幼なじみである蒼井《あおい》祐樹《ゆうき》は忙しくも高給取りな父親と優しく綺麗な専業主婦の母親のもとで幸せに育っていた。
 
 片親だからというよりも父の男性関係に振り回されていた俺は祐樹のことが、とても羨ましかった。
 小学校では話題の物を持っている人間がヒーロー。
 ヒーローはいつだって祐樹だった。
 ゲームでも漫画でも祐樹は何だって持っていて、俺に貸してくれる。
 他の誰かにも貸すけれど、一番は俺だ。
 俺の後にみんな。
 自分は祐樹にとって特別なんだと、そう思えるのが単純にうれしかった。
 そんな日々は中学になると変わる。
 
 中学になって彼女が出来た祐樹は変わらずに俺を一番に優先する。
 他の誰よりも俺。
 中学でも祐樹は人気者でクラスの人間はみんな祐樹のことが好きだった。
 俺は家に帰れない時の逃げ場所で出来た不良にしか見えない友人たちと居ることが増えて、祐樹と距離が出来始めていた。
 誘っても家に来ない俺のことを不審に思ったらしい祐樹と父親同士の肉体関係を祐樹に隠し通したい俺。
 最終的に祐樹に詰め寄られて出てきた言葉は、祐樹に彼女がいるからというものだ。
 
 祐樹の彼女から攻撃的な視線をもらっていたことは事実だが、それを理由に祐樹と距離を取ったわけじゃない。
 けれど、祐樹からすると納得できる理由のようで祐樹は彼女と別れた。
 祐樹が俺を優先してくれることが嬉しくて俺はまた小学校のころのように祐樹と一緒にいた。
 それは祐樹の母親が病んでいく姿を見ることにも繋がってしまった。
 祐樹は自分の母親のお落ち込んだ顔が気にならないらしい。俺が心配すると不機嫌そうだった。
 
 
 俺はずっと祐樹は幸せ者で何も知らなければいいと思っていた。
 男同士のエッチのやり方を口にする祐樹が信じられなくて、逃げ出した。
 高校も大学も祐樹が思いつきもしない学校を選んだ。
 そのせいで不良っぽく見られがちな夜の友人たちとは繋がりが切れてしまうが、祐樹をこちら側に引き込んではいけないと守る気持ちがあった。
 
 俺はクラスで一番格好いいと言われるような祐樹が乱れる姿を想像してエッチな気持ちになっていた。
 今も昔も俺の中のいやらしい想像のモデルは祐樹だ。未だに祐樹が口にするはずのない言葉、祐樹がするはずのない行動を思い描いている。
 
 大学の友人だった元彼と言っていい高埜は性的な香りがしない人だった。美形なのでモテていたはずだが、飲み会に行くとか、盛り上げ上手な友人に囲まれているわけじゃない。同い年なのにどこか年上に見えるような、落ち着いた雰囲気が心地よかった。
 
 人の嘘をあばきたてない優しさがあった高埜を俺は結局信じられなかった。
 どうして嘘を吐いたのか聞くべきだった。それとも、俺の勘違いなのか。たまたま俺が祐樹にもらったものを高埜が持っていた。鍵のついた引き出しにしまっていた。
 
 引き出しは揺すると鍵が開いたり閉まったりすると高埜は言っていた。
 俺が開けたいなら開けていいとも言っていたので、高埜からすると悪気はなかったのかもしれない。
 勝手に驚いた俺がおかしくて、隠すことでもないと種明かしのために傘に着けていたチャームを見せたのかもしれない。
 
 事実を確定したくない俺は高埜と話をすることを避け続けた。「かもしれない」のままであったほうが、気持ちが楽だと言い訳をして逃げた。
 
 好きだったはずの相手から逃げる意味が分からない。
 好きだからこそ、そばにいることに罪悪感が募る。
 自分がゲイを苦手としているのに同性愛者だからだろうか。
 幼なじみである祐樹が好き、大学の友人であった高埜が好き、そう言ってみたところで、どこかで嘘が混じる。
 男を好きだからこそ、男から好かれて、好きであるような気持ちになっただけじゃないのか。
 そんな感覚が消えない。
 流されているだけで、本当は誰も好きじゃない。
 そんな気持ちに囚われる。
 
 
 祐樹も高埜も何かがおかしいのに俺はその原因が分からない。
 自分の中にある見たくない触れたくない何かを刺激するのだろうか。
 
 
 高埜から逃げるように大学をやめるつもりで就職先を探して、懐かしい人たちと再会した。
 居場所がない俺を守ってくれた不良に見える彼らは現在ふつうに会社を作って社会と折り合いをつけている。
 大学中退をする理由にするには申し訳なかったが、人手不足らしいので連絡を入れた。
 ありがたいことに総長とかリーダーとかトップと呼ばれていた、通称ヒロさんは俺を覚えてくれていた。
 会社が寮として所有している電化製品や家具付きのマンションに今日から住んでいいと言われた。スピーディーすぎる。
 
 大学はとりあえず休学という形を取って、就職した。
 親の同意を必要としていない学校で助かった。
 
 
「半端な時期にきたな」
 
 隣の家の住人である、葛西《かさい》は引越しの挨拶として近所の洋菓子店の焼き菓子詰め合わせを持ってきた俺を見下ろして「ひさしぶり」と笑った。俺の記憶の中にある葛西はスポーツ少年だったが、今はホストのような色男だ。人と会ったりしない部署だと見た目は完全に自由らしい。ヒロさんもラフな格好をしていることが多いらしい。昔から一貫して、口うるさいようでいて、細かいことを気にしない人だ。
 
