003:オレは冷酷非道な彼に伝えなければならない言葉がある。
アルバロード・P・メーガッダンリクはこの時は漆黒の王子様。
オレが長男を産んだ後のタイミングで王位を継承して漆黒の王様になった。
漆黒こそがバーロー、バーローこそが漆黒みたいな空気はじめじめ国独特のものなのでオレはよくわからない。
じめじめ国では王族は自分のイメージカラーがどうやらあるようで最終的に落ちついた暗い色になるのがポピュラー。
呪術の国なので人を呪い殺したり怪しい秘術で薬を作っている。
暗殺王国として有名であるせいで恨みを買っていた。
オレが生まれたぐらいの時期、つまり「獣人育成ブーム」の真っ只中に細菌ウィルスが城に持ち込まれた。
詳細は知らないが漏れ聞こえた話を総合すると他国の攻撃ではなく内部犯を疑って王族たちは呪い合いを始めたらしい。
すべてを飲みこむ漆黒と言われる所以が王族の半数以上から呪われても死ぬことがなかったからだ。
生粋のじめじめ国の人間ではないので強さや弱さや呪い呪われについて知識しかない。
メカメカ国にいたので電子レンジは使えてもお札の使い方は知らない。
じめじめ国は獣人であるオレに呪術のことは何も教えてくれなかった。
「アルバっちはケモノ心なんてわからないトンカチだから苦労しかないけどなんとかなるさー」
「トンカチ……?」
オレに目線を合わせようとしゃがんだ彼の呟きに「とんまでカチカチ頭」とつい反応を返してしまう。
「まさかまさか!? ウサウサがしゃべった? 舌が回らないようにマヒマヒドクドクキャンディーをときどき与えるという親心を無視するなんてねー。生き物って面白いねー」
明るい声で笑いながらオレのことを地味に蹴ってくるメカメカ国の王女。
王女としての淑やかさなどない。
彼女は訓練しても言葉がままならない平凡以下というオレを演出したかったんだろう。
息子が根気よく教えてくれて三年ぐらいかかってやっと片言で話せるようになった以前の人生を思い出す。
舌がしびれる感覚に喉が締まって上手く声が出ず滑らかにしゃべることができなかった。
そのせいでいろんな人を苛立たせた覚えがある。
王女は悪意なくオレに愛される要素を追加するつもりで逆効果にしかならなかったのだ。
メカメカ国の人間とじめじめ国の人間の価値観は違う。
そのことをオレも王女も理解していなかった。そもそも当時、オレは自分の置かれていた状況も把握しきれていなかった。
じめじめ国に引き取られて王族を増やす手伝いをするのが役割だと勘違いしていた。
実情が違っていた。
獣人を性欲の発散に使うのは人間の自由だが獣人自身に確認をとるべきだ。それと同じで子供を産むにしてもきちんとした計画的な取り決めは必要だ。延々と妊娠なんてありえない。母体を気遣うのは常識だ。
メカメカ国では基本的に機械が人間の生活を助けているので人間は暇をしている。
だからこそ獣人を育てることが遊びとして流行したりする。
これはある意味、余裕があるとも言える。
獣人に出来ないことがあっても苛立ちを見せるような人間はメカメカ国ではそれほどいない。
じめじめ国では劣っている獣人は劣っているだけの扱いを受けることになる。
劣っていることは罪であり、罰を与えてしかるべきだという考え方。
役に立たないものは存在を許されない。
いろんな経験をしたオレは人間たちの感覚に違いがあることも獣人同士と違って明確な言葉がなく通じあうこともないのだと知っている。
言葉は必要だ。
少なくとも子供はオレと話したがっていた。
「がんばる、ので、……つれていって、ください」
彼の反応に緊張するオレに「いま喋っちゃったら一緒に言葉を覚えましょうねーってイベントが出来ないからダメダメ」とメカメカ国の王女がうるさい。彼女のプランに沿った行動は残念ながらできない。
オレが話せないことに気づいたのも話が出来るように考えてくれたのも息子たちだ。
だからオレはこのままメカメカ国にいることを望めない。
じめじめ国の王族が減って大変だから協力したいとかメカメカ国にいたら虐待で殺される可能性が高いから逃げたいわけじゃない。
鬼畜野郎の子だと知っていても自分の子供にオレはもう一度会いたい。
ただ以前よりも平和で緩やかな状況を希望したい。
さすがにうさぎだからって常時妊娠するなんてありえない。
死ぬ前はだいぶ病んでいて謝りながら頻りに「産みたくない」を連呼していた。
ストレスで禿げたりどう見ても異常なのに犯してくる血も涙もないバーロー。
オレは冷酷非道な彼に伝えなければならない言葉がある。