祐樹を好きな気持ちは甘酸っぱくてきれいな感情であるべきだと、いつからか俺は決めつけていた。
 濁っちゃいけないこの世で一番きれいなモノ。
 葛西のベッドの上で何もかもをさらけ出している祐樹を否定したいのは過去のきれいなモノを汚すからだろうか。
 それとも、俺が祐樹をそうしたいという気持ちがあったからか。
 
 隣にいるだけで嬉しくてそれ以上はいらない。そんなきれいごとを俺は信じられない。もし本当に信じていたのなら高埜と別れたりしない。高埜が俺に抱かれたいとか抱きたいと言ってくれたら逃げなかったかもしれない。高埜は肉体的なことを俺に求めなかった。ゆっくり関係を進めるにしてもゆっくりすぎた。そして、出会いからそもそも嘘くさい気がして、何もかもが嘘なのかもしれないと怖くなって逃げた。
 
 高埜はゲイじゃない。だから、俺を好きだという言葉が真実かは分からない。
 相手を信じられないのは怖い。
 信用できない相手と近くにいるのは苦痛だ。
 
 祐樹に向けていた俺の感情を高埜が口にしても信じられないだなんて皮肉だ。
 
「A太もコイツにぶっかける? それともチンコ舐めてあげる? アナルは使っちゃダメってことになってるけど、今日が最後ならイッちゃう?」
「さい、ご?」
「だってA太がいるから、A太の幼なじみはいらないじゃん。A太と話したかったらお隣に行けばいい」

 俺と話すことと祐樹にこんなことをするのが葛西の中では同じらしい。
 
「むしゃくしゃしたり、上手くいかないことってあるじゃん。中学の時に成績振るわなくって、いやんなっちゃうときとか。A太は俺が元気でも落ち込んでても何も変わらないじゃん。頭なでて慰めてって言ったらホントにしてくれるし、俺は男でもいいやって思った」
 
 俺のせいでバイになったと葛西は言っていた。
 たしかに頭を撫でたことはある。
 疲れた友達を励ますやり方が分からないので言う通りにした。葛西の求めるやり方をそのままするしか俺には出来なかった。祐樹はいつだって疲れ知れずで楽しそうで、気持ちの浮き沈みなんてなかった。
 
 葛西はありがとうや嬉しいという言葉と疲れてもうダメだという真逆の言葉を同じ温度でを明るく笑顔で言う奴だから、俺が力になれるならなってやりたいという気持ちがあった。
 
 悲しんでいる、苦しんでいる、そういった感情が外側から分かりにくい人間はいる。俺とある意味、似ていると思った。
 
「俺と連絡が取れなくなって……傷ついてたのか」
 
 口にすると偉そうだが、葛西にとって俺の存在は大きかったのかもしれない。
 今まで考えもしなかった。
 俺は祐樹から距離を置くためだけに全てを捨てた。
 葛西のことを忘れたわけじゃない。でも、俺と音信不通になったとしても気にしないと思っていた。
 地元を捨てて逃げて傷つけるのは祐樹だけだと思っていた。
 
「A太は俺のこと思い出すことあった?」
 
 すぐには言葉が出てこなかったが思わず葛西の手を引っ張っていた。
 思わぬ行動だったのか床に倒れる葛西。
 そんな葛西の腰を蹴る。
 
 ごめんと謝るのも、ありがとうとお礼を言うのも違う気がして言葉が出ない。
 
「いいよA太なんか、わかったし」
「……思い出すことはあったよ。高校も大学も葛西が近くにいたらきっともっと楽しかった」
 
 俺にとって嘘じゃないギリギリの言葉に葛西は泣きながら笑って抱きついてくる。
 抱きしめて背中を撫でると安心したように「A太はやっぱりA太だなあ」と言い出した。
 俺らしさなど、どこにもない気がして怖かった。俺はこの世で一番、俺を信用できない。
 
 祐樹と向き合う勇気もない。
 
「祐樹は俺が部屋に戻ってから帰してあげて」
「え、なんで?」
「なんでって……」
「せっかくお金払ってるんだし、これ使って遊ぼう?」
 
 無邪気に言いだす葛西の倫理観が信じられないが、デリヘルということなので祐樹もこれを仕事にしている。時間分だけ拘束されるのが仕事なら俺の都合で帰らせるのは間違っているのかもしれない。
 祐樹はたまたまここにいたのかもしれないが、今まで何度も乳首やペニスに何かを取り付けられて、悦んでいる。葛西が無駄な嘘を吐くとは思えない。
 
「こういうローターA太は知らないでしょう。人の体で試した方が自分が使う時も安心できるじゃん」
「あんしん?」
「ほら、服の上からでも乳首感じるだろ」
 
 未使用でベッドの上に転がっていたものを葛西が俺に見せてくるだけではなく押し当てる。
 ローターが触れた胸だけではなく股間の奥の方がジンジンする。
 
「乳首と前立腺って性感が繋がってるとか聞くんだよね。乳首いじるとおしりもいじりたくなるって」
「……しら、ないっ」
 
 首を横に振りながら、俺の中のどこかは「知っている」と答えていた。
 知らない分からないと大嘘を口にする俺を葛西は責めることもなくズボンと一緒に下着をずらす。
 
「幼なじみのガマン汁でぬるぬるになったローター入れようか」
 
 いやだとやめろと葛西を突き飛ばして逃げるのは簡単なはずなのに動けない。
 葛西に渡されて自分で乳首にローターを押し当ててしまっている。
 ベッドの上にいる祐樹は葛西に触られたことでか、痙攣を繰り返している。
 精液を出すことなく達している。いやらしい光景に気持ち悪いとか逃げ出したいと思わない。
 全身を赤く染める祐樹は俺が昔に想像した通りの姿だ。
 俺は脳内で祐樹を犯していた。
 イケメンなクラスの人気者である幼なじみを想像の中でぐちゃぐちゃに犯しながらペニスをこすり上げていた。
 好きだからという気持ちだとしても、こんなことは許されちゃいけない。
 そう思って両思いだと分かっていながら逃げた。
 
