・同じクラスの黒弓と俺
※オーソドックスな平凡受け。
背伸びして進学校を受験をした。
無事合格した全寮制の男子校は俺の想像をこえた場所だった。
入学して一カ月でそのことを後悔するほどに学園に馴染めない。
周囲の人間は自分とはまるで違う。
話す内容も考え方も全然噛み合うことがない。
教室では顔見知りの人間ばかりいるのかすでにそれぞれがグループを作っていた。
自己紹介の時間もなく隣の人の名前も分からない。
きょろきょろと周りを見渡して落ち着かなさをアピールしても手を差し伸べてくれる相手はいない。
打開策として教師にクラスメイトの名前を聞こうと思った。
人見知りではないけれど社交的でもない。
友好的に話しかけられればお喋りかもしれない。
逆に言えば威圧的だったり決めつけられたり上から目線だと萎縮して言葉が出てこない。
そんな俺だから黒弓(くろゆみ)と一緒にいるのはとても楽だった。
黒弓(くろゆみ)弦(げん)は何事にも無関心で無表情の上に無言な生徒だった。
俺よりも教室に馴染んめていないように見えた。
黒弓が居たことで俺は「黒弓よりもマシ」という位置でクラスメイトと相対する。
俺と黒弓ならまだ俺の方がコミュニケーションがとれると思われた。
それぐらいに黒弓が周囲と打ち解けていなかっただけかもしれないけれど、俺は助かった。
このままなら半年後にはクラスに馴染んでいるだろうと楽観はすぐに壊れた。
教室に黒弓の兄を名乗る上級生がやってきた。
見た目からしてオーラが違う人だった黒弓兄は黒弓の隣に座る俺を見て微笑んだ。
それが終わりの合図だと俺は知らなかった。
黒弓との出会いは同じクラスにいたからじゃない。
ぼっち飯を嫌い俺はひとりで食べていた黒弓に声をかけ、返事がないことを肯定と受け取って隣に居座っていた。
これが全ての始まりだ。
黒弓がたとえ返事をしてくれなくても周りから俺が一人でいるように思われないならそれでいい。
一人と一人を合わせて二人にならなくても普通は仲良くなったんだと解釈するものだ。
無関心で無言な黒弓は見知らぬ俺が隣に居ても気にしない。
心の中では勝手に友達面している奴だと思っているかもしれないが口に出して抗議はない。
俺のおにぎりを分けるとサンドイッチをくれる。
もう友達でいいと思う。
俺の男子にあるまじきカラフルスタイルなお弁当が黒弓の無関心さを突破したのかもしれない。
あるいはお弁当の味が悪くないと評価してもらえたのか。
とくに聞かれてもいないのに早起きをしてルームメイトの分もお弁当を作っていると話した。
相槌もないので話は広がらないけれど無言は気まずい。
寮に入る前は妹の朝ごはんと夕飯用のおかず作りが俺の仕事だった。
お弁当状態にするとあたためずにそのまま食べられるので便利だ。
そして、女の子だからか妹は茶色の地味なお弁当よりも見た目が華やかなものが好きだった。
味は二の次で綺麗でかわいいものがいい。
写真うつりを考慮したオシャレなおかずが正義だ。
黒弓が反応しない人間だと知らなかったので初日に自己紹介として俺は自分のことを語った。
なんの返事もないのでつまらなかったのかと話しながら途中でやめるということを何度かやらかした。
嫌われているのかとも思ったが、黒弓以外のクラスメイトとお弁当を食べれそうになかった。誘えそうな隙がない。
すでに出来ているグループの中に入り込めない。
ともかく黒弓が何の反応を見せてくれないので俺の独り言に成り果てていたランチタイム。
それでも、平和で楽しく勝手に過ごしていた。
黒弓兄の出現するまでは。
黒弓兄はとても社交的で話題が豊富な人だった。
一の言葉で百を理解して、こちらがわかるような簡単な十の言葉で返してくれる。
黒弓が無表情で無言でも黒弓兄は弟の言わんとすることをきちんと読み取っていた。
兄弟はすごいと思っていたら翌日からいじめが開始される。
数日の地道な情報収集によって自分の現状を分析した俺はいじめられた原因が黒弓とその兄だとわかった。
どうやら黒弓兄は学園の中でも特別な人気がある人で気軽に話してはいけないらしい。
黒弓兄と話すために黒弓を利用する人間も多い。
俺は知りもしない黒弓兄のために黒弓に近づいた最低最悪な人間だという。
いろいろと無理があったので他人からの決めつけは聞き流していた。
面倒を嫌って黒弓との勝手なランチタイムを終わらせるのは簡単だ。
俺から黒弓に近づかなければそれで終わる。
けれど、俺はひとりぼっちで食べるお弁当の方が無理だった。
みんなが楽しげにわいわい騒いでいる中でひとりで俯いてキラキラカラフルなお弁当を口に運んだら吐いてしまう。
茶色で地味で口に詰め込むことだけを考えた食料じゃない。
俺はできたらお弁当の出来栄えに対して、どうしてそんなおかずに挑戦したのかとか味は大丈夫なのかとツッコミをいれられたい。
男が食べるには挑戦的じゃないかとかお弁当を話題にして笑いたい。
女子力高いと突っ込まれたい、おかずを奪われたりといったなんてことないコミュニケーションを他人と取りたい。
黒弓は俺の想像する社交性も積極性もゼロだったが、おかずを交換してくれる。
俺のハードルは下がりすぎて黒弓のそうした反応だけで満足をしていた。
言葉が返ってこなくていい。
文句を言わずに食べている姿に俺が勝手に「今日の肉巻は最高にうまいよ」って脳内で声を当てるからいい。
