男。周囲の人間が助けに入らなかったのは、みんな異常を感じなかったのか、異常者に関わりたくなかったのか。
 
 俺は抱き上げられ、トイレから見知らぬ男の車の中に連れ込まれた。
 ヤバイとか、どうしようとか、助けてとか、人違いだとか、言いたいことや叫びたいことはあった。
 でも、ビックリした俺は喉がギュッと縮こまっていて声が出せなかった。
 尿意や空腹感よりも父の顔が見たい、そう思ったら「父さん」と口からこぼれ落ちた。
 
 男は「藤代(とうだい)だから、藤(とう)さんでもいいけど、宮長(みやなが)だからミヤちゃんがいいな」とサングラスを外して言った。
 
 サングラスのない男の顔はテレビでよく見る人間で、あまりに自己紹介を聞きすぎて意識しなくても名前を覚えていた。
 藤代(とうだい)宮長(みやなが)は聞き覚えがなくても、藤代(ふじしろ)宮古(みやこ)なら日本が誇るビッグスターとして有名だ。
 
 訳の分からない状況で殺されるんじゃないのかという恐怖が、一気に四散した。相手が芸能人ならおかしな行動も仕方がない。きっとこれはテレビなんだ。俺は幼いながら納得した。女子たちが口にする「みゃーくん」という愛称を思わずつぶやいていた。自分が知られていたことが嬉しかったのか、テレビで見せるよりも極上な微笑みを至近距離で向けられた。
 
 見えない場所にカメラがあるんだろうと思った俺は自分でも珍しく大胆な行動に出る。これが、今後の宮長との関係を決めたのなら、軽率だったと言わざる得ない。
 
 俺は宮長の髪の毛をつかんで引っ張った。
 
 叩くというほどの暴力行為は思いつかなかった。スタッフが止めに入ったり、目の前の宮長がテレビ用じゃない本性を出して撮影が中止されるようにと考えた。普通の凶悪犯に対してなら指一本も動かさなかっただろう。でも、テレビの人間だと思ったら毎日顔を見ているせいで妙な親近感があった。それが、雑な扱いをしていい理由にはならないが、内気な俺のちょっとした攻撃性の発露だった。
 
 嫌がったり怒ったりするどころか宮長は笑顔のまま俺の名前を聞いてきた。異常者だ。今でも嬉しそうなあの悪夢のような表情を思い出せる。
 
 
 それ以降のことはショックが強いのか、昔のことだからか、断片的にしか思い出せない。
 初めて見るサービスエリアのトイレの広さや便器の多さやそれを見た感想は生々しく再生できるのに他のことは静止画のようにおぼろげだ。記憶喪失ではないので写真を見せられれば説明できるけれど、その場に自分はいたのかと首をかしげたくなるほどに他人事。
 
 実際、意識が飛んでいる時間が長かったのかもしれない。
 そう思うしか自分を納得させられない。
 
 
 記憶の欠落により、前後の詳細なやりとりは不明だが、俺は宮長の車の中で漏らした。
 仕方がない。
 トイレで何も出さずに拉致されて話しこまれたのだ。
 俺はこれがテレビで放送されると思い込んでいた。
 泣きながら、謝りながら、内緒にしてくれるように拝み倒した。
 学校でいじめられるとか知らない人に笑われるとか想像で頭の中がパンクした。
 
 泣き出す俺の洋服を脱がし、濡れて不快感のある下半身を舐めだす異常者、宮長。
 持たされていた迷子札に書かれた父の番号に電話した宮長にうながされるまま、今日は帰らないと告げた。
 何を言ったのかは覚えていないけれど、宮長の言う通りにしないといけないと「運命の番(つがい)と出会った」とか、なんとか言わされた。
 
