運命の番には番がいた(平凡オメガ受け)

7:榊原春樹の出会いと再会1「ここで会ったが一年ぶり」

 間接照明ばかりの薄暗い廊下を進んでいるので春樹は建物の構造が把握しきれない。ウララは上と言ったが階段やエレベーターに乗った覚えはない。どうなっているのだろう。
 
 部屋の案内図を見たらよくあるカラオケボックスのような部屋の配置かもしれない。
 
 ウララに聞いたところ部屋の詳細をまとめた案内や説明書きはないという。どの部屋をどんなプレイで使うかは空いた時間に自分で確認するように言われた。お客さんが使用していないなら一息つく場所にしても構わないと微笑まれる。拷問器具やアダルティな雰囲気で心は休まらないのでキャストの予定表などがあるバックヤードが一番落ち着きそうだ。
 
 春樹をからかう楽しみに目覚めたのかウララは覗きオプションの話を出した。
 
 見られるのが好きなαはオプションで覗きを指定するという。そういうときは春樹がプレイルームに同席することになる。ハードな仕事な気がするが春樹の仕事は見ているだけでお客さんにとってメインは自分が指名したΩ。部屋の清掃以上に店に関わっている気になるとウララは笑った。
 
 以前は口が堅くリアクションがうるさくない中華屋のバイトに出前を頼みがてらチップを払って覗いていってもらっていたようなので素人の反応の方が生々しくてお客さんも興奮するのかもしれない。
 
 本当か嘘か分からないが仕事として頼まれたなら部屋の中で邪魔にならないように小さくなっているしかない。
 ウララは「Ωとして心配だったけど、コロポックル……なるほどね。初々しいのが好きなαなら結構いるかもしれないよ」と戸惑う春樹の背中を叩く。オーナーもウララも自分を心配してくれている。それだけで、今までのバイト先と「SMクラブ下剋上Ω」が違う場所だとわかる。
 
 
 
 扉の外側に無数についた鍵をウララがあけていく。
 
 鍵の数は上の左右に一つずつ。下の左右に一つずつ。ドアノブのあたりに四つ。
 番号を入力するタイプの鍵が二種類もあるのに扉のデザインと馴染んでいる。
 中の人を外に出さないために作られたような異様な扉。
 
「毎日カギの開け閉めしないと扉が開かなくなっちゃうらしくてね。わたしができなかったら春樹くんに頼むこともあるかもしれないね。でも番号をメモっちゃ駄目だよ。どこかの金庫の番号と同じにしているから流出防止だって」
「鍵を閉めているときも中に人がいるんですよね」
「ラクトは用心棒みたいな扱いから便利屋になっちゃった感じ。だからここに住んでるの」
 
 α御用達の高級クラブならそういうものだろうか。
 性サービスの常識は春樹の中に未だない。
 
「鍵が閉められてても開けられててもラクトは寝てるかゲームしてるから気にしないね。中にはシャワーもトイレもあるよ。食事は専用の受け取り口があるし、店に直通の電話もある。閉じ込めてるみたいに見えるけど、ラクトも納得済みだからね。誰も使わない部屋って虫の巣になったりするから」
 
 ウララが当たり前のように語るので違和感を覚える自分がおかしいのだろう。春樹は浮かぶ疑問を考えないことにした。この世界で常識として語られる事実に春樹の感覚が追い付かないことは多い。
 
「そういえば、春樹くん。オーナーをαだと思った?」
「違うんですか? 見た目が雄っぽい格好いい人はαであることが多いって」
「あの人も中身知らなきゃアタリに見えるよね」
 
 鍵を開け終わったウララは「ラクトはβだよ」と口にする。後ろにいる春樹からはどんな表情なのか見えない。だというのに先程までとウララの雰囲気が違う。
 
 この「SMクラブ下剋上Ω」はΩが働く店とはいえ、力仕事や雑用などでβを雇うことは春樹でもわかる。ウララの雰囲気がラクトは特殊なケースだと匂わせているが春樹には伝わらない。暗黙の了解の外側にいる春樹にはウララがそれとなく察しろと発するオーラだけが読み取れて内容が分からない。
 
 聞いてはいけない重い事実なのか、口にするのも馬鹿馬鹿しい笑い話なのか春樹にはつかみきれない。
 そして、きっと春樹に伝わっていないことがウララは知らない。早いうちに疑問は解消するべきだが春樹は今まで「だから何?」という問いかけを丁寧にしても相手を怒らせてしまった。
 
 まったく意図せず相手の激怒するポイントを春樹は押してしまう。バース性というものへの不理解が原因だ。
 
 ウララは好意的だが甘えて開き直るわけにもいかない。春樹は諸々の感情を飲みこみ「わかりました」と返事をする。ラクトがβだから、なんだっていうのか、わからなかったが、わかったことにするしかない。
 
 鍵が多く重そうな扉は意外に軽いのか呆気なく開いた。
 ウララは自分の家に帰るように中に入っていく。土足でいいらしい。
 扉を開けてすぐ右のところにシャワールームやトイレのマークがついた扉。
 直進するとリビングのような内装のワンルーム。
 部屋の中には春樹が驚くべきものが大量に置かれていた。
 
 この世界にあるはずのないもの。
 忘れた方がいいと思いながらも心に引っかかり続けたどこかに消えたチャーム。
 SNSで友人と目印にしたゲームのキャラクター。
 このラクトの部屋にはこの世界にあるはずのないキャラクターグッズが大量にあった。
 
「なんで、ここに」
 
 駅前に巨大なオブジェは存在しない。
 条例で保護され、観光名所になり、異世界に行けるなんていう噂のスポットはこの世界にはない。
 オブジェを作った人間がこの世界にはいないからだ。
 それと同じでテレビ番組も雑誌も音楽もどのジャンルも春樹の知っているものとはどこか違っていた。
 同じよう系統のものは数多いが完全に同じものはない。
 クリエイターの創造性を見るようだった。
 
「ん、仕事?」
 
 上半身裸の男があくびをしながら立ち上がる。
 βだと聞いていなかったらαだと思ったかもしれない。オーラが平凡とされるβとは違う。
 俳優のプライベートショットだと言われたら納得してしまう。
 鍛えられた肉体美とアンバランスな手に持ったゲームキャラクターのクッション。
 
「今日からここで働く榊原春樹くん」
「さかき?」
「榊原春樹です。よろしくおねがいします」
 
 思わず腹筋を凝視しそうになり、慌てて頭を下げる。
 どうしてキャラクターグッズをこんなに大量に持っているのか疑問に思うと同時に春樹は懐かしさに泣きたくなった。
 友人も自分のオタク部屋を自慢していた。
 好きなものに囲まれていると幸せだと言っていた、彼はどこにいるんだろう。
 
 
2017/08/13
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