・花嫁斡旋しておりません
だらしない大人×淡々として打算的な平凡
俺の通う学園には特異な制度がある。
通称「代行」と呼ばれる在学生への授業免除制度だ。
これは卒業生への支援でもある。
代行がおこなうのはその名の通り雇い主になる卒業生の代行だ。
一番多いのが家事代行。
一般の家事代行サービスなどを使用しない理由は複数ある。
他人を信用できない職種に就く生徒が多いのと家事代行という名目で助手としての働きが期待されることがある。
本来なら助手ですら免許が必要になる職業の人間や特殊な人格で一般のサービスを受けられない卒業生たちはわりといる。
俺の学園の売りとして卒業後も完全サポートというものがある。
学園を無事に卒業さえすれば食うに困らない場所に就職できる。
それは卒業生の会社だったり、学園の理事の会社だったりと様々だがレールが敷かれているのは有り難い。
その前段階として代行がある。
一定の期間、いろんな場所で在学生は代行業をおこなうが内容は極秘。
口の堅さや道徳観に問題がある場合は学園にいられなくなることもある。
通常の授業を免除されている代わりに自分の将来と向き合う課外授業だから当たり前だ。
今の時代、頭がいいだけでは何にもならない。
顔がいいだけでも成功はつかめない。
求められる場所で求められる働きが出来るかどうか、それこそが代行がある意味だ。
代行はいくつかの人格テストによりマッチングされる。
成績優秀者やある程度の人間は自分から希望を伝えられるらしいが、俺のような平凡な生徒は言われるままに仕事に行く。
授業を受けなくて楽だという生徒がいる一方で俺はけっこう憂鬱だ。
エリートというものは面倒くさいと先生が代行に関することで口を酸っぱくして言っていた。
雇い主になる卒業生は学園の誇りである成功者だ。
同時に浮世離れしてしまって世間と噛み合わない人間として育ってしまっている。
この代行は他人のふり見て同じ轍は踏まないようにという在校生への警告でもあるらしい。
つまり、社会的に成功していても人間として未熟であることが多々あるという。
そのあたりを理解した上で先輩たちと向き合うというある意味、高度な授業。
代行が縁で就職が決まったり、社会に出たときの心構えが出来たりと制度としてはいいと思う。
俺は高校を卒業したらすぐにでも就職したい。
進学は考えていない。
給料のことを考えると成功したエリートに個人的に雇ってもらいたい。
本格的すぎて軽い気持ちで入部した新入生にトラウマを植え付ける調理部で次期部長と期待されるほどになり、鬼のように厳しい美化委員会に所属し運動部よりも激しい上下関係に耐えて清掃業を身に着けた。
代行として一番必要とされる家事に寄せて技能を蓄えた。
結果、俺の成績はとてもヤバイ。
学園を卒業すれば犯罪を犯さない限り安泰だが、このままでは卒業できない。
俺は目の前にあるピンチをチャンスに変えるために夏休み返上で普通よりも長期間の代行をすることになった。
俺よりも十歳上になる大先輩、泉川(いずみかわ)生太(せいた)さんが今回の雇い主。
プロフィールを見る限りとても輝かしい。
写真からもオーラがある成功者の香りがするエリート。
ただ学園から貰った合鍵で入った部屋からはドブ川の匂いしかしなかった。
部屋の中の空気がよどんでいる。
一度もゴミを出したことがないのがわかる溜めこみ方だ。
これは教材として過去にあった卒業生の汚部屋一覧の写真を見せられていなかったら引き返しただろう。
だが、この汚部屋を汚部屋ではなくさせることが出来たなら俺の評価はうなぎ上りだ。
「セイタさんって呼んで」
雇い主が見た目の格好よさに反して変人であるのは織り込み済みだ。
普通の人間なら普通のハウスクリーニングを頼むだろう。
「セイタ先輩」
「まあ、それでもいいか。学生気分も楽しいから許す」
変人ではあるが年収一千万以上の人なので学生でしかない俺よりも遥か高みにいる。
事前に聞いた好き嫌いを踏まえて作った初めての夕飯はたこ焼き器でチーズフォンデュというありかなしか分からないメニューになったが反応は悪くなかった。
