運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

13:榊原春樹の戸惑いの原因「世間で正しいとされていることに納得できないのは自分が悪いのか」
 山田凪の目に戸惑いと同情を見てしまって榊原春樹は息が止まりそうだった。
 
 早朝から駆けつけてくれたオーナーへの感謝と謝罪は喉の奥で縮こまって出てこない。
 春樹の感情を無視して桐文隆司は運命の番を見つけた喜びを新妻を自慢する夫のように山田凪に語りだす。独特の雰囲気で周囲を汚染するような山田凪を圧倒する隆司。冷静に見ればおもしろいやりとりが春樹にはうすら寒かった。
 
 三十二歳の眼鏡とスーツの出会って二十四時間も経過していない相手に手を握られて今後の将来すら握られようとしている。
 
 桐文隆司は狂っているわけじゃない。おそらくαとして当然の立ち振る舞いをしている。オーナーという責任者にΩである春樹ではなくαである自分が対応するのが、ごく自然だと思っている。春樹が自分で説明したいと口にしたことなど聞き流している。
 
 悪気はないだろうから春樹が声を上げれば隆司はこの場で一歩引いてくれるかもしれないが、そうではない場合を考えて身震いする。
 
 桐文隆司は亭主関白であるとか、自己中心的であるわけではない。山田凪との会話から急に店員がいなくなって店側が苦労するだろうことを思いやる発言をしている。春樹の気持ちも考慮して、この場ですぐに決めたりはしないと微笑んだ。
 
 優しくて丁寧であるのに違和感がぬぐい去れない。
 手を握られていることで自分の不安感が隆司に筒抜けであることも春樹には恐ろしかった。
 山田凪が桐文隆司の要望にすべて頷き、他店から雑用係を引っ張ってくる費用の一部を隆司に請求する。Ωである限り発情期(ヒート)は起こる。周期的にΩが長期の休みをとるのは当たり前で、周期から外れて発情期(ヒート)が起こることすら日常の一部だ。
 
 Ωの発情期(ヒート)に店として対応できないなら店側の不手際だが、桐文隆司は榊原春樹の発情期(ヒート)の責任を取りたがった。
 
 大量の薬を服用して発情期(ヒート)を抑えていた春樹。その努力を踏みにじる形になったのは自分のせいだと、どこか嬉しそうに熱弁する。やっと見つけた自分の運命の番に対して何かをしてやりたいという気持ちなのか前のめりで隆司は金銭の話をした。
 
 
 
 店に関する話があると山田凪は一旦、桐文隆司を部屋の外に追い出した。
 もちろん、春樹から目を離すことを嫌がったが耳元で何事か囁いて「五分だけだ」と二人だけの時間を作った。
 
「お金はもらうべきじゃないけど、彼は引き下がらないだろうからね。昨晩のプレイルームの部屋代ってことにさせてもらうよ」
「申し訳ありません」
 
 深く頭を下げる春樹に山田凪は「仕方がないことだから」と口にした後に小さなポーチを渡してきた。ゲームのキャラクターがプリントしてある筆記用具か女性が使うお化粧ポーチ、そんなサイズ。
 
「発情期(ヒート)しているΩは妊娠しやすいというか、妊娠するための発情期(ヒート)だって」
「知ってます」
「中には薬が入ってる。性行為の四十八時間以内に飲めば妊娠しない」
 
 春樹が手に入れなければならないと思っていたアフターピルだ。
 
「彼はきっと、君の堕胎行為を許さない。薬をこのあとに手に入れるのは無理だろうね。サプリメントに偽装してるから健康のためとか綺麗になりたいとか適当に言い訳をして一日一回は飲むようにすれば、だいじょうぶ」
 
 ふわふわとした浮世離れしたいつもの山田凪はいない。
 真剣な表情は孤立無援で泣き出しそうな春樹のそばに立っていた。言葉にしなくても味方になってくれているのが分かる。運命の番だと春樹の手を握る相手は気づきもしないことを山田凪は感じてくれた。
 
「君は優しくて働き者の小人さんだ。この店にまだ居てほしいと思っている。……世界に絶望して怯えないでほしい」
 
 理解できない常識に振り回されているのではなく、その常識すら春樹は手に入れていない。春樹の戸惑いも開いた心の距離も桐文隆司は「運命の番」の一言で無視する気でいる。それがわずかな時間でも伝わってくる。隆司は一度として春樹の意思を確認しようとしない。「運命の番」だからこそ、同じ気持ちであると思っている。
 
 その感覚がこの世界やαとして普通の立ち振る舞いだとしても春樹は上手く馴染めない。
 同じ状況であったとしても順を追って話してくれれば春樹の気持ちも追いついただろう。
 言葉が通じているはずなのに相手とコミュニケーションが取れない状況はちょっとした恐怖だ。

 年齢差のこともある、αとΩという社会的地位の差もある。自分が下に見られていることを春樹は仕方がないと思う一方で、山田凪がするようなフォローの仕方を望んでしまう。桐文隆司は春樹との出会いで冷静でないだけで、山田凪が春樹に優しいのは他人事だからかもしれない。
 
 ニュースやバース性についての本などから手に入れた知識、目にしてきたαやΩの考え方。
 すべてが桐文隆司の反応が正常で「あんな言い方しなくても良かったんじゃないのか」と不満というには生ぬるいショックな気持ちを抱える春樹がおかしいと告げている。
 
「こんなに暗くてつらい顔をしているのを隣にいると気づかないものなんだね」
 
 春樹の頭を撫でながら山田凪は独り言のように口にする。桐文隆司の批判など春樹に聞かせるつもりはないのだろう。このあたりが山田凪の山田凪なところだ。いくら店のΩたちに邪険に扱われていても笑って受け流す人。攻撃に対して攻撃はしない。不満に思っても愚痴はつぶやくだけで終わる。ある意味で春樹と似ていた。
 
「人を責めたくないって、優しいし、誰ともケンカしない防衛手段だよね。でも、凪さんは正しさが人を殺すことも知ってるから、無理なものからは逃げていいって言いたいな」
「ありがとうございます」
 
 頭を下げた春樹をどんな目で山田凪が見ていたのか分からない。
 扉をノックする音で与えられた五分間が終わったのだと知る。
 
 山田凪が入室を許可する前に扉から入ってきた桐文隆司は春樹を抱きしめた。匂いを嗅ぐように頬ずりする。獣じみた仕草に嫌悪よりも愛情を感じる。隆司が自分を心配してくれているのが分かる。他の男に、αに何かされていないのかと気が立っている。
 
 密室で二人っきりになどしたくはなかったと全身で訴えている隆司を春樹は振り払えない。身体は間違いなく隆司の腕の中に安心を見出していた。自分を傷つけることのない頼れる人だと直感とでもいうものが囁く。
 
 
「これから二人の愛の巣で昨日の続きをしよう」
 
 
 内緒話のように隆司に耳打ちされて春樹の身体は固まった。
 異様だと感じて警戒してしまう。
 自分の発言に疑問を持たないあまりにも価値観の違う相手を前にして身構えずにはいられない。
 
 
2017/08/25
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -