運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

17:榊原春樹とバース性1「この世界の現実の一部」(一部は全部ではない)

『やっぱ、Ωにはαなんですよ。αのためにΩである自分がいるんだって。番になったお姉さまの子供を産むためにアタシ生まれてきたんだってホントそう思うんです』

『お金がなかったからβとセックスして稼いでます。あ、αが周りにいなかったってより、ハマっちゃうって聞いて怖くて。だって、βの方が多いのにαとしかセックスしたくないってなったら、借金返せなくなっちゃうでしょ』

『αにだってときどきハズレが居ますけど、αの数が増え続けたらそういうこともありますよね。でも、それって産み続ける無計画なΩのせいじゃないですか? 優秀なαの遺伝子だけをΩが選別して次の世代に残すべきです。Ωだってαなら誰でもいいってわけじゃないと主張しないと!』

『αとのセックス? もちろん最高ですよ。Ωとして生まれてよかったって思います。βじゃ絶対に得られない感覚ですよ。あ、お兄さんβだった? ごめんね、悪気とかないの。でも、事実なんだよなぁ。アソコが立派だとかテクニックが、とかそういう問題じゃない。αに触れられるのがΩの幸せなんだって理屈じゃなくて分かっちゃう』

『十代で五人の子持ちですぅ。体の発育早くて発情期(ヒート)始まったのはピー学生だったの。親が面倒だからって近所のαに丸投げ。普通ないよね。まあ、親は二人ともβだったから……。で、初発情期(ヒート)のΩのフェロモンにやられたαに種づけされて初発情期(ヒート)で初妊娠っていう効率よさ過ぎてビビる流れ。え? 産んだ産んだ。産んだらお金くれるっていうんだもん。αの中でも子供が作りにくい家系ってあるらしくて、大変だよねぇー。そのαと? 別に番になってないよ。あ、最初の五人の子持ちってちょっと嘘だった。子供は全部それぞれのαにあげたから十代で五人産んだよーが正しいわ』


 テレビで映っているのは顔を隠したΩのインタビュー。
 春樹の脳裏にキャバクラやソープで働く女性たちが顔を隠して面白おかしく暴露話をする番組を思い出す。業界の裏話、それも性に関係したものは、自分と縁がなさすぎてそんなこともあるのかと他人事として楽しんでしまう。
 話題がΩから見たαやΩの今後などを特集しているにもかかわらず、内容はβを下げてαを上げるものになっている。
 
 十代で五人産んだΩをスタジオの人間は魔性とか種づけしたαを羨ましいと言っていた。これが民放で普通に流れる世界なのだと春樹は戦慄する。
 
 世界の常識を集めるために春樹もテレビは見ていた。寮の食堂にあるテレビは朝にニュース、夕方もニュース、夜はバラエティもありながら基本的にニュースを流している。
 
 ニュースでΩ絡みの犯罪が流れるたびに春樹は気を付けなければいけないという気持ちを強くして薬を忘れることなく飲み続けた。
 
 接客中にαと顔を合わせることはあったが、Ωとは接触がなかった。一番確率が高そうな時間の自由がきく学生たちすら見たことがない。その疑問にお姉さんが答えてくれた。春樹がいる近くの地域はΩの全寮制の学校があり、街でΩが自由に出歩くことがないようにされているという。
 
 
 春樹は子供をよこせと口にする二人にさすがに非常識だと要求を突っぱねようとした。
 
 
 二十歳になったばかりとはいえ春樹は自分より十歳以上も年上の二人に向けて毅然とした態度などとれない。お姉さんと揉め事になれば今住んでいる寮や職場である「SMクラブ下剋上Ω」に居られなくなるかもしれない。この世界での生活基盤が失われた後に自分がどうなるのか考えるだけでも恐ろしい。
 
 お姉さんは親切で正義の人だけれど、それだけではないこともまた春樹は感じている。悪い人ではないけれど「良いことをしている自分」が好きな人だから、彼女の行動を拒絶したり受け取らないと途端に機嫌を悪くする。
 