 ヒロさんがトップだから、おかしなやつはいるかもしれないが社内に悪い人間はいないだろう。
 
「A太がたまり場に来なくなってスゲーさみしかったんだ」
「葛西は高校卒業してすぐ?」
「俺は高校行かずに専門、行ってからって感じ。ヒロさんが学費とか出してくれた」
 
 正確にはヒロさんのお金ではなく会社のお金なのかもしれないが、嬉しそうな葛西の姿に俺も嬉しくなる。
 部屋の中に招かれてコーヒーをもらう。
 
「A太が生意気にコーヒーブラック派なの、まだ覚えてる」
「生意気ってなんだよ」
「普通っぽいのに案外A太って負けず嫌いでプライド高めだよな。そういうところ構い倒したくなるけど」
「意味分からん。なんかムカつくから持ってきたやつ、食べるぞ」
 
 手土産として持参した焼き菓子を口にする。バターの風味が豊かなフィナンシェ。いくらでも食べられそうな美味しさに気づけば二つ目を口の中に入れていた。
 
「怒ってたかと思えばお菓子に夢中とかA太すぎっ」
「俺はどう考えても俺だろ」
「A太っぽいのを男女関係なく探してたんだけど、結局A太はA太しかいないんだよねぇ」
「葛西はバカだからどこが俺っぽさなのか言語化できねえんだよな」
「んー、根暗で文句が多くて被害者意識が強いくせに加害者意識はもっと強いから揉めると面倒?」
「そんなやつ、いくらでもいるだろ」
「居たとしても、A太じゃないから全然かわいくない。不愉快になっちゃうんだよね」
 
 こういった言い回しは葛西の昔からのものだ。スポーツ少年にしか見えなかった中学時代に「お前めんどうなタイプだよな」とズバッと言われた。面倒くさくても嫌いじゃないと言ってくれたのは葛西だけだ。良いヤツだ。
 
「突発的な事態に対処できなくて慌ててるA太とか俺は好きだけど、A太自体は狼狽える自分が嫌いだろ?」
「俺を驚かそうとしてお前がロクなことしなかったのは覚えてる」
 
 しゃっくりが止まらずに大変だった俺を背後から突き飛ばしたり、抱き上げて振り回したりと脳筋と言いたくなることをやらかしていた。悪気のない馬鹿代表だ。
 
「ちょっと、A太もう四つ目じゃん。何してんだよ」
「美味しかったからまた買ってくる」
「気を許した相手にマイペースすぎる、そんなところも好きだけどさ」
 
 葛西の好きというのは分かりやすく友達の好きなので、照れることなく受け入れられる。
 祐樹も高埜も口にする好きも愛してるも軽くなかった。彼らの持つ熱量が俺を追いつめる。
 
「引っ越し祝いとして、ちょうどいいかな? 久々の再会を祝してビックリドッキリ企画」
「それ言ったら驚かねえやつだろ」
 
 先に種明かしをしてしまう、うっかり葛西。
 手招きされて一つの扉の前に立つ。
 間取りからすると寝室。何かがそこにあるらしい。
 
「俺さ、A太のせいでバイになったみたいでさぁ」
「はあ!?」
 
 どうして俺のせいなんだと食って掛かる前に部屋の中を見て腰が抜けた。
 
 裸の男が大きく足を開いてベッドにいた。
 手足は拘束されていて、乳首とペニスに何かが取り付けられているのが分かる。
 目隠しとヘッドフォンで顔の大半が隠れているが、俺には祐樹に見えた。
 
「ゆう、き」
「なんだ。わかっちゃったんだ? デリヘルで本番OKって言いながらタチだからアナル無理とか言ってうざいから、こういう感じでオモチャにしてんだ。指名したら毎回来るからブラックリストには入ってないんだろうね。ってか、実は犯されるの待ち?」
「へ」
「そうそうA太の気の抜けた、訳わかんないって顔がスゲー好きなんだよ。きっとビックリするだろうなって定期的に指名しといて良かった! ヒロさんから連絡合って、A太に会えるって思ってテンションあがって、ぶっかけまくった」
 
 祐樹の身体は精液で汚れていた。
 俺が今まで頭の中で想像していた光景だ。
 祐樹を汚したいとずっと思っていた。そのことを葛西に話したことはない。
 葛西はゲイとか、そういった人種ではないと思っていた。
 
「A太と学校が同じだった奴が、A太の人気者の幼なじみのことを話しててさ〜、顔も知ってたけど、まさかだよね」
「……なにが」
「幼なじみがこんな姿でここにいると思わなかっただろってこと」
「当たり前だろ。想像できるかよ」
「A太のそういう強がり、いいよね。立っていられないぐらいビックリしたくせに」
 
 笑う葛西は良いものあげると言って生きたバッタを俺の手のひらに乗せてビビらせた、そんな時と同じ雰囲気だ。
 これは葛西にとって大したことじゃない。俺にとって信じられないぐらい大問題であっても、葛西にとってジョークでしかない。
 
「一から十までA太はどこもかしこもA太だ」
「永太だ」
「A太はさ、やっぱコイツのことが好きなの?」
 
 勃起している俺の股間を葛西が撫でてくる。
 どう答えるのが正しいのだろう。

2018/08/25

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