「三周年記念
短編リクエスト企画」
リクエストされた単語はラストに掲載。
先に知りたい方は「
三周年記念部屋、短編企画」で確認してください。
※美形×平凡。
攻めっぽく見える人物は複数登場するかもしれません。
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出会いはきっと最悪だった。
コンビニから出ようとしたそのとき、傘がないことに気が付いた。
驚きながら目は周囲を探っていて、自分の傘と同じ柄の傘を見つける。
悔しさをそのままに出来なかった俺は、土砂降りの中を走りだし、そいつを後ろから蹴り飛ばした。
コンクリートのくぼみに出来た水たまりの中に無様に転ぶ傘泥棒。
体が雨に濡れて冷えていく中で、頭が熱くなっていた。気づけば、転んだまま驚いているそいつに向かって「人の傘を盗んでんじゃねえ」と怒鳴りつけていた。
気が小さく大人しく見えると言われるが、俺は普通の男だ。
土砂降りの日に傘を取られたら、その相手に報復したくもなる。
傘に着けていたカプセルトイの景品は初恋の相手に貰ったものだ。
濡れ鼠で帰ることより、思い出を盗まれることに腹が立つ。
初恋の相手とはもう会えない。そんな資格が俺にはない。雨の中なら泣いていいとそう思ったわけじゃない。けれど、開き直っていたかもしれない。濡れた地面に倒れている相手は泥棒だ。悪人だ。俺は相手に対して怒っていい。
傘を取り返そうとして自分の間違いに思い至って、しゃがみこむ。
相手は未だによくわからないといった顔をしている。当たり前だ。突然、見知らぬ人間からこんな日に蹴り飛ばされた。平気な奴の方が逆に異常だ。傘には何もついていなかった。ただの傘だ。
「傘、大学で買った?」
「そうだけど」
「ごめん、ホントごめん。ごめんなさい」
完全な冤罪だ。同じ傘を持っていただけで泥棒だと決めつけた自分の浅はかさが恥ずかしい。せめて、俺のものだと証明するものを確認するべきだった。
「今、金ないけど……なんか、奢るから、大学で」
さり気なく同じ大学だといアピールをする。
同じ大学だから、校内の売店で同じ傘を買っていて現在の悲劇につながったのだと、きちんと説明したいが、雨を吸い込んで重みを増す服に集中力が消えていく。
傘を差し直したそいつは、自分の家はここだと目の前のマンションを指さした。
手を引かれて連れ込まれた。
マンションの中でリンチされたり、変なことを強要されると身構えたが何もなかった。
一緒に風呂に入って湯船の中で自己紹介。
初対面の人間と裸を見せ合うのは気恥しいが、俺はすでにもっと恥ずかしいことをしていた。
勘違いで人を蹴るなんて、あってはいけないことだ。
俺は最低な人間だったが、俺が蹴り飛ばした宮木《みやぎ》高埜《たかの》はお人好しで常識人だった。
頭に血が上った俺の行動を責めることなく友達になってくれた。
その後、俺がよく使うコンビニ近くに高埜の家があるので、コンビニで買い物をした帰りに高埜の家に寄ることが増えた。
高埜の家の中に俺の持ち物が増えていく。
どこかで危機感がありながら、優しげな高埜の雰囲気に癒されていた俺は深く考えなかった。
逃げていた。
大学に進学したことも逃げだが、高埜との関係を友人関係で済まそうとするのもまた逃げだ。
俺は弱かった。振り返ればいくらでも後悔はある。
付き合ってくれと高埜から告白されたのは出会ってから半年後のことだ。
言われてしまっては無視できない。俺はゲイは嫌いだと素直な気持ちを伝えた。
付き合えるか付き合えないかではなく、相手の性癖を攻撃するような言葉を発するのは苦痛だった。
それでも、傷つきながら高埜は俺の友人として今まで通りそばにいてくれた。
ありがたく、同時に申し訳なくて俺は自分の過去を高埜に伝えることにした。
これもまた俺の中の後悔の一つだ。
話すべきではなかった。
俺が男を恋愛対象として見るような人間だと明かすのは高埜にとってプラスじゃない。
高埜とは友人でいたかった。友人のままでいるために腹を割って話そうとした。心のどこかで分かってもらいたいと甘えていたのかもしれない。
