運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

10:榊原春樹と運命の番(つがい)「残酷で悲劇的な運命というのは確かにあるの」

 性別年齢不詳な店長代理のウララ。
 店の古株の未婚の子持ちのロゼリィー。
 発言は常に失礼だが抜群にかわいい男の娘のチャチャン。
 クールな魅力でお客さんを骨抜きにしている女帝キャピタル。
 
 四人とも魅力的なΩだが春樹が蝶ネクタイの下に隠したのと同じ番(つがい)防止のチョーカーを巻いている。
 Ωは発情期(ヒート)中にαにうなじを噛まれると番(つがい)になる。
 番の上書きというのは出来ないらしく、お互いが望まない事故でもαがうなじを噛んでしまえば番として成立してしまう。
 春樹が調べた限りでは結婚のように離婚によってなかったことにはならない。
 Ωの首にはずっとαからの噛み跡が残る。逆にαの見た目には何の変化もない。Ωがαに所有されていると言われる原因はこの一方的な印のせいだ。
 一人のαに複数の番がいることもある。法律で規制されていない。
 優秀な遺伝子を残すのが義務だというならαは自分の子を産ませるΩを一人に絞る必要はない。
 複数のΩに子を産ませる方がより優秀な遺伝子を残すことに繋がる。
 世間的にβが一番多くαとΩの数が少ないというのならαはΩにどんどん子を産ませるべきだ。
 ただこういったΩ蔑視は現代社会において古臭い昔ながらの考えで基本は春樹の元いた世界と同じで一夫多妻は否定されている。

 αに縛られたくないといった気持ちをΩが持つのは普通の話だが、発情期(ヒート)の間は仕事ができない。周期的にくるものとはいえ体調や薬によってバランスが崩れることもある。
 
「はるきゃんの薬の量とかホント危ないから最悪おじいさんでもいいから番になっちゃおう」
 
 チャチャンは勝手に番に対して求めるレベルを下げる。Ωとして生まれたら優秀なαを欲しがるものだが春樹は相手にされるはずがないとチャチャンは判断している。
 見下したり馬鹿にしているわけではなく当然のように春樹は低く見られている。
 
「いまどきサプリでもあの量はないよ」
 
 春樹は薬でお腹いっぱいになると店のキャストたちに驚かれた。
 多かれ少なかれ抑制剤は飲むし、みんな持ち歩いているが春樹のように各種類きちんと飲むのは例外だという。
 
「視姦オプションで下半身反応しないから不能なのかと思ったら、あれはさぁ」
「医者から出された合法なものですけど」
「何種類も飲んでたらお金がいくらあっても足りないから普通は一種類と急に発情期(ヒート)が来たとき用に即効性のやつを持つぐらい。即効性のは高いし一時間とか三時間で効果が切れるから家に帰るかホテルか病院に行くの」

 こういうことを聞いて今まで飲んでいた薬を飲まなくていいと春樹は思えない。
 医者に飲みなさいと言われているからだけではなく、発情期(ヒート)を恐れているからだ。
 バース性にまつわる常識にすら馴染みきっていないのに自分の体に起こる異常を受け止めきれない。
 せめて生活の基盤が整ってからじゃないと発情期(ヒート)と向かい合えない。
 
「困ったら凪さんがなんとかしてあげるから」
「オーナーそれずっと言ってますけど、マジではるきゃん嫁にもらう気なのです?」
「なのです。……榊原春樹、君は?」
 
 ほぼ告白と言っていい相槌だが、みんなしらけていた。「なのです」が許せないのか、山田凪が信用ならないのか。
 
「オーナーは黙って立ってたら極上のαで一目見た時『これは!』って思ったのだけど」
「口を開いた瞬間に『これはない』に変わるんだよな、わかるわかる」
「キャピ姐さん!! ですよねぇ」
 
 オーナーに対してチャチャンとキャピタルが失礼な意見で通じあう。
 百戦錬磨の女帝であるキャピタルすら口を開かなければ山田凪の評価が高い。
 春樹が一目でαだろうと思うぐらいに端整な顔立ちの美丈夫。
 肉体労働とは無縁そうなのに抱きしめられる際、いつも意外に力強い。
 服の上からではわかりにくいが結構な筋肉を隠し持っていると春樹はにらんでいる。
 
 ウララが仕切り直すように春樹のあごを撫でる。いちいち艶っぽい。
 
「春樹くんは異界からの使者さまだから、普通のαと番になるのが難しいかもね。顔関係なく」
「べつの世界からやってきたって、りっつんみたいな、ですか?」
 
 チャチャンのいうりっつんという名は初めて聞いた。
 元の世界のSNSでそういう名前を名乗っていた友人はいたので厳密には初めてではないが、関係のない話だ。
 春樹の疑問に答えるようにウララが一時期テレビで人気になった素人タレントだと教えてくれた。
 持ちネタは自分は別の世界からやってきたという一点。
 宇宙人にさらわれたというのと同じレベルでの取り扱いなら春樹としては悲しい。
 
「Ωもαもいない世界なんてマジっぽく語るりっつんの話はおもしろかったけど、急に見なくなったね。テレビから干されたのかな。はるきゃんもテレビ出ればって、トークは華やかじゃないと画面が厳しいね」

 いちいち春樹を下げる発言をはさむチャチャン。
 テレビに出る人間で華やかな容姿じゃなくても許されるのはトークの上手いお笑い芸人だけだと春樹自身も思うので否定はしない。無言のまま延々とロゼリィーはメイクを直している。そういった容姿をよく見せる努力は必要なんだろう。
 
