・平凡風紀の悪趣味について

※見た目は並だが意外に(趣味のために)行動力がある平凡受け。



 悪いことをしていると自覚があってもやめられないことがある。
 性格の問題なのか、性質の問題なのか、優しさや善意というものに懐疑的だった。
 常識的、日常的に「正しいこと」はわかっている。
 そして「正しくないこと」がイコール「悪いこと」でないことも理解している。
 だからこそ自分の中にある「正しくないこと」を捨てきれない。
 
 建前とか正論とか理想的な社会の在り方についての話ではなく個人的な話だ。
 
 どうしても考えてしまう。
 悪いことを一切しないで過ごす人などいるだろうか。
 ほんのすこしの悪も許さずに人は社会生活を営めるのだろうか。
 円滑に世界を回すためには必要となる悪もあるのではないのか。
 
 そんな俺が思う悪とは怠ける心だ。
 自分の中にないものを悪というわけではない。
 逆に自分の一部として寄り添っているからこそ強く感じる。
 
 怠惰は悪だ。
 楽をすると責められている気がする。
 みんなが頑張って耐えているときに手を抜くのは悪人だ。
 
 この国にはその風潮がある。

 勤勉であることは正しい。
 努力しない人間はクズ。
 仕事をする人間は美しい。
 楽をしようとする人間は醜い。
 

 何事もやりすぎはよくなくて、あまりにも正しさと美しさが先行して人を殺すところを俺は見ていた。
 手を抜くことができない生真面目な人間は死ぬ。それが家族を見て俺が出した結論だ。

 俺の叔父は無職だ。もっと言うと働く意思のないニート。外に出ないので引きこもりかもしれない。
 言い方などはどうでもいい。
 叔父は働かずに家の中にいる人だというそれが現実だ。
 父はその状態の自分の弟を受け入れた。
 
 俺の両親の口論を聞く限りだと叔父はいわゆるブラック企業で過労死寸前まで追い込まれたらしい。
 ニュースで企業名が報道され、心配になった父が叔父に連絡をとった。
 父と叔父の兄弟仲は良い。
 母がヒステリックに自分と弟のどちらが大事なのかと叫ぶほどに父は叔父を大切にしている。
 それもまた問題を複雑にしてしまっているのかもしれない。
 父は母子家庭で育ち、俺にとって祖母は父が成人してすぐに亡くなったという。
 大学を一時、休学しながら自分の弟である叔父をきちんと育てたという。

 俺が生まれてから数年はお互い社会人だということもあり、父と叔父が連絡を取ることは減った。
 そのせいで叔父の異常に父は気づくことができなかった。

 同僚が自殺したり、入院したり、自分が追い詰められていることも叔父は父に相談できなかった。
 父がブラック企業のニュースを見て連絡をしなかったら遠くない日に叔父も鬼籍に入ったかもしれない。
 叔父は父に心配をかけたくないと懸命に働き続けてきた。
 その結末が引きこもり。

 叔父は他人の視線や他人との会話に怯え、強制された行動ができなくなった。
 命令口調や規則というものに嫌悪と不快感を示す。
 精神的に圧迫感を覚える状況が耐えられないのだという。
 
 叔父のいた入院者を出した部署は忙しい以上に様々な人間のストレスのはけ口にされていたらしい。
 成人済みの男性が上司や同僚、ときには部下に毎日毎日、怒鳴られ、嫌味を言われ、ゴミのように扱われる。
 殴られ、土下座を強要され、人格を否定される。
 終わりなく延々と苦痛の日々を過ごしていたら病むのは当然だ。

 父は叔父から会社の状況を聞いて、すぐに訴えを起こした。
 弁護士のおかげで叔父は十分な退職金や慰謝料などを手に入れた。
 仕事を辞めてもすぐに生活には困らない。
 他の人たちに比べれば幸せともいえる状況の叔父だが勝ち逃げにはならない。
 叔父の精神は正常ではなかった。