「俺の親、ゲイなんだよ」
父が男と浮気をして母は俺を置いて出て行った。
物心ついたころには父の恋人だか、セフレだか、客だか、わからない男たちが家の中を出入りするようになっていた。
一部の男たちは俺を殴ったり家から俺を追い出した。
それでも、寂しくはなかった。俺には幼なじみが居たからだ。
幼なじみの母親は優しかった。俺を自分の息子のように家に迎え入れてくれた。だから、グレたりすることなく俺は普通に生きていけたのだ。幼なじみとは兄弟のような感覚で一緒にいた。だから、勘違いした。
何かの弾みで俺と幼なじみはキスをした。
それだけのことがすごくドキドキしたことを覚えている。
「それで、幼なじみの、俺の一番仲が良かった子の父親と寝てた」
帰りの遅い父親だと幼なじみの父親に対して思っていた。幼なじみの母親が寂しげでかわいそうだったことをよく覚えている。
「はじめて父に何してるんだって言ったらさ、俺のせいだって。俺が幼なじみの家で世話になった分を父が体で払ってるって。金がないからいいかって提案したら、そうなったんだって……。ゲイなら、こんなもんだって」
それを信じたわけじゃない。
父がふしだらなだけだと、そう思いたかった。
けれど、ゲイの間の狭いコミュニティ内でくっついた離れた浮気した。
セックスしたいから、酔っていたから、その場のノリでチンコをくわえる。
そんな話題ばかりだと知って、気持ちが悪くて、ゲイという人種への嫌悪感が募った。
同時に幼なじみへの淡い気持ちの消滅を意味していた。
消滅していたなら、これほど引きずっていない。まだ俺は封印しているだけなのかもしれない。
好きだと言ってくれた手を払いのけて、俺は不良のチームの中に逃げ込んだ。
父のこと、幼なじみの父親のこと、幼なじみと俺のこと、全部考えたくなかった。
大学は地元を離れて興味のない分野を勉強している。
興味がないからこそ集中しないと頭に入っていかない。
だから、大学は俺にとっての逃避だった。
「永太《えいた》は俺がゲイじゃなくて永太を好きなんだって言ったら信じてくれる? 今まで男を好きになったことも、男に欲情したこともない。永太以外、考えたこともない。永太のお父さんみたいなゲイっぽいことって、俺は分からない」
高埜が見た目だけじゃなく心も綺麗なのはよく知っていた。
女性にいくらモテていても俺との約束を優先するようなヤツだ。
先に約束をした相手だからというだけで、俺のところに来てくれる。
ただただ許され優しくされて俺は自分が生きていてもいい気がしていた。
いくら幼なじみが好きだとはいえ、好きだと言ってくれたとしても、幼なじみの母親の気持ちを思えば、恋人になりたいなど思えない。考えたくない。幼なじみを抱きたいと思って自分の勃起したペニスをこする虚しさは思い出したくもない後味の悪さだ。
俺は俺をどうにかして助けたくて、未練ばかりがあるくせに「永太が思う、ゲイみたいなことは絶対にしないから」と口にする高埜に負けた。大学の友人という立場よりも恋人の方が高埜を独占できる。その欲望に俺は負けた。
けれど、高埜との交際も一年と少しで終わった。
高埜の鍵のかかった引き出しから俺が傘に着けていたあのチャーム。カプセルトイのシークレットだった。
傘は見間違いじゃなかった。新品じゃない。何度か使ってすこしだけ色があせている。柄だけではなく自分のものだと俺が判断した直感は間違っていなかった。傘に着けたチャームを取り外してポケットにでも仕舞っていたんだろう。
高埜のことを俺は信じていた。
肉体関係はなかったが、健全な恋人としてゆっくりと関係を深めていけると喜んでいた。
それがこんな形で裏切られてしまった。
一方的に高埜に別れを告げ、連絡を絶った。
高埜は他に好きな人がいるのかと聞いていた。鍵のかかった引き出しの中身を見なければ、未練があっても高埜が一番だと言えたが、そのときは何も答えられなかった。
俺の中にいる相手は誰なんだろう。
2018/08/24