俺が何かおかずをあげると黒弓は絶対に何かをくれる。
ささみのチーズあげを渡すとサンドイッチを一パックくれる。
甘辛黒酢肉団子には卵サンド一つだった。
つまり黒弓はささみのチーズのほうが肉団子よりも好き。
黒弓の好みを推理するのもそれはそれで楽しかった。
人との交流に飢えて淋しい俺はいじめられたからといって黒弓とのランチタイムはなくせない。
いじめと言っても上級生によるピタゴラスイッチ。
廊下を歩いていると誰かに足を引っ掛けられ突き飛ばされて最終的に窓からジャンプ。
窓の外に木が植えられていることも想定済みなのか俺は制服が破けたり、すり傷を作ることがあっても大怪我はなかった。
最初は死ぬかと思った。
何度となくこれで終わりだと目をつぶった。
幸いなことに俺は死んでいない。
黒弓は無表情で無言で一緒にいて面白さはない。
それでも、無関心さが救いになることもある。
俺の髪の毛についた葉っぱの数々にクラスメイトはドン引きするが黒弓は何も気にしない。
入学する場所を間違えたと思いながらも俺は一年間、黒弓とお昼を一緒に食べ続けた。
陰で鋼鉄メンタルとか、反抗しない姿が健気だとか言われていたことを俺は知らない。
黒弓兄が卒業式の日に俺たちの教室にやってきたかと思ったら訳の分からない宣言をした。
「弟をよろしく。生徒会副会長」
黒弓は兄の跡を継いで生徒会長になるらしい。
それは誰かが大声で言っているのを聞いた。
黒弓はあいかわらず無言なのでなんの情報もくれない。
「副会長なんかやる予定はありませんけど……」
「この学園、会長が副会長を決める慣習があるんだよ」
黒弓は何も言ってこない。
わざわざ黒弓が決めるとも思えないので黒弓兄の独断と偏見だろう。
俺と黒弓の仲を勘違いされている。
「副会長になれば誰も手出ししてこない。きみにとって悪いことはないはずだ」
副会長になることは悪いことしかない。
けれど言い争うだけの気力が俺にはなかった。
黒弓兄はオーラで自分は正しいと主張するような人だ。
言われた通りにしなければならないような圧力を感じる。
長いものには巻かれるべきだと思うのはトラブルを避けたい人間心理からなんだろう。
俺はトラブルを避けたいけれど長いものには巻かれたくない。
「弟のことが好きなら弟のためになってくれ」
随分と一方的な要求だ。
卒業するとはいえ先輩相手なので教師越しに拒否することを考えた。
そんな中、俺は数えるほどしか聞いたことのない黒弓の声を聞くことになる。
一度だけ俺は階段から突き落とされてお弁当箱だけが窓の外に出たことがある。
木の枝に引っかかったお弁当箱を取ろうと手を伸ばす俺に「危ないからやめろ」と言った。
あと力作だったお弁当が消えていたことに死にそうなほど落ち込む俺を抱きしめて「弁当は明日食べればいい」とバカみたいなことを言っていた。
すぐに傷まないように気を付けていても翌日に食べるのは怖い。
黒弓が話さないのは残念な言葉選びを悟らせないと察するにあまりある会話未満のやりとりだ。
そんなレアな黒弓の言葉がまさか俺の今後を決めることになるとは思うわけもない。
「お前と付き合ってやる」
上から目線であることよりも黒弓兄が拍手していることよりも合鍵を握らされたことにドン引いた。
恋人に鍵を渡すという習慣がこの学園にはある。
世の恋人たちの話とは違ってこれは「夜に俺の部屋に訪ねてこい」というセックスしようぜの誘い。
無理すぎるのだが俺は大勢に見られている中で波風を立てないやり方を知らない。
ここで俺が黒弓を拒絶したら場の空気を悪くするだけだ。
なんで黒弓が勘違いしたのかわからない。
問題はそこだ。
やんわりと訂正して気づいてもらおう。
「黒弓はそれでいいのか。俺のことは別に好きじゃないんだろ」
これは聞きようによって俺を好きになってほしいと頼んでいるようだ。
なぜか黒弓が抱きしめてきたと思ったら手を引っ張られた。
「おめでとう! お幸せに」
黒弓兄の言葉を忌々しいものだと思う暇もない。
俺は黒弓の部屋に連れ込まれ、そのまま襲われた。
男に襲われても強姦罪は適用されないらしい。
尻が裂けた場合は、傷害罪だという。
どこにも傷がない場合は誰に何を訴えればいいのかわからない。
法の改定を望むような職種につくのが一番なんだろうか。
いや最近では、同性愛も一般化したので、俺の知らないところですでに法律は変わっていっているかもしれない。
とはいえ、男女であっても強姦か合意かは判断が難しい。
男にレイプされましたと俺は警察に言えるのか、法廷に立てるのか。
想像だけで気分が滅入る。
意外なほどにベッドの中で情熱的な黒弓はちゃんとしゃべるし表情を変えた。
生気がなくて根暗な蝋人形だと思っていた黒弓が俺を押し倒しながら生き生きと汗を輝かせる。
まるでロックバンドのライブさながらの熱狂を作り出す黒弓の姿に俺は文句の一つも出てこない。
犬にかまれたと思って忘れようと諦めスイッチが押されたこともある。
長いものには巻かれないが、流される時もある。
※黒弓会長×平凡副会長が本編なような気もします。
普通に後日談で「続・同じクラスの黒弓と俺」でもいいですね。
2016.12.22
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