 それで、通じてしまう世の中はクソどうしようもなく腐っている。
 
 心にもない宮長への愛を父に電話口で語り、自分で助かるきっかけを潰してしまった。
 連れ去り事件だとこの段階で気づいてもらえたなら、まったく違っていただろう。
 
 宮長の着替えの服を借りながら助手席で汚してしまった後部座席の心配をする俺。
 もっと重大なことが進行していると気づくことも出来ずにぐったりしていた。
 
 宮長のマンションに連れ込まれ、その日のうちに犯された。同意がないので今からでも強姦罪で訴えたいが、それ以上に両親に藤代宮古という芸能人と一緒にいることを自慢げに話しながら犯されるという異常事態に思い返すのも嫌になる。
 
 家について俺を安心させるためなのか宮長は再度、両親に連絡をした。漏らした罪悪感で頭がおかしくなっていた俺は「みゃーくん格好いい」を馬鹿みたいに口にしていた。これをSOSと思うのは無理がある。うなじを噛まれ、下半身をいじられながらも助けを叫ぶこともなく「みゃーくん、優しくて格好良くて大好き」と学校で聞いた女子の会話を再生するように宮長を褒めた。
 
 どこにいるのかとか、宮長の迷惑という普通のことを口にする両親に、宮長の褒め言葉しか口にしない俺。噛み合うことのない会話。俺が初めて見る芸能人に興奮していると思っているらしい呆れ気味の両親と宮長に犯されていることをなぜか両親に隠さなければいけないと我慢する俺。
 
 
 ちなみに後日に聞いた話だと運命の番である宮長と遭遇した俺は、無理やり宮長の車の中に入り込みマンションまでついてきたという。事実と違うと訴えてしまうと俺のお漏らしの件に触れることになる。何もかもを考えないことにした。
 
 そして俺は宮長の婚約者となった。
 事実上の伴侶だ。
 
 俺の年齢を考えることなど異常者がするわけない。
 親は俺が宮長のことを好き好き大好き愛してると言い続けていたことを受けてか「Ωとして生まれたからには、いつかこうなると思っていたんだ」と泣きながらも受け入れていた。
 
 宮長はαの中でも優秀であるせいで次代を作るのが難しいとされている遺伝子因子を持ち合わせている俗に一人身αと呼ばれる存在だった。運命の番というのは遺伝子レベルで相性がいいαとΩに対して使われる専門用語だ。子供ができない生涯、一人を余儀なくされる宮長でも運命の番との間になら子供が望める可能性があるという。
 
 正直、俺は出産する昨日まで、ずっと嘘を吹き込まれているのだと思っていた。長い、長い、長すぎるドッキリ企画。お腹に子供がいることも嘘だと思っていた。胎内の写真を見ても、お腹が動いて感じるのも、指輪をつけさせられたのも、テレビの撮影のために偽の医者や偽の写真が用意され、俺がそれに反応して身体がおかしくなったのだと感じていた。
 
 そうでもなければ強姦魔αの一人勝ちだ。こんな世界はおかしい。
 俺の気持ちへの賛同者は意外と病院内に多かった。
 年齢が俺と同程度に若いことから、きっと似た境遇だったんだろう。
 
 
「αなんていうモンスターに遭遇したら後ろ盾のないΩは終わりだよ」
 
 ただの芸能人でも、頭がいい資産家でもない。遺伝子的に、生物的に優れているとされている人間に選ばれているということは光栄だろうとαもβもΩに対して思うという、そんなことを俺は知らなかった。
 
 αと関わり合うことなく生きていたΩは危機感が足りないのかもしれない。
 肉食動物の脅威を知らない草食動物はエサだ。

 俺は藤代宮長に食べられた。
 性的な比喩じゃない。
 俺の人生はαという名のモンスターに丸呑みにされてしまった。
 
 今後に出来ることと言えば自分の子供に宮長のようなクズにならないように言い聞かせることぐらいだ。
 
 
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変態セックス余裕のαと何も知らず振り回されるΩですが、長子を出産以降は発情期がない時期はセックスレスに突入。
(Ωから近寄るなクズって言われて物を投げつけられるαという珍しいご家庭)

Mっ気のある年上攻め×Sっぽくなるしかなかった元内気少年という、ちょっと受けが逞しくなっていく姿を観察したくなる設定の話。
 
2018/02/17
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