溶けたチーズと焦げたチーズが好きだが、小食らしいのでたこ焼き器を使ってみた。
あとは料理の中に得体のしれない食材が入っているのがイヤだというので目の前で作って見せるのが安心できるだろうと思ったのだ。
人によってはすぐに食べられるものに魅力を覚えたり、手の込んだ料理に価値を感じるだろう。
セイタ先輩は人と話しながらゆっくりと食べるのが好きらしい。
ワインを飲みながら俺の話を聞きたがった。
父や年の離れた兄の気分なのかもしれない。
そして代行最終日。
学園から俺の仕事ぶりをセイタ先輩はとても褒めてくれたと連絡がきた。
すこし気に入られすぎているから注意するようにも言われた。
けれど、気に入られて悪いことはない。
俺はすぐに就職したいのでセイタ先輩さえ良ければ卒業後に同じ業務内容で雇ってもらいたい。
住み込みで暮らしてみて年齢差を感じさせない見た目と考え方で親しみと手ごたえを覚えた。
家事寄りに技術を習得したのは正解だった。
「退学してくれる?」
「……なぜでしょう」
「一緒に住んでほしいから」
「雇いたいと思っていただけるのは有り難いですが」
「雇うんじゃなくて養いたい。内縁の妻として家にいてくれない?」
気に入られ過ぎた弊害がこれなんだろう。
淡々と人の都合を考えない人格破綻者は俺を手元に置く算段を口にする。
悪気はないが考えなしだ。
「卒業したら俺以外のところに雇われる可能性があるから退学してもらえる?」
「それはこちら側にどれだけの得があるんですか」
「俺はきみ以外を雇わないからきみが居てくれないと困る」
「それはセイタ先輩の都合ですよね」
「……給料は月に三十万。家賃食費などの生活費は気にしないでいい。休日も前もって言ってもらえれば許可する。雇用条件はそれほど悪くないはずだ」
「セイタ先輩に快適な暮らしをお届けしたい気持ちはこちらにもありますが……」
「知り合いの何人かが代行で知り合った学生と事実婚の状態になっている。とくに珍しいことじゃない」
この事実は学園内でもまことしやかに囁かれているので俺も知っている。
でも、それとこれとは話が別だ。
雇い主と過去に恋愛関係になった生徒が居たからといって俺には関係ない。
「俺が卒業後に別の人のところで働く可能性があると判断して退学しろって言ってますよね。それ、信用がないってことですか」
「そういうつもりはない。信頼に値する人間だと判断したから家にいてほしいと思っている」
ここで好きだからとか気の利いたことが言えないあたりがダメな人だ。
自分の中にある独占欲の出所に無自覚な相手と付き合うのは骨が折れそうで二の足を踏む。
言動が多少えらそうでも憎めない素直さがある人だが恋人や夫にするのは難しい。
先輩や上司や雇い主だと思えば受け流せる無神経さも恋愛関係の相手としては無理がある。
ロマンチックな恋に夢を見ているわけではないし、男同士であることへの心理的ハードルはあまり高くない。
ただセイタ先輩がセイタ先輩だというだけで俺の中で恋愛になることはない。
断られることを考えもしていないだろう相手にどうやって理解させるべきだろう。
「好きな相手がべつにいるのか?」
「いません」
「それなら構わないだろ」
「卒業して住み込みで家事をしてほしい、副業禁止という条件は受け入れますが退学はリスクが高すぎます」
「卒業まで待っていられない。家に帰ってきみが居ないことが耐えられない」
こちらが照れるほどの真っ直ぐな情熱を見せられるがやり方が正しくない。
あと、何よりこれから一緒に生活していく上でビジネス以外のかかわりは面倒くさい。
本人に自分が恋愛や他人と一緒にいることが向いていないという自覚がなさそうなところが一番問題だ。
俺にかかる負担をセイタ先輩は想像できないだろう。
「俺の卒業までにセイタ先輩が大人の魅力を備えられたら考えます」
「今の状態だと俺に魅力を感じない、と」
「ときどき中学の弟と会話している気分になります」
「それは家の中でリラックスしているからだ! 外ではちゃんと」
「わかってます。でも、俺はそういう面を知りませんから自分の将来をセイタ先輩に託すのは不安です」