「でも、そんな春樹くんだって運命の番と会えたならきっと幸せになれるね」
 
 ウララは「ふふっ」と笑いながら都市伝説のような話をする。
 運命の番、魂の番。そう呼ばれる相手が世界にはいて出会ったらすぐにわかる。本能が呼び合う相手。
 βでは味わうことのない極上の幸福。目には見えないのに確実にある繋がりに歓喜する。
 
「オーナーはともかくとして運命の番でもなければ、はるきゃんを選ぶ人なんかあらわれないだろうから期待しちゃうよね」
 
 チャチャンの発言に山田凪が何か言いたそうだったがキリがないのでウララが春樹の背中を叩く。開店準備をしろという合図だ。今日は突発イベントの告知用の看板を出さなければいけない。
 キャピタルが提案してくれた「先着三十人に握手かハグか股間踏みの無料サービス」の告知を黒板に書き込んで店外に置く。
 裏方としての春樹の仕事だが手伝う気なのかチャチャンもついてくる。
 
「αのお客さんたちにはるきゃんが誕生日だから友達のα連れてきて〜っていっぱい頼んどいたよ。無料サービスっていってもいらないって断られ続けて先着の三十人に満たなかったらはるきゃんかわいそうすぎる」
 
 失礼極まりないが無料でもいらないと言われる可能性はある。
 春樹はキャストではなく雑用係として店にいる。チャチャンやキャピタルがお客さんに春樹を同席させるオプションを頼ませているおかげか素人解説者と言われたりするが、まだ入店して一週間しか経っていない。
 
 ウララに明日は休みでいいと言われている。休み明けに仕事内容を忘れていないか、それだけが春樹の心配事だ。
 
 
 
 運命というものがあるのだと、その日に初めて知った。
 残酷で悲劇的な運命というのは確かにあるのだ。
 
 
 
 チャチャンの営業メールのおかげか開店してすぐに仕事帰りのαたちが集団でやってきてくれた。
 プレイルームではなくお酒を飲んで話すだけのオープンスペースの使用。
 チャチャンの顔を立てるためだけに来てくれたのだろう。
 春樹への無料サービスリクエストは九割がハグだった。
 それも春樹自身に興味があるというよりもチャチャンの反応を楽しむために抱きしめてすぐに離したり、長めにじっくり抱きしめたり、抱きしめながら髪の匂いを嗅ぎだしたりする。
 かわいらしい声で「はるきゃんにいじわるしないで。かわいくなくてもはるきゃんだって生きてるんだからっ」と訴える。αたちは自分が抱きしめた春樹ではなくチャチャンの言動に顔をゆるませる。
 
「そろそろ三十人になった?」
「あと、一人」
 
 いつもはキャストが立たない受付カウンターにチャチャンはいた。
 お客さんたちが自分を目当てにやってくると知っているので玄関で出迎える。
 
「あぁ、さっきの集団のお客さんたちが電車に一本乗り遅れた人がいるって言ってたね」
「その人にサービスしたら看板下げます」
「今日はそのまま帰ってもいいかも。誕生日でしょう? あ、はるきゃんは誕生日を一緒に過ごせる人がいない? 予定あったらそもそも仕事しないよね」
 
 誕生日ケーキは寮のお姉さんたちと出勤前に食べた。
 男の身で女子寮にいるという肩身の狭さを吹き飛ばすほどにお姉さんたちは優しい。
 店のΩのキャストたちも春樹に親切にしてくれるが温度が違う。
 
 βとΩの違いではなくチャチャンのようにどんな会話でも、もれなく春樹下げが入るなんてことがないからだろう。
 ふとした拍子にお姉さんたちだって「Ωでこの容姿は」と同情や心配の視線を向けられるがチャチャンほどではない。
 
「あと一人ぐらいならはるきゃんだけでもいいかな。……あ、帰る前にラクトに声かけて受け付け交代してね」
「了解しました」
「もう、はるきゃんもっと砕けてもいいのにっ」
「バックヤードならともかくお客さまに聞こえるかもしれませんので」
「堅苦しいよぉ。さみしいじゃんか」
 
 不満そうに頬を膨らませる幼い仕草も様になっている。
 チャチャンに気に入られている事実を喜ぶべきなのか春樹にはわからない。
 親切にされても本当に親切なのか疑ってしまいたくなることもある。
 春樹にとってチャチャンは友人になるタイプの人種ではないので近づいてこられても距離感がつかめない。
 
「番になるのはオーナーみたいなのじゃなくてビビッと来た人にするんだよ。妥協はダメ」
 
 散々おじいさんでもデブや短足でもいいから番をと言っていたチャチャンには見えない。
 冗談として今までレベルの低いαの例を出していたのだろうか。
 
「オーナーは自分の番を殺してるから、絶対にダメ。やめて」
 
 そう言い残してチャチャンは去って行った。
 嘘をわざわざ口にしないだろうと思いつつ、山田凪の立ち振る舞いから血生臭い話は想像できない。
 キャストのΩから雑に扱われようとも文句ひとつ言わない人。
 
 思わずチャチャンを引き留めて聞き出すか悩んでいると扉が開く音がした。
 このとき、振り返ってお客さんに対応せずチャチャンを追いかけていれば、春樹の人生は平坦なものになっていたかもしれない。
 
 自分ではどうしようもない衝動、神の意地悪としか思えない環境。
 過酷な運命も異なる世界に馴染むための通過点だと感じられたら、きっと少しは楽になる。
 
 
2017/08/16
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