 厚意から与えてもらったお姉さんの贈り物のすべてを春樹が喜べたのかといえば、そんなことはない。春樹が欲しいものを与えようとするのではなく彼女は自分の不用品をゆずり渡しているに過ぎない。お姉さんがため込んでいた一部穴が開いたりほつれたりシミが目立つ衣類は春樹に部屋着にすればいいという言葉と共に大量に渡された。
 
 お姉さんは自分の親切があつかいに困るものになっている自覚がない。
 
 桐文隆司はマンションの下の階に空きがあるのでそこにお姉さんに住んでもらって春樹が産んだ子供を育ててもらうと口にする。子供は早めに一人欲しいけれど隆司としては春樹との時間を楽しみたいからお姉さんに任せるというのだ。お姉さんが子供好きで育てたいと言っていたと隆司は口にするが春樹は言葉通りに受け取れない。
 
 伝わっていないだけでお姉さんは隆司の子供が欲しいという発言をしたんじゃないだろうか。
 
 お互いに利点があるための契約結婚だと思っている隆司と自分の旦那になった隆司を憎からず思っていそうなお姉さん。自分がお姉さんに対して嫌な見方をしているのか春樹は迷う。発情期(ヒート)のときは番の周りにいる相手が敵に見えるとインタビューで話していたΩがいた。
 
 隆司と春樹は番ではないが、身体の反応は似たようなところがある。
 
 気持ちの面で相手をすぐに受け入れられなかったΩが「一旦冷静になって」と同じΩに対して語りかけていたのが印象的だ。今の春樹に必要な言葉だったからかもしれない。相手の見た目に嫌悪感がないか、相手の地位や生活習慣など知った上で番にならないと後悔すると常識的なことを言っていた。
 
 恋に生きるとか愛の情熱でαと番になっても、αが他のΩを番にする可能性だってある。そうなったら泣くのはΩだ。地位のあるαがΩを複数所有するなど昔はよくあった話。αがどんな家庭で育ったのかはΩとして知っておかなければならない情報だとテレビの中でΩが言う。
 
 自分の中にちゃんと入ってくる言葉がΩの口から発せられたことで春樹はわずかに冷静になった。お金持ちの美形に求婚されたからといって浮かれるなというのは当然のことだ。春樹の場合は求婚ですらない半端なもので自分の立ち位置がわからなくなった。
 
 番組の中でαの子供を産むためにあるのがΩだと刷り込むように繰り返された。インタビューでもΩの口からそういった発言は頻繁に出ている。インタビューのVTRを見ているスタジオの出演者も「その通り」と頷いたり「言い方!」とツッコミを入れている。
 
 番組は録画された古いものらしいので法整備されてΩの不当な扱いは減ったとお姉さんは言う。
 
 
 二人に対して反対意見を口にした春樹に見せられたのがこの番組。
 
 
 お姉さんは榊原春樹がこの世界で生まれ育っていないことを知っている。だから、この世界の常識を非常識だと感じてしまう気持ちをくんでΩ特集の番組を見せて安心させようとしてくれた。安心できる要素はないが、二人が春樹に伝えたいのは自分たちの希望が世間から見て、ギリギリ常識の枠内だというもの。
 
 こういった番組は注目を集めようとして過激な発言を素人がしている気がする。ニュース番組のコーナーではなくバラエティしかもゴールデンではなく深夜に放送されているタイプ。
 
 こういったΩもいるかもしれないが、Ωの全体が番組に出てきたタイプではない。
 店のキャストたちを思い出す。彼らは働いている場所がSMクラブだからではなく、Ωであっても自分らしさを削らないためにαとは距離をとっていた。お客さんはお客さん。プライベートでαの恋人がいたり旦那がいたりすることはない。
 
