乱れたシーツの寝室に榊原春樹は連れてこられた。
嫌がると女性への嫉妬だと桐文隆司を喜ばせる。そうではないと訴えたところで聞いちゃいない。まくらの横に転がっていた女性もののアクセサリーを乱暴に壁に投げた。らしくない動作は春樹を少し冷静にする。
口からこぼれ落ちたのは子供の駄々のような「やだ」という具体性のないもの。何を嫌なのか語った上で隆司に理解させなければ春樹はこの状況から逃げられない。自分の気持ちを相手に伝えるだけではいけない。相手に理解してもらえなければ状況は変わらない。
発情期(ヒート)の春樹に冷静な状況判断と的確な言動など無理だ。発情期(ヒート)じゃなくても春樹は年上に反対意見を伝えるのを苦手にしている。山田凪のように何を言っても受け入れてくれそうな人間ならともかく、お姉さんのようにどこもかしこも地雷なところがある人は急に怒り出す。
春樹にとって急だと感じるだけで周囲の人々にとっては自分から地雷を踏みに行っている春樹がおかしい。
何度も何度も繰り返し、自分が悪かったんだと反省してみても上手くいかない。泣きたくて心を折れたままにしまたくなる。人を怒らせたり責められるのはつらい。
優しく甘ったるく「何がいや?」と隆司に聞かれて「ぜんぶ」と返す。
誰も理解してくれない痛みを勘違いだとしても理解してくれようとするのは目の前の隆司しかいない。そう思った後に否定する。苦しい気持ちが快楽で押し流されて誤魔化されているだけだ。隆司との触れ合いは現実逃避。春樹の夢の中での出来事だ。
桐文隆司はαはΩにとって最高の支配者で最高の奴隷だと囁いた。春樹に嫉妬されたくて、春樹に愛されるために何でもできると理解に苦しむ発言を平気でする。
「ハルちゃんにはまだ刺激が強いかもしれないけど、一緒に俺のお気に入りを見よう」
私とずっと口にしていた一人称が俺に変わった。理知的な眼鏡姿から私じゃないなら僕かと思っていた。隆司は寝室のテレビを操作して明かりのつけていない薄暗い中で映像を再生しだす。
ベッドの下に鍵つきの収納ケースがあり、宝物を自慢するように春樹に中身を見せた。
回らない頭で春樹が出した答えはアダルト動画。タイトルは大体が運命と名付けられていた。隆司が子供のころから人に呆れられるほどに見たと内容を説明してくれる。
Ω兄妹の二枚組で発売されたらしい。
βの親の借金をうつくしいΩ兄妹がエッチな映像を撮ることで返していく。素人AVというジャンルのもの。シナリオなのか本当に兄妹が親に売られたのかはともかく、兄妹はそれぞれ初体験をβによってむかえる。
映像は生々しくてボカしなどの修正もなく春樹からするとグロいと感じてしまう。ストーリーのあるエロ漫画は読めてもエロだけ主体のものは手に取ったことがない。知識としては、それとなく入ってくるので性的なものが完全な無知ではない。
『き、ひぃぃ』
気持ちいいが短縮したのか動物の鳴き声のような咆哮をあげるうつくしい少年に春樹は怖くなる。隆司から逃げたとしても自分の末路はこれだ。βに乱暴に犯されて涙と涎と鼻水を垂れ流す姿を映像として残される。お高く留まっているΩをお金で買って犯すのが楽しいとβは笑う。醜かった。
何回も中出しされてうつろな目をしたΩの少年、その数日後にまた別のβに犯される。少年はセックスを楽しむことを覚えたのか積極的に男の上になって腰を振る。βを五十人切りなんてダイジェストで見せられた。
そんな少年の前にあらわれたのはα。
βを快楽の海に叩きつけて溺れさせるだけの技術と経験を持つことになった少年はαに形無しだった。キスをされただけで崩れ落ちて自分から動くことも出来ずにαにされるがまま、翻弄された。
喘ぎ続ける少年はβと全然違うとαを持ち上げながら、しきりに孕ませてと懇願する。βはゴムを使用せずΩの少年の中に精を吐き出し続けていたがαはそうじゃない。紳士的にコンドームをしっかり着用している。
βの時とは違ってゴム抜きでの性行為を甘くねだるΩの少年。βの時は中に出さないでと過剰なほどに嫌がっていた。それがαの精子が欲しい、種づけしてと頼み込む。早く終われとβの時に口にしたのとは逆に永遠にαとセックスがしていたいと告げる。
α用の接待動画ならこういうものかもしれないと頭の隅で春樹は思う。だが、隆司はこれがノンフィクションだと語った。親に借金をさせてとても返済できないものだからと子供たちを売るような契約を結んでしまう。βに散々な扱いをされて親を含めたβ不信になったかわいいΩをαが囲ったという。
自分とΩの記録として映像を作ったのだと隆司はいう。そういう設定なのか、本当のことなのか。
αに引き取られた兄は愛されて子供を産み幸せになるが、妹はβに引き取られ性欲の捌け口として使われるだけというエンド。同じΩでもαの手を取るかβと共にいるかでこんなにも生活に差が出るという結論。
「この子のβに犯されてる時とαに犯されてる時の表情や体の反応の違いが凄いっ。演技なわけがない。αだってこんな反応で求められたら自分の手元に置きたくなるに決まってる! Ωにはαが、αにはΩが。違うね。私にはハルちゃん。ハルちゃんには私。そうだよね」
内面にある欲望を押し隠すような甘ったるい口調。最初の強暴なケダモノを思い出す。春樹の体を貪って、うなじを必死に噛みつこうとしていた隆司。野獣のようなあの姿。発情期(ヒート)になった春樹はその意味が分からないまま怖くて失禁した。嬉しかったような気もするけれど、思い返す今は噛まれなくてよかったという安堵しかない。
「この中に入っていいのはαである俺だけ。俺だけのっ」
テレビからαに抱かれたがっている少年のおねだりが聞こえる。孕ませて種づけしてと口にする。平凡などこにでもいる愚かなβではなく優秀なαの遺伝子で受精したいという。それが脚本なのか少年の本音かは関係ない。
桐文隆司は春樹に映像を見せながらΩはすべてαに抱かれたがっていると告げる。そうでなかったら許さないという狂気を感じて身がすくむ。春樹の腹を撫でながら、愛していると言いながら、子供は二人の邪魔になるからお姉さんに育てさせると微笑んだ。
桐文隆司と山田渚という二人の子供という存在が桐文と山田の関係をよくするし、産めない女の扱いをされる山田渚にも価値が出る。
みんなが助かり、みんなが得をすると隆司は語る。
そのみんなの中に春樹が含まれていないことが、どうやら分からないらしい。
2017/08/31