「おっさん受けのハードルは高い」の続編。ショタ×三十代おっさんの兄視点。
裏側の事情などに興味がない方はお読みになられない方がいいかもしれません。
弟を海に連れて行ったのはいつでも自己満足だ。
罪悪感を紛らわせるための卑怯な行為だった。
けれど、そんなことは弟には必要ないのだとある日、思い知った。
その後に息子から嘘を吐かれていたのだと分かったが、弟に依存して愛して自分だけのモノにしたかったのだとようやく自覚して、そして、その気持ちを断ち切った。そのつもりだ。
小学校に上がったばかりの弟の号泣を思い出す。
通り雨に振られて帰った俺を出迎えたのは弟の泣き声だった。
両親が離婚するという。どちらがどちらを引きとるかという話を母が弟に振ったらしい。
幼い子供に対して軽率だけれど、それだけ弟は物事を判断できると思われたのだろう。
弟は物静かで本が好きだった。雑学を色々と知っていて、よく笑って、人見知りをしない良い子だった。
俺は何事もほどほどで悪くないけれど、よくもない。
大学の先輩に面倒な元カノを押しつけられる形で頭と股がゆるい女性と結婚して子供を作った。
逆レイプ的な子作りはトラウマで、子供さえいれば家族が成立すると思っている女性とも相性は最悪だった。
最終的に理想と違う結婚生活や育児を負担に思った女性は出て行った。もっと上手く立ち回れていれば家族を維持できたかもしれないとうなだれる俺を息子と先輩は笑う。元凶のような二人が、こうなるべくしてなったのだとそれぞれ言い出す笑えないジョーク。こんな恥ずかしい現状を弟に言えるわけもなく、しばらく鬱々として過ごしていた。
俺の人生は何なのかと思いながら弟のことを思えば絶対に自殺などできない。
弟に傷を負わせることは何があっても許せない。そんなことになるなら、いっそ心中したい。
そうなってくると弟と海に向かうのはどこかで、死を思っていたのかもしれない。死の誘惑はある意味心を癒してくれる。死という逃げ道があると希望をくれる。
弟が嬉しそうなので死を思う気持ちなど海を見ると一切湧かないが、手と手を取り合って冬の海に沈む想像で気持ちがよくなることはある。息子曰く俺の性癖はねじくれているらしい。
母と父のどちらかを選んで俺と離れて暮らすことになると選択を迫られた弟は泣きながら俺に抱きついた。
ずっと俺と一緒にいたいと初めて親に反抗した。
手当たり次第に物を投げつけて嫌だ嫌だと言い続けた。
その結果、俺と弟は父方の祖父母に預けられることになる。
何もない田舎だ。
弟は母が自分にうんざりして捨てたのだと判断して暗くなり、欲しいものを欲しいと言えない性格になった。
いいや、欲しがることが悪いことだと刷り込まれてしまったのかもしれない。
祖父母の家は遊びに行くには良い場所でも、産まれた時から都会暮らしの俺たちからすると分からない独自のルールが多く、怖かった。
大人たちはきっと親切なのかもしれないが、俺たちはそれを理解できない。知らない人に話しかけられても返事はしてはいけないと教えられていたので、どんな内容だとしても話しかけられること自体に身構えてしまう。
自分たちが浮いていると意識すると寂しさと不安があって、弟からすると俺をこの状況に引きずり込んだのが自分のわがままだという罪悪感もプラスされた。
弟が泣きわめいたりせずに両親の離婚を受け入れていたら、何もない田舎に放り込まれることもなかった。
それぞれ離れて暮らすことになったとしても田舎の不便さと不安感を味わうことはなかっただろう。
だがそれでも、俺と一緒にいたいという意思を見せてくれた弟が本当にうれしかった。弟が両親よりも俺を選んでくれた気がして満足感がある。
両親がそれぞれ別の相手と再婚して子供を作っていることを弟には教えていない。
弟は父に話しかけられても怯えているのか、遠慮があるのか逃げてしまう。
母は弟が精神的に落ち着くまで会わないと言っている間に新しい家庭に夢中になり、そのまま弟と顔を合わせず今まで来ている。