 会社を辞めたとはいえ不安定な気持ちを抱えている叔父を父は一人暮らしをさせられないと主張した。
 
 自分の息子のような感覚で叔父を育てた父からすれば自然な気持ちだ。
 家族として父は叔父を支えようと思った。
 
 それは自分の家に異物を持ちこみたくない母とぶつかった。
 母にとって義理の弟など他人であり異物だ。自分の家という領域に入れたくないもの。
 叔父に対する個人的な好き嫌いではなく姑との同居を嫌がる嫁の感覚だ。
 母にとって父と血のつながった兄弟であっても叔父はあくまで他人だった。
 
 旦那や息子ではない赤の他人の男が自分の家に住むなんて気持ち悪いと発言する妻を父はあっさりと切り捨てた。
 ヒステリックな妻を説得するのをそうそうに諦めて自分の弟と暮らすことを父は選んだ。
 叔父の精神状態や無職などの背景など関係なく父は決めていたのだろう。
 自分の妻よりも自分の弟を優先する、と。
 最初から父は自分が大切なものが何であるのかわかっていた。
 相互理解がないことを悲しむこともなかった。
 母も比べられたら父に捨てられると思ったからこそ叔父に対するあたりが厳しかったのかもしれない。

 そして、両親の深夜の言い争いは俺にある決断を与えた。
 全寮制の学校へ行こうというものだ。

 父は叔父と暮らすためにマンションを借り、そこには俺の部屋もある。
 ただ母がマンションに来ないようにマンションの存在は隠している。
 叔父を最大限に優先しようとする父への愚痴がとまらない母のことを考えれば当然だ。
 叔父用のマンションなど揉めるのが分かりきっている。

 離婚の話が両親の間で持ち上がるにつれて俺は思い出していた。
 むかしに父が口にしていた全寮制男子校の話だ。
 優秀な人材が集まる場所だが、偏った感覚の人間が多く、混沌としているという。
 偏った感覚を偏ったままに育たせようという試みの学校といえるのかもしれない。
 
 普通の学校とは違う専門性の高い科目があるせいで全寮制や男子校であっても未だに人気があるらしい。業界によっては卒業していれば就職難とは無縁になるというミラクルスクール。

 母が俺に中学受験をさせたがっていたことを逆手にとって中高一貫の全寮制男子校に入学した。
 両親の争いが見たくないという子供らしい理由ではなく二人のどちらかの味方になることにも価値を見いだせなかったからだ。
 戦線を離脱せずに残れば巻き込まれて大惨事だ。
 

 父の叔父への愛情や優しさは理解できる。
 社会復帰させる気もなく引きこもりを引きこもりのままにしているのは批難されるかもしれないが、育ちを考えれば弟を扶養家族と考えているのは当然だ。
 
 母が叔父との暮らしを拒絶し、父が叔父の面倒を見続ける決意をしていることに疑問を覚えるのも納得できる。
 叔父は母からすれば他人であり、あくまでも父の弟でしかない。父にとって叔父がかわいい弟でも母にとっては見知らぬ男だ。
 母にはブラック企業に勤めた叔父は愚かで、引きこもり状態の現在は惨めな存在。
 叔父に対する同情心がないのは母が叔父を敵視しているからだ。自分から父を奪う人間として母は叔父を見ている。

 このあたりの人間関係はなかなか面白くて俺は勉強を言い訳にして遅くまで起きては二人の口論を見ていた。
 その名残というか延長で今の俺がいる。


 テレビのドキュメンタリーものや突撃生取材と言いながら多少の台本のあるやりとりが大好きだ。
 父と母の口論も最初はうるさいと思っていたが支離滅裂な母の感情論を父が論破していくさまは痛快だったし、逆に母の女としてのプライドを傷つけるような父の本音は間抜けだと感じて内心でツッコミを入れていた。
 