 αと番になったΩが金銭的に余裕が出て働きに出なくなる、ということじゃない。
 
 彼らはみんな自分らしさを維持するために番を持たず、今の生き方を選択している。春樹より幼く見えるチャチャンですら「SMクラブ下剋上Ω」のメインキャストとして立派に働いている。視姦要員としてプレイに同席することすらなかなか慣れずにそわそわとしてしまう春樹とは違う。
 
 まだ「SMクラブ下剋上Ω」で働いて一週間しか経っていないとしても、あのキャストたちとテレビに出ていたΩの違いが春樹には分かる。
 
 Ωとして生まれたからにはレベルの高いαを捕まえないと、とキャストは口にするし、テレビの出演者も言っていた。店のキャストたちは「私たちは自分の力でやっていけるから違うけど、普通のΩは、Ωとして生まれたからにはレベルの高いαを捕まえないと」と言っていたのだ。普通のΩである春樹に向けた言葉だから、時に過剰なほど春樹の容姿を残念がる。
 
 テレビの中のようにαが居れば幸せだなんて誰も言わなかった。ただ春樹の生活は楽になるから都合のいいαに出会えるといいと彼らは思ってくれていた。「SMクラブ下剋上Ω」にいるキャストだからこそαに支配されるような生き方に否定的というか端から考えていない。
 
『世界に絶望して怯えないでほしい』
 
 店のことを思い出すと山田凪のことを思い出す。番を殺したとチャチャンに言われてしまう彼の過去を春樹が知ることはないかもしれない。ふわふわとしてつかみどころがないのに春樹を心配してくれる気持ちだけは伝わってくる。過去にどんなことがあったとしても与えてもらった言葉に嘘はなかったはずだ。
 
 こんな世界知らない、こんな常識わからないと子供のように泣きわめけば春樹の感じる鬱屈とした気持ちはとなりにいる隆司に伝わるのだろうか。
 
 お姉さんは料理を作り置きしていくと言いながら結局近くの店で購入した惣菜を冷蔵庫に入れて帰った。春樹が発情期(ヒート)の間に二人で話し合うように言われたが、無理だろう。
 
 同じ番組がそろそろ五回目に突入するが春樹にはまだ見ていない場面があったらしいと驚く。
 番組の趣旨を確認してお姉さんが春樹にはいい薬になると言っていた。性的なことにうといから春樹が隆司をすぐに受け入れないのだと思っているようだ。すでに二人が身体を繋げていることをお姉さんは知らない。春樹が抑制剤を飲み続けているので発情期(ヒート)になってもキスぐらいしかしてないと考えているのだろう。
 
 桐文隆司はお姉さんがいなくなった後に「βの女にはわからないだろうな」と嗤っていた。世話になっていると情けなく笑っていたのが嘘のよう。お姉さんのことなど本当はどうでもいいのだ。それが透けて見える横顔だった。
 
 非情でβを下に見るαとしての姿が素なのか、大人として顔を使い分けているだけなのか春樹には判断できない。
 
 心が嫌がったところで春樹の身体がとろとろのぐちゃぐちゃになってしまうのは目に見えて明らかだ。
 腰を抱き寄せられて足を撫でられるだけで身体中が隆司を求めだす。キスをしてしまえば音は耳に入らない。
 
 意地悪をするように「今後のことをちゃんと考えるためにもハルちゃんは同じΩの意見を聞かないとね」と身体に触れる手を止めてテレビを見るようにうながす。
 
 αの素晴らしさを語るΩたち。
 与えられ続ける快楽にΩたちのαは特別だという意見に賛同してしまう。
 
 ときおり、正気に戻るように春樹の意識は浮上するが隆司に触れられると気持ちのいいことばかりがしたくなる。それが発情期(ヒート)だとテレビは教えてくれる。発情期(ヒート)は薬で抑えこむもんだと思っていた春樹の常識を壊すように発情期(ヒート)中の気持ちの良いセックスをΩたちは語る。
 
 今、春樹の全身を襲っている暴力的な快感を幸せな時間だと彼らは笑う。
 
 
2017/08/31
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