俺はそれぞれの異母兄弟、異父兄弟と顔を合わせたけれど弟はその存在も知らない。
教えなければいけないと思うこともあるが、結局行動に移せない。弟にとっての兄弟は俺だけだと思いたかったのだろうか。自分に片方だけ血がつながった兄弟たちがいると知って、弟の何かが変わるのが怖かったのか。歪んだ独占欲なのか。俺は自分の気持ちに説明ができないまま秘密を持ち続けて年を取った。
兄弟がいることを教えてあげていたら、俺や弟の人生は変化があっただろうかと考えながら海を見る。海は何も変わらずにそこにあるだけだ。俺の感情など気にすることがない。
海を見に連れ出しただけで、俺をすごいと持ち上げる弟が愛おしかった。
四十のカサカサのおっさんになって、未だに弟がこの世で一番かわいい。
そんなことを言えば家にいる二人の男から猛烈な嫉妬と抗議が来るだろう。
だとしても、弟がかわいくて仕方がない俺は弟の誕生日にサプライズに押しかけたりもする。
「誰だよ」
生意気な子どもが弟の隠し子ならまだ納得したのだが、反応からしてそういう風には見えない。
というよりも見覚えがあった。
さすが子どもは記憶力がいいのか、俺よりも先に俺たちの繋がりを思い出してくれた。
「宮野ぉ〜、兄貴が不法侵入してるぞ」
風呂場から三回ほどぶつかる音がしたかと思えば裸で濡れたままの弟が出てきた。
今日で三十五といっても四捨五入すれば四十に突入してしまうのだが、落ち着きがない。
ぶつけたところが痛いのか涙目で言葉が出てこないあたり、かわいい。
床に倒れ込みながらも俺をジッと見てくる弟の濡れた髪を子どもが呆れたようにタオルでふいてやる。
俺も息子にされたことがある。年を取ると素早い動きが出来なくなるんだろうか。
弟がどんな反応をするのか待っていると俺が手に持つケーキを見て、ありがとうと言った。
これが弟なのだと心を温かくしていると子どもに軽く蹴られる。
「山田くん!?」
「ケーキ、冷蔵庫に入れるか食べるために切り分けるか」
「あ、あ、そうだね。兄さん、ケーキは冷蔵庫にお願い」
無礼な子どもに慣れた様子の弟が哀れだ。
服を着替えるために風呂場方面に戻る弟。
冷蔵庫にケーキが入らないと思っていたら、横に入れられている飲み物を出すようにと子どもから指示があった。
口調はともかく頭は良い。
「話しているのか」
「俺だって知り合ってしばらくしてから知ったことだ。ばあちゃんは隠してなかったから、すぐに分かった」
「偶然だって?」
「いいや、こんな偶然そうそうないから俺は運命だと思う。水を差すような野暮はやめてくれ」
俺と弟から見ると甥にあたる彼は俺がお年玉をあげた時とはまるで違う顔をする。これが素なのかもしれないが、年上に対してあまりにも敬意がない。かわいげがゼロだ。弟の何を狙っているんだと問い詰めたい気持ちと何も聞きたくない気持ちとが同じだけある。
息子を思い出せば含まれている感情は間違いなく確定しているのだが、俺はまだ認めたくない。
「運命とか縁とか目に見えないけれどあるって、あなたも俺も知っている。年齢、性別、そして、血っていういくつもの障害が障害ではなくなるなら、それはどうあがいても本物になるだろ」
わくわくと少年らしい顔を見せる甥っ子が怖い。
息子もそうだが、年上をイジメすぎだ。最近の若者は常識に縛られないだけではなく、常識に縛られないことをこちらに求めてくる。
「聞きたくないんだがイトコ同士で連絡を取り合ってるのか?」
「あなたが息子に掘られたって話ならちょっと前に聞いた。宮野に言った再婚相手がフェイクかと思ったらそれはそれでいるんだよな」
「複雑なんだよ」
「嘘つけシンプルだろ。複雑にしておく方が消化不良の言い訳に出来るだけだ。宮野は素直なだけだから、驚いて悩んでそれでも俺の手を離さないだろうけどな」
自信がありそうな彼に溜め息をついて、ソファに座って置かれていた漫画を読む。
小説や図鑑を呼んでいる昔の弟の印象から漫画があるのが珍しかった。