 修羅場はテレビなんかの対岸の火事だからこそ面白いというのが普通の感覚かもしれない。
 俺は当事者と言えるほどの近距離で展開されても楽しめてしまう。
 この野次馬根性は悪と言われればその通り。

 脚本家も演出家もない人と人のぶつかりあいを笑いながら眺める悪趣味。
 それを俺は極め続けて覗き魔にまでなってしまった。
 楽しくて仕方がないのだ。
 我慢できない。

 風紀委員に席を置き、生徒たちの諍いを見守り、把握し、記録する。
 他人が嫌がる書類作成や整理を率先して行い、状況が改善したかどうかの追加レポートも提出する。
 求められていないほどに原理原則にのっとったことを俺はした。
 自分の興味のために人のプライバシーに踏み込むのだ。
 
 肉体派ではないので殴りあいなどの争いには近づかないが、いじめや不当な扱いを受けている生徒を発見して話を聞いて保護するなど積極的に行った。

 そのせいか一般生徒と大差のない平凡な見た目に反していろんな相手と繋がりを持った。
 人脈が広がればトラブルとの遭遇率も跳ね上がる。
 たとえば俺自身がいじめの対象になることだってあった。

 楽しくて楽しくて仕方がない。
 
 どんな方法で、どんな感情で、どれだけの人間が動くのかがリアルタイムでわかるのだ。
 事後報告を人の口から聞くのではなく自分の目で確かめられる。
 目の前で繰り広げられる人間模様に興味は尽きない。
 状況は刻一刻と変化して、俺に対して最終的に彼らが出した結論がつきつけられるのが堪らなく快感だった。
 いじめられたいわけではないし、暴力などをありがたがったりはしない。
 ただ人間が吐き出す混じりっ気のない感情が見たかった。
 
 正しく綺麗で善なのか、間違っていて醜く悪なのか。
 
 善でも悪でもいい。本音でも嘘でもいい。正論でも建前でも偽善でも偽悪でも自分本位でも、なんだっていい。
 俺にとっては全部が平等に娯楽だ。
 自分以外の感情は文字通りに他人事だ。

 そのため俺は自分の興味や快楽のために人のプライベートに土足で踏み込む。
 風紀であることを利用した覗き趣味はどんどんレベルを上げていった。

 今は犯罪にまで進んでしまった。




 部屋に帰って一番初めにパソコンを起動させる。
 風紀委員とはいえ末端の構成員なので一人部屋ではない。
 同室者の同級生は殆どが幼なじみの友人の部屋にいる。
 友人と言いつつ実質は恋人のようなものだ。
 ときどき惚気られたり愚痴られたりするが幼なじみということもあって関係は安定している。
 注目するべき案件じゃない。


 悪いことをしていると自覚があってもやめられないことがある。


 生徒の部屋には隠しカメラがある。
 もちろん、俺が個人的に取り付けたわけじゃない。
 同室者とトラブルが多い生徒は原因究明のためもありカメラのある部屋で暮らすのが決まりだ。
 部屋の中にある隠しカメラは個人情報なので風紀とはいえ誰でも映像が見られるわけではない。
 毎月変わるパスワードを委員長と副委員長が保管している。
 何か問題があったときにだけ教師同伴でカメラの映像を見るのが習わしだ。
 カメラはあくまでトラブルの防止や事件が起きた時の保険であって日常的に使用するものじゃない。
 カメラの存在自体、普通の風紀の人間は知らない。

 委員長と副委員長が俺を信頼しているのかカメラの話は世間話として教えてもらったし、委員長が覚えないのでパスワードが付箋に書かれて机に貼られていたりする。
 パスワードがわかったとしてもカメラの映像を見てしまえばバレてしまうのではないのかと恐れがあった。
 どういったシステムなのか全容がわからなかったからだ。
 それがある日、ちょっとした事件でカメラの映像を検証する必要が出た。
 その際に俺は雑用係で使われた。