 俺が汚さないようにと綺麗なままでいてほしいと願っていた祐樹の今の姿は葛西の精液でぐちゃぐちゃな状態。
 あのとき、俺が守りたかったのは祐樹ではなく自分の気持ちなんだろう。
 
 葛西の指先から逃げることなく受け入れる俺はおかしい。
 おかしいのに身動きが取れない。
 
『ゲイはみんなやってるよ』
 
 ふざけた言葉が脳裏にチラつく。
 葛西は「A太のおしりはかわいいね」とバカみたいなことを言いながら指を出し入れしている。
 祐樹とセックスなんて絶対にできない、したくないと思っていた気持ちとは裏腹に俺は高埜としたかったのかもしれない。恋人だから求められればという、そんな気持ちを否定できない。
 
 祐樹は幼なじみで恋人じゃない。
 俺が言葉にするのを避けていたし、肉体関係もまた逃げた。
 
『体同士の相性が重要なんだよ。それを知るためにいっぱいエッチしようね』
 
 父のところに来ていた男の一人に俺を殴りつけない人がいた。
 殴らない代わりにお菓子をくれて、彼は俺の体を触った。
 怖くて逃げようとしたらタオルで腕を縛られて「殴ってないから痛くないよ」と言いながら俺の全身を舐めた。
 気持ち悪くて怖くても祐樹にも父にも言えなかった。
 
『ゲイはこういうことが普通だよ。お父さんも息子が早くエッチな自分を認めてもらいたいと思ってるはずだ』
 
 父は毎日のように男と寝ていた。
 気持ちいいと喘ぐ声が聞こえない日がないほどだ。
 気づいた時には俺はホテルに連れ込まれて男に犯されていた。
 ファミレスで食べさせてもらったパフェを吐いてしまっても男は止まらない。
 最初は傷ついたとしても自分が男に犯されて悦ぶ男だと意識して生きていくんだと、そう言っていた。
 
 俺は祐樹を傷つける気などなかったし、男に犯されることが「こんなもの」という感覚にもならなかった。
 甘酸っぱくてきれいなモノが俺の中で青臭く苦い気持ちの悪いモノへと変わっていく。
 それが何より嫌だった。
 
 ゲイは男からレイプされることで自分が男が好きな男だと知るんだと笑った。
 俺を何度か犯した男は父の元に来る別の男に殴られて家を追い出された。
 父が俺のことを恋人を奪った相手として見ているのなら生きていけない気がして、俺も逃げた。
 俺の財布に入っていた高額紙幣を見た不良たちに取り囲まれ、三日ほどリンチされ続けた。
 助けてくれたのがヒロさんだ。
 俺が暴行され続ける動画がSNSに回っていたので探しに来てくれたのだという。
 アングラな場所で出回っていただけだから、普通の人は気づかないと言っていた。
 事実、祐樹も父も気づいていない。気づいていたら普通に接することなどできない。
 父は俺が男に犯されていたことについて何も聞かなかった。
 ただ俺は家に帰ることをやめた。
 
「ヒロさんどうしよ!! A太がA太が死んじゃう」
 
 寝室の外の廊下に気づけば引きずり出されていた。
 ヒロさんに電話しているのか葛西が泣きながら大声を出す。
 
「おしりにローター入れたら、ぶるぶるして、吐いちゃうし」
『……入れて吐いたなら、とりあえず抜いてやれ』
「はい!」
 
 ヒロさんもこんなことを言われても困るだろうという話に対して淡々と返す。
 葛西は俺の尻からローターを抜いて横向きに寝かせる。ヒロさんが吐しゃ物が喉に詰まらないようにと葛西に言ったからだ。
 
「……ヒロさんの言う通り、スピーカーにしたらA太が落ち着き出した!! ヒロさんの声、癒し効果あるから? わっかるぅ」
『お前が慌ててるからだ。そういう感情は伝染するからな』
「好き好きって思ってたら好きになってくれる?」
『動けそうなら風呂行ってシャワー浴びたり口の中をゆすぎたくなるだろ』
 
 ヒロさんの言葉に俺は身体を起こす。
 口の中が酸っぱくて気持ち悪い。
 
『動けないようなら、肩を貸してやれよ』
「A太、おんぶとだっこ、どっちがいい?」
「肩を貸せって言われただろうっ」
 
 思わず葛西の頭を叩くとスッキリした。
 言葉が出てこないあの窒息しそうな感覚が薄らぐ。
 
「A太になぐられたぁぁ」
「うるさい、ばかっ」
 
 忘れていた記憶が一気にやってきた。
 苦しく気持ち悪い、怖いと叫び続けていた。
 助けなんて来なかった。誰も助けてくれなかった。
 いいや、違うとヒロさんの声に絶望感を軽減させる。
 俺を助けてくれた人は確かにいた。今もまた助けてくれているからこそ、新しい生活を始められる。
 
 不良たちに殴られて、このまま殴り殺されるのだと思うと笑える。
 笑うしかないほど酷い人生だ。そう思ったときに「遅くなった」とヒロさんはやってきた。
 外は曇天でこれから出かけるのに向かない空模様。
 それでもまだ、最悪というほどじゃない。
 どしゃぶりでも用事があれば外に出ないといけないのが社会人だ。
 
「シャワー借りる」
 
 葛西に俺がシャワーを浴びている間に祐樹を帰すような気の利いたことが出来るのか、少しだけ試した。
 
 
2018/09/02

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