「ああ、あ、あ、あ、……にいさんっ!?」
着替えた弟が俺の手元を見て転ぶ。
漫画を読まれると思わなかったらしい。
「あの、それは、その」
もごもごと言い難そうにしている弟がかわいいが漫画のジャンルのチョイスがおかしい。
甥っ子の差し金かと視線を向けると首を横に振られた。
「表紙が綺麗だから買った本がBLで、それが悲しかったから、他の楽しい話を読んでみたくて山田くんに解説してもらって買って、まだ読んでないんだ」
「あ、そっか。内容は言わない方がいいな」
弟はネタバレされるのが嫌なタイプなので、うっかり内容についてコメントしなくて助かった。
慌てていたのが息子×父と父の上司×父という俺に限りなく近いシチュエーションだったせいではないことに安心した。
弟はきっと何も知らない。知らないならこのまま知らないままでいて欲しい。
甥っ子も今のところは自分が甥であることを名乗り出る様子はないので、弟の生活は平穏そのものだ。
「宮野っ、外に虹が出てる」
子どもらしい無邪気さで甥っ子が弟をベランダに連れ出した。
俺と冷蔵庫に視線を向けた彼に意図を察して、立ち上がる。
「ケーキ作りに失敗して散々な誕生日とか言ってたけど、そうでもないな」
「ボウルの中身を被るとは思わなかったよ」
風呂に入っていた理由をうかがいしれて、弟への愛しさが増す。
ケーキを買って来てよかった。
「虹って言えば、兄さんと会う時って虹がかかってるイメージがあるな」
直前に俺が雨に濡れたりしていることを弟はたぶん理解していない。
俺からするとうんざりする雨だが、それが弟をこれだけ喜ばせる虹を作り出している。
なんだかんだで弟が喜んでくれると嬉しいので、俺は雨を嫌いきれない。
そういうことはよくある。
妻となった女性は最悪だと言いたくなるが、息子を産んでくれたことに関して感謝をする以外にない。
最低なことを画策した先輩すら、息子と出会わせてくれるための必要なパーツの一部だ。
「そろそろ部屋に戻るか」
甥っ子の声に部屋の明かりを消して、ろうそくに火をともした。
用意していると思わなかったのか弟が喜びの声を上げるが、甥っ子から台所の明かりが点けっぱなしだと指摘される。
弟は四捨五入して四十とは思えない純真さで俺にお礼を言ってくれる。
三人で歌を歌って弟はろうそくの火を消した。
何歳になっても何年経っても、こういったことが出来る関係が俺にとっては最高に幸せなものだ。
弟が悩んで相談して来たら俺も息子との関係を暴露して気にするなと励ませる。そう思えば、すべては運命だったのかもしれない。
弟が漫画をチラチラと見ながら「おっさん受けって読むの厳しいよね」と言い出すので「漫画だと意外とイケる。現実でも俺に盛ってるやつらの勢いを考えると無理じゃないだろ」と本音で答えたら、真っ赤になって震えだした。くちびるの端に生クリームをつける弟はおっさんになろうとも、かわいい。
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「
ちょっと不幸、通り雨、わくわく甥と幸せいっぱいな虹」という単語リクエストからでした。
宮野と山田の関係がただの偶然だとしたら途切れた時に復縁できないみたいなことも起こりえますが、障害である血のつながりは時に引き寄せるための切り札にもなるとか、そういうことを思ったりします。
ただの偶然の知り合いの方が良かったと思われそうな気もするのですが、
事前に決めていた繋がりでもあるので、驚きつつも納得いただけると幸いです。
(山田くんは宮野の兄の話を宮野息子からそれとなく聞いていて、年上とのアレコレに対してハードルが下がっている部分があるのです)
兄の話はまた別の単語リクエストでの消化になります。
宮野と山田は出てこないかもしれませんが、掲載したらタイトル載せておきますね。
2018/09/06
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