「きみのそういう単刀直入なところを気に入っている」
嬉しそうにうなずくセイタ先輩は憎めない。
悪い人ではない。
俺が女性で結婚相手を探してたなら不器用なプロポーズも嬉しく思えたかもしれない。
そのぐらいに見た目も年収も趣味や性癖も悪くない人だ。
外車を複数所有して年収が多くても浪費家だから貧乏だとかいうこともない。
虫や爬虫類なんかを育てていたり、人から理解されにくいものをコレクションしているわけでもない。
ギャンブルはしないし煙草も吸わない。
ワインに対しては多少はこだわっているようだけど一本数百万のものを一日で何本も飲むようなもったいないことはしない。
庶民的金銭感覚があるというよりは不要なものは手元に置かない人だ。
だから、そんなセイタ先輩に自分のところにいて欲しいと思ってもらえたのはすごい。
短い間で自分の価値を俺はしっかりとアピールできた。
「もし俺よりも自分がいるのに相応しい場所があると思っているなら間違いだ」
「セイタ先輩が俺によくしてくれているのは分かります」
「それなら悩まなくてもいいだろ。今すぐ嫁に来ればいい」
「当学園は花嫁斡旋しておりません」
「似たようなものじゃないか。卒業生で結婚せず生活が荒れ気味な人間の下にきみたち生徒を送りつけて……こんな親身に世話を焼かれたら好きになるだろ!! 誰だってきみを好きになるに決まってる」
「セイタ先輩は恥ずかしい人ですね。年相応とは言い難いです」
俺の意見に思うところがあったのか前のめり気味だった姿勢を正して肩をすくめる。
その仕草だけは落ち着いた大人の男に見えなくもない。
「俺は性的なことに興味がない。きみに肉体面で求めるものがないのは気楽ではないか?」
「……俺が性欲を持て余したらセイタ先輩以外と外で発散して構いませんか?」
「それは少し、ショックだ。……だが、そうか。大人の魅力は性欲の減衰ではないのだな」
ズレているセイタ先輩のことが俺は嫌いじゃない。
けれど、やっぱりこの人と恋愛は無理だろう。
「セイタ先輩、花嫁斡旋はしておりませんが期間を延長したり別の人間を再度派遣することによって生活を維持させてもらうことは可能ですよ」
「なるほど。卒業まできみがずっと家にいるように契約を変更すればいいんだな」
「卒業後にそのまま業務を継続するのも問題ありません」
「俺の希望もきみの希望も叶えている最善のプランだ」
セイタ先輩は上機嫌になりワインをもう一本開けた。
恋愛関係になれそうにはないけれど嫌いではないし雇い主としてはとてもやりやすい相手だ。
グラスにワインを注げば目がつまみを欲しがるので素焼きのアーモンドを口元に持っていく。
俺の手から物を食べてご満悦なセイタ先輩は十歳上とは思えない。
「俺以外のところに行かないでくれ」
恋愛対象には思えないのにふとした瞬間のすがるような眼差しに俺のどこかが揺れ動く。
学力面は底辺なので学園に戻ったところで卒業できるとは限らない。
代行を続けることで授業を免除され卒業は確定するが、それはセイタ先輩のお金で単位を買っているようなものだ。
俺はセイタ先輩の好意を利用している。
それを俺を好きらしい目の前の人はわかっているんだろうか。
セイタ先輩が居心地がいいのは俺が仕事だと思ってそういう空間を作り上げているからに過ぎない。
俺の振る舞いはビジネス上のものでセイタ先輩のことは本当のところ考えていない。
それを分かった上でも俺を好きだと言えるんだろうか。
※平凡コンプレックスをわずらっているわけではないですが、
全寮制男子校の非王道学園にいるので顔面偏差値的に退学になったら大変だねとかチクチク嫌味を言われていたり。
高卒で就職したいなどを含めたそこら辺の事情は長くなるので割愛。
いつかきちんと出す話ができたらいいなと思います。
セイタ先輩が大人の魅力とは何か→財力で囲い込むことか?とか言い出したり、
家事代行ではなく○○代行している別生徒たちの話とか別の話でいろいろやりたいですね。
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