 ログイン履歴などがあるわけでもない簡単なシステムに毎日でもカメラ映像を盗み見られるとわかってしまった。
 専用のパソコンは必要なくパスワードとネット環境さえあればいい。
 ネットでリアルタイムで配信状態になっている各部屋の様子。
 音声はあまり鮮明ではないけれど、部屋の中の把握は問題なくできるレベルだった。


 パソコンを開けて秘密のパスワードでトラブルメイカーを観察できる。
 急に男同士の修羅場が勃発して殴りあったり、セックスが始まったり、告白合戦だったり、冷戦に突入したりと目が離せない面白展開連発で飽きさせない。
 ときに真面目に今後のことを相談したり、相談されたりといったこともあった。
 男同士の恋愛沙汰よりも将来への不安を語りだす生徒が多かった。

 人の真面目な人生相談を覗き見するのは普通の感覚ではできない。
 聞かなかったことにするべきだが、俺にとってはその情報もまた娯楽だ。
 いろんな人間にアドバイスをもらいながら何一つ生かすことがない姿を見ると笑いが止まらない。

 全体的にゆがんでいると自分でも反省することはあるが直せない。
 楽しいことをしたいという欲望を抑えられない。


 最近の流行は生徒会長だ。

 会長はさすがは会長という人種だった。
 見た目や頭のできだけではない。
 王様気質、ワンマン社長思想、そういう人間だ。
 個人的に上司として優秀で助かるが、友人や恋人には絶対になりたくない相手。
 そういうタイプだ。

 生徒会の仕事や勉強については具体的でわかりやすい回答をするが、人間関係のこと、とくに恋愛についての話になると明後日の方向になる。
 告白されているのを理解していないのか、変態や危険人物を部屋に入れるという危機感のなさを出す。
 かと思えば、襲いかかってくる相手をあっさりと撃退する。もしかすると相手が異常行動をするのか試しているんだろうか。
 そういった人間にも見えない。
 裏があるような雰囲気がないからこそ逆に強い。
 人間というものの定義がしっかりしていて急に獣ののように人が発情すると思わないから下心のある人間を部屋に入れてしまうのか。
 反撃する場合、一歩間違えば相手が大怪我をしそうなやりかたをとるのは、暗にお前を人間扱いする気はないと相手に宣言してるのかもしれない。

 風紀として会長の軽率な行動に警告するべきだが、そうすると俺が隠しカメラで不正に監視していることがバレてしまう。
 見ているから気になってしまうのなら見なければいいと思うが、毎日なにかが起きているので目が離せない。

 人生相談のようなことも面白いが、会長撃退シリーズとして編集してひとつの動画にしたいぐらいに笑える。
 会長は誰もいなくても一人で転んだり、身悶えたりして、よくわからない面白い動きをしだす。
 ゲーム実況でも見ているのか動画を見ながらチャットしている。
 
 凛々しい顔立ちの会長のルームウェアが俺と同じ動物シリーズなのも地味に面白い。
 俺はダルメシアン柄のタンクトップと短パンだが、会長はゼブラ柄だ。
 すこし似ている服装に笑う。
 フードをかぶって床をゴロゴロと転がって遊んでいる会長は凛々しさを蹴り飛ばすかわいさがある。

 翌日に生徒会と風紀として顔を合わせた時、思わず笑いそうになるだけではなく頭を撫でかけた。
 テレビで見ているタレントに一方的に親近感を覚えるような距離感の思い違い。
 会長と事務的な話以外をしたことはない。
 暴力沙汰以外のすべての争いに顔を出すので風紀と認識しているだろうが、会長は俺の名前も知らないだろう。
 とりたてて顔に特徴はなく、なにか賞をとったり目立つこともない。
 名前を覚えられるような生徒じゃない。
 
 俺の人と違うところは人のプライベートを覗き見して楽しむ悪趣味ぐらいのものだ。
 そして、この趣味がバレれば学園にいられなくなるのはわかりきっている。
 俺が好んでいたとしても「正しくないこと」をしている自覚がある。
 
