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022:肩を血まみれにしている人間は師匠を絞め殺した男だ。


 建物の中をぐるぐる回って辿り着いた場所には一本の木が立っていた。
 これから何か儀式をするといった雰囲気はない。
 とても静かだ。
 サクールをはじめ人間たちは廊下に立ってバーローに金の装飾品を渡していった。
 抱きかかえられているオレを誰も見ない。
 一番初めのころと違って侮蔑ではなく無視がスタンダードらしい。
 
 あと数歩で木の根元になるという位置で下される。
 これから何が始まるのかと思っていたら指を出されて歯を立てるように言われた。
 
「血が出るぐらいに噛んでくれ」
 
 出来ないでいると無理やり指をくわえさせられて顎を下から押される。
 口の中に血の味が広がっていく。
 
「この木が父だ。同時に王族のすべてでもある」
 
 言いながら傷口を圧迫して血を一滴、木にたらす。
 誰も見ておらず厳かさのない儀式。
 
「王族の墓に入りたがる人間はいない」
「たしかに人間はいねーな」
 
 聞こえた声の方向を見ると師匠が木の上で寝ていた。
 
「俺の契約はこの木が燃えるまで、そこのアルバを助けることだ」
「木が燃えるというのは私が王になるということを意味する」
 
 以前のオレからするといつの間にか終わっていた行事。
 王子から王になる儀式の話だ。
 
 木が燃えたらアルバロード・P・メーガッダンリクは王として扱われる。
 それによってオレの中の何かは変わるのだろうか。
 オレではなく周囲が変わっていくのか。
 
「大量に死んだ王族もこの木の根元にいる」
「だから、不吉とされてここまでは誰も来ねえんだよ」
「それが習わしだ」
「静かでいいけどな」

 師匠が木から落ちてくる。
 地面を手で触れながら「ここには何もねえけどな」と笑う。
 どこか悲しげに見える背中だ。
 師匠にはバーローの父親との思い出があるのかもしれない。
 
「燃えればここは墓場でもない跡地に変わる。だから、その前に顔を出すのがこれから王になる人間の義務だ」
「跡地とはいえ聖域で立ち入りは王族と一部のものだけだ。俺はこの国の王と契約を交わした身だからどこでも出入り自由だ。立ち振る舞いも制限されない。最初からそういう約束でここに来たからな」
「獣人が不作法だという印象がルナールのせいでついてしまっている」
「ふざけんなよ、アルバカ! こんな美しくかわいい俺が慎ましい立ち振る舞いをしたら変態を調子づかせるだろ。気の弱い奴が近づいてこないぐらいがちょうどいいんだよ」
「好戦的で面倒くさい奴と思われたいとは難儀だな」
「九尾になったらきっと身長だって伸びて凛々しくなるから俺の立ち振る舞いはしっくりくるにようになるっ」
「私が生きている間にその時は来ないだろうが応援はしよう」
 
 師匠は気分を害したのか眉を寄せてバーローをにらんだ。
 昔からの付き合いという雰囲気がある。
 そして、どちらかといえば師匠の方が年齢が上な分だけ上手なことが多い。
 師匠とオレが顔を合わせた理由もバーローを何とかするために子供たちが動いた結果だったはずだ。
 誰に物を頼むことがない人間が唯一というぐらいに頼った相手だからこそ師匠の発言や師匠がいる間はオレは楽しさや自由というものを教えられた。
 たった半年の時間であっても狐の獣人であるルナールから教えられたものは彼を師匠と呼ぶに相応しい経験をさせてもらえた。
 
「おい、嫁を置いてきぼりにしてんなよ」
「アカツキは何か知りたいことはあるか」
「知りたいことを聞くんじゃなくて知っておくべきことをアルバカが伝えろ。そういうもんだろ」
「なるほど。何も知らないのなら知らないことすら分かるわけがないか」
 
 案外素直に師匠の言葉にうなずいて王が変わると重要視される木も変わると教えられた。
 バーローが王になると今後は墓や儀式の場所はここではなく別の場所に変わると言われた。
 そして、なぜかオレが死んだらバーローと一緒の場所に埋められると聞かされる。
 
 獣人は遺体を弄られることが多いので亡くなったらモフモフ国に骨だけでもいいから返還されるのが普通だ。
 野良はともかくオレはきちんとモフモフ国の出身だと証明されているのでじめじめ国に墓を作られるのはおかしい。
 疑問を口に出す前に師匠が「ちゃんと話せって言ったのに話してねえな」と怒鳴って木を叩く。
 木とはいえ王様という扱いなのにいいんだろうか。
 いろんな意味で首をひねっていたら後ろから抱きしめられた。
 指先が首を撫でていく。
 知らない人間の温度に驚いているとバーローが思いっきり抜刀した。
 廊下を歩いている時に渡された儀式用の飾りのついた短剣だ。
 投てきしてオレの背後にいる人間に当たったのが分かる。
 何でこんなことをするのかはバーローに関しては聞くまでもない。
 オレに触れたから。
 その理由だけで自分の持つ権限で死刑にできる。
 振り返って肩に短剣がささった人間の顔を見てはじめて早く時間が巻き戻ってほしいと思った。
 部屋に残って身を隠すことがオレの最善だ。
 あまりにも以前の時と比べて優しいからバーローと一緒にいるのが一番安全だなんて勘違いしてしまった。
 
 この場所に入ってくる人間が王族や許可を持った人間なのは先ほど聞いた。
 だから、バーロー以外の生き残りの王族と顔を合わせる可能性はある。
 今日が儀式の日だと知っていたのならやってくるだろう。
 
 肩を血まみれにしている人間は師匠を絞め殺した男だ。


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