運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

1:榊原春樹の異世界転移「巨大なオブジェが消えたんだが」

 異なる世界に馴染むのは苦労する。
 田舎から都会に上京することすら検討に検討を重ねた榊原春樹(さかきばらはるき)は完全に追い詰められていた。
 
 
 SNSで知り合った友人との初顔合わせ。
 とある駅前で待ち合わせをしていた春樹は立ちくらみに襲われた。
 目を閉じて壁にもたれて数分。それで世界が変わっていた。
 一歩も動いていないのに待ち合わせの目印にしていた駅前のオブジェが消えた。
 定期的にテレビでも取り上げられる世界的に有名な人間が作ったという意欲作。
 緻密に計算されていて季節や時間帯で色や形が違って見える街のシンボル、それが見当たらない。
 春樹の目の前は更地になっていた。
 
 慌てて駅名を確認すると先程までいた待ち合わせ駅と同名。
 改札周りも見覚えがある。
 不思議な点は駅前の巨大なオブジェが消えていること。
 周囲にあるポスターも具体的には分からないが違和感がある。
 どんな広告があったのか思い出せないが「完全オメガ車両の導入! 月末深夜、痴漢電車運行のお知らせ」なんていうキャッチコピーは初めて見た。
 
 違和感と不安感は何もしなければ増していく。
 SNSで知り合った初めて会う友人を思い出して春樹は駅員に話しかける。
 
「あの、えっと……駅前の、あっちの広場みたいなところに大きなオブジェ、ありましたよね。たしか、冬の空って書いて冬空(とあ)って人が作ったっていう。あの有名な」
 
 駅周辺のことは聞かれ慣れているだろう駅員が目を見開いた。
 春樹としては自分が知らないだけでオブジェが透明に見えるような仕掛けがある、そういったことを期待していた。
 時間帯によって変わる影の形まで計算されているという。
 自然を取り込んで飽きさせない造形物としてSNSでも人気のスポットだ。
 
「人と待ち合わせしてて、こっち側の改札から出たところだと思ったんですけど」
 
 言葉を失っている駅員に春樹は心持ち前のめりになって聞く。
 目の錯覚で見えなくなっているという一言が欲しい。
 オブジェがあるのは逆側の改札だという訂正でもいい。
 駅員が口にしたのはそのどちらでもなかった。
 
 
 
「警察に連絡をしますので、落ち着いてください」
 
 
 
 犯罪者でもないのに「警察に連絡」という単語で瞬間的に逃げ出したくなった。
 だが、春樹の足はその場に縫いついて離れない。
 脳裏に浮かぶ、ある噂があった。信じてはいないが、あの噂を見たからこそ待ち合わせ場所をここにした。
 
 
 警察がやってきてもしばらくは歩き出せなかった。
 
 
 SNSで目に入った、ある噂。
 
 その噂を確かめるために春樹は友人との初顔合わせをあのオブジェの前にした。
 冬空(とあ)が作ったとされる毎日見ていても飽きないオブジェ。その正体は光の当たる角度によって表情を変える神秘の造形物。
 
 地面に落ちる影の形すら計算されている。
 周囲に背の高い建物が作れなかったり、派手な照明を使わえないように条例で定めて丁重に保護されている。
 京都の街並みと同じように冬空(とあ)の作品は守られ続けている。
 
 そのため、いろいろな噂がたつ。

 いわく、オブジェの影は魔法陣だ、異世界への扉だ。
 
 春樹だってそんな噂を信じてはいない。
 友人は気になったようで一緒にオブジェを見ないかと誘われた。
 SNSで繋がっていてもリアルで顔を合わせたことはない。
 今まで一度もオフ会の話題はなかった。

 それは友人のことを深く知りたくない、興味がないという意味じゃない。
 
 春樹にとってSNSでのやりとりで友人がどういった人間か把握していた。
 価値観というものがピッタリと一致していて食べ物も音楽も服の好みも全部一緒。
 これだけ分かり合える友人はいないと思ったからこそリアルで会う会わないは春樹にとって大きな問題じゃなかった
 
 一人で噂のオブジェを見るのが嫌で誘われたのだとしても「異世界に行くなら一緒に行こうぜ」と誘われたのが嬉しくて照れくさい。田舎から上京した春樹を友人がわかりにくく心配してくれた気がした。
 
 
 本当に異世界に来てしまうなんて想像できるわけがない。
 
 せめて友人が居てくれたなら、そう思ってみても警察に保護されたのは俺だけだ。
 
 お互いの目印としてカバンにつけていたゲームキャラのチャームが消えていた。
 友人と初めてSNSで会話をしたのはダブったグッズを交換しあうためだ。
 ゲームの話から話題は広がり毎日話していた。
 
 異世界に来てしまった事実よりも友人と一生話せない事実が悲しい。
 警察で説明を受け、書類を書きながら春樹は友人のことだけを考えていた。
 
 
2017/08/10
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