 正しい生き方をするべきだ。
 勤勉で、努力を惜しまず、どんな仕事も笑顔でこなす。
 そんな人間はいない。
 
 いいや、隙はあるが今の会長は理想的な正しい人間そのものかもしれない。
 そう思っていた。
 
 
「オレは佐久間(さくま)鉄弥(てつや)と付き合ってる」
 
 
 生徒会室まで突撃してきた生徒に告白されていた会長がまさかの発言。
 風紀委員長たちの補佐という名の雑用で付き添っていた俺は思わず隠れた。
 誰から隠れるべきか分からずにペンを落とした風にしゃがみこむしかない。
 聞き間違いだと思いたかったが周囲の空気が動く気配がする。
 顔を上げると風紀委員長たちは俺から距離を置いていて会長が目の前にいた。
 手を差し伸べられて立ち上がらないわけにはいかない。
 
 佐久間鉄弥は俺の名前だが、知らないだけで同姓同名がいてくれるかもしれない。
 可能性はゼロだと全校生徒の名前を覚えているので断言できるが、この場面で俺の名前が出てくるよりはいい。
 
 会長に手を握られていることに現実感がない。
 意外なほどに大きな手のひら。
 スポーツ経験者だと聞いたことはないが手の握り方が普通の人とは違う。
 つかまれた手が外れない。
 それとなく動かすが手をつないだままになっている。
 
「こいつ……が、……ですか?」
 
 会長に告白したチャレンジャーは俺を不審げに見る。
 これが普通の反応だ。
 俺は目立つことのないように立ち振る舞っていた。
 自分の趣味が正しくないと理解しているからこそ隠れていた。
 
「鉄弥を知らないなんてありえない。毎日、オレといっしょにいるのに」
 
 笑う会長は格好いいというよりは妖艶で超然的。
 理想的な人間ではなく得体のしれない存在に感じた。
 俺に毎日会長と一緒にいるという事実はない。
 だから逆にその場の作り話として俺との交際を会長がでっち上げていると思いたいがそれはない。
 
 第三者として物事を客観視していた俺の本能が訴えている。
 今の状況は詰んでいる。
 気づかないうちに化け物の腹の中に入ってしまった。
 
「そんな! ぼくは毎日会長を見てますけど、彼はどこにもっ」
「いるよ。ほら」
 
 副会長が俺と会長に告白した生徒に見えるようにタブレット端末で写真を見せてきた。
 そこにある俺が会長の横にいる写真の数々は合成ではない。
 遠近法を駆使しているがツーショットに見えなくもない絶妙な写真たち。
 撮影した人間を褒めたい。
 
 俺は会長の部屋を覗き見するようになってから日常的にも会長を盗み見るように観察していた。
 やや離れた後方から会長の挙動を一方的に見ていた。
 風紀として会長に注意を払うのは不自然ではない。
 そう思っての行動だったがバレているとは思わなかった。
 バレたとしても会長に憧れる人間などいくらでもいるので気に留められないだろうと高をくくっていた。
 それが間違いだった。
 
「鉄弥はオレといつでもいっしょにいる。毎日毎日ずっとオレを見てる」
 
 仲がいい恋人同士だと惚気るような会長にわざわざ生徒会室に来てまで告白してきたチャレンジャー生徒は諦めた。
 物わかりのよさなど見せずに会長にまだまだ立ち向かってほしい。
 そんな期待を裏切り、彼は騒いだことに頭を下げて生徒会室から退室していった。
 俺も一緒に生徒会室から出たいところだがそうはいかない。
 
「毎日毎日、鉄弥はオレに向かって微笑んでるもんな。オレのことが本当に好きだよな」
 
 否定せず笑って受け流す。
 会長の言葉を妄想と口にしないのは予感があるからだ。
 正しくないということは不自然でもある。
 世界には正しくあろうとする力があるので俺の中のどうしようもない趣味も性質も方向を修正しようとする。
 
