023:嫌がらせだとしか思わなかったものが愛情からだなんて信じられない。
「アル、どうしたんだ」
「やだなあ。もっと血だらけのいとこを心配してよ」
「たいした傷ではないだろう」
淡々と会話するふたりにオレは血の気が引いた。
アルビノン・P・メーガッダンリク。
常に白をまとう遠目からでも目立つ男。
度重なる薬物の研究や実験で身体が変異した人間以上というより人外。
そのため王になることは絶対にありえない。
髪の毛は艶のない老人のような白髪。
異常に白い肌は日の光で火傷するほどに弱い。
けれど薬物投与の影響で再生力が高い。
痛覚や温度などは任意でシャットアウトできる。
人間でありながら獣人を超える力を一時的に手に入れることにも成功していた。
人間でありながら人間ではない、つまり人でなし。
そんな男だ。
血まみれになったものの肩の傷はすでにふさがっていた。
服だけが赤く染まっている。
「毛を逆立てるってこういうのだね? 垂れた耳がちょっと浮き上がった。興味深い」
「アカツキに触れたら今度は目をえぐる」
「指を落とすじゃないあたりが次期王様って感じかな。国にとって必要なものが何かわかってるね」
「あぁ、優先順位はアカツキが一番だ。指を落としてほしいならそうしよう」
「……実験に付き合ってくれてたモルモルくんを国に帰したから助手の席が空いてるんだ。ちょっと、その子を貸してくれたり」
「するわけないだろ」
オレに視線を向けてくるので全力でバーローの背中に隠れた。
今までオレを殺していたのはアルビノンなんだろうか。
バーローの背中に張りついて震える。
師匠を殺したことを抜いてもアルビノンは薄気味悪い。
底がしれない。
「姉と妹がどうしてアルバの妻は自分じゃないのかって騒いでるけど知ってる?」
「知らん。興味はない」
「傷だらけでゾンビ状態でもまだ息をしてるんだからちょっと優しくしてよ」
「さっさと息の根を止めて父の下へ行けと伝えろ」
「アルバと一緒の場所に行きたい執念で延命してるのに酷いな」
師匠が気を遣ってくれたのか獣人にしか聞こえない音域で王族の生き残りの三兄弟の真ん中だとアルビノンのことを教えてくれた。
アルビノンは超再生能力で擬似的な不死を手に入れているけれど、姉と妹は失敗して化け物のような状態になっているという。今、死んでしまうとオレたちがいる場所に埋葬されるがバーローが王になった後に死ねば墓地の場所は新しい木の根元だ。それはバーローと同じ墓に入ることを意味する。
どうやらいとこの姉妹から一方的に執着を向けられているらしい。
その余波がオレに来ているということは考えられなくもない。
けれど、それなら以前との違いが謎だ。
オレの扱いは雑だったが殺されたりはしなかった。
「彼女らはひと時の安寧よりも永遠の尊厳を選ぶだろう」
「そういう優しさって伝わり難いよね。本人が尊厳をかなぐり捨ててる場合は特に」
「王族が人外に堕ちるならそのままにはできない」
「アルバにとって俺の立ち位置は?」
「成功者であると同時に異端者だ。超越者にはなりえない」
「違いがわかんないなあ、それ」
肩をすくめたアルビノンはわざわざオレの顔を覗き込むためにバーローに抱きついた。
バーローの肩口から見下ろされて恐ろしい。
「耳はずいぶんと薄汚れた色だけどこの子、白兎?」
「……アカツキ、体毛の色は下の毛が基準になるのか」
戸惑っていると師匠が「気分で変わる」と代わりに答えてくれた。
毛の色は気分というよりも周囲や食べるものに影響される。
年中発情しているとピンクだったりするし、穏やかに生きていると薄い緑。
ふんわりと色づく毛の色が愛らしさを高めると言われているが、オレは今も以前もろくに自分の姿を見ていない。
ここに来てすぐに鏡を見るように言われたけれど、鏡に映った自分の股間を見るばかりで頭には視線を向けなかった。
視界の隅で動いているので色を知らなかったわけじゃない。
汚れてくすんだ色になっているのを考えたくなかったのかもしれない。
そこでふと、オレは自分の勘違いに思い至る。
嫌がらせだとしか思わなかったものが愛情からだなんて信じられない。