「最初はオレも困ったけど、鉄弥がここまでオレのことを好きなら付き合うしかないもんな」
 
 爽やかさすら感じる会長に恐怖を覚えるが風紀委員長たちから納得するような安堵するような溜め息が聞こえた。
 ここに来て俺はいよいよ確信する。
 泳がされていたのだ。
 風紀の隠しカメラがあれほど無防備であるはずがない。
 学園のセキュリティが生徒の勝手に出来るほど雑なわけがなかった。
 
「佐久間を会長のストーカーだと疑ったわけじゃねえが、どうにも指摘されると目についてなぁ」
「佐久間に限っておかしなことをするわけないと思ってたけど、水臭いぞ」
 
 風紀委員長と風紀副委員長が先輩の顔で笑う。
 俺を騙していたような後ろめたさがあるのだろう。
 フォローするように手の内を明かしてくれる。
 
「会長が佐久間と付き合ってるっていうなら確かにいろいろ納得できるから、大目に見といてやるよ」
「恋人の部屋に誰がいるのかは気になるからな。公私混同はマズイけど会長が許可してるなら俺たちが説教するのは野暮だよね」
 
 委員長と副委員長は隠しカメラの映像を俺が見ていることを知っている。
 そして、きっと先に会長にこのことを報告したのだろう。
 
「私的なことにもしもカメラを使った分だけ鉄弥は風紀のお仕事がんばっただろ」
 
 会長がすねるように言って俺を抱き寄せた。
 薄気味悪いと思った感覚が消える。
 得体がしれない宇宙人ではなく会長は俺が今まで見ていたそのままの人だ。
 
「風紀の書類整理とかで直接コンタクトが取れないからお互いがカメラ越しって本末転倒じゃねえか」
「慎み深くていいだろ」
 
 委員長に会長が得意げな顔をする。
 会長は平凡なただの生徒である俺を庇った。
 だが、庇うための嘘ではなく本心から俺と恋人関係になろうとしている。
 
「鉄弥は直接顔を合わせても何も言わないのにパソコンのカメラに向かって笑いかけてくれるんだ」
 
 上機嫌に会長はあっさりと逆監視していた事実を吐く。
 パソコンのモニタの上にはカメラがついている。
 それは通信ソフトを立ち上げなければ使われたりしない機能だ。
 同時にウイルスなどで勝手に動画が配信されてしまうと聞いたこともある。
 風紀の隠しカメラの映像を見るページに仕掛けがしてあったのだろう。
 映像を見たパソコンのカメラが起動できればパスワードが流出しても覗きの犯人はすぐ特定できる。
 俺は無防備すぎた。学園を舐めていた。
 
 あるいは心のどこかでこの展開を望んでいたのかもしれない。
 俺は会長を見ているのが好きだ。
 近くで観察したいと思うことがなかったわけではない。
 
 
 俺に好かれて喜んでいる会長に流行の移り変わりは残酷だなんて話をしたら、どんな反応になるのか考えるとゾクゾクする。
 会長は裏表があるわけではない。
 得体がしれない生命体ではない。
 
 隙がありすぎる独善主義者だ。
 支配的でわがままで恋人にするなんて考えられないような人。
 
 けれど、主導権を握れるのなら会長の恋人という立ち位置は何より面白いかもしれない。
 どんなふうに他人が敵にまわっていくのか心行くまで観察できる。
 誰よりも近くで人の意識が変化していくさまが見える。
 
 会長の恋人という肩書きは会長自身を観察するより面白い可能性もある。
 そんな計算をしてしまうあたり俺は正しい人間になれそうにない。
 
 
 
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ちなみに会長は瑠璃川。
それで大体どんな方向に行くのか分かる人は分かりそうなので、ここでエンド。
連載化したらそれはそれで独特の空気のふたりになるかも?
受けと攻めとの温度差の違いがすごいです。
 
 
2017/06/16
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