034 本当に怖いマッドサイエンティスト
Bに頬を撫でられながら俺は息を詰めていた。
指先に込められる力が強くなったと思ったら絶叫しながらBが詰め寄ってくる。
「分かる? 分からない? 分かれよ。ベルトヤカは言うなれば本なんだよ。……そして、オレは本屋だと思っていたけど他の奴らは図書館だって言った。確かにねえ、売り買いしても最終的に回収してるから図書館が正しいかもね。でも、図書館に本を返さない奴とかいるでしょ?」
異様なテンションに飲み込まれた。言葉遣いが違っている。
スイッチが入ってしまった人間の顔。
A兄さんが俺の隣に来て背中をさすってくれた。
吐き出される言葉と表情が異世界を目指すと口にした蜜鳩の狂気的な熱意と被る。
蜜鳩は嫌いじゃない。俺を彗星と名前で呼んでくれる蜜鳩が嫌いじゃないがこの熱量は怖い。見ているこちらが焦げつきそうになる。
瞬きをしないでジッとこちらを見て意味の分からない言葉をまくし立てられるのが平気な人間なんか居るわけない。
「邪教っていうのは本のページを切ったり破いたり落書きしたりする団体。『それが正しいから』『それが綺麗だから』『それが世界のためだから』ってさぁ。……ねえ、分かる? 分かれよ!?」
Bの瞳はぎょろついていて長身で、俺が座っているせいもあって上から見下ろされているように見える。覗き込まれていると怖くて震えてしまう。雰囲気が冗談を言っているものじゃない。口調も方言的な訛りが消えて急に早口でまくし立て始めた。
伸ばしてくる手が頬を撫でるんじゃなくて首を絞めてきそうな恐怖がある。
「世界のため世界のため世界のためっ!! 世界のためにまずはお前らが一番初めに死ねよ」
自分が座っていた椅子を蹴り飛ばすB。庇うためなのか俺が震えているからかA兄さんが後ろから抱きしめてくれる。少しだけ力が抜ける。
暴力はもちろん怖いけれどBの瞳が白目も全部オパール的な七色に輝いている方が恐ろしい。感情の高ぶりで瞳の色が変わることがある。慣用句の目の色を変えるっていうのは実際にそうなるってところから来てるんだろう。
「研究塔で閉じこもってるからストレスが溜まってるんだ」
A兄さんが「驚かせて悪いな」と言いながら俺を椅子ごとBから遠のかせるように移動させる。
なぜかBに白衣の前を開けるように指示した。
ふにゃちんとか言ってたくせにフル勃起という恐ろしい状態になっていて俺はA兄さんの腕にしがみつく。何なんだこの状況。
チンコのデカさも怖いが何よりBの瞳が怖い。
俺の恐怖に反して「時期に落ち着く」とA兄さんは慣れた反応。
いつも興奮したらこうなるっていうなら、なるべくBと対面したくない。
白衣の前を閉めたから熱がこもったとかそんなわけ分からない理由で暴れたとか言うわけないよね。
「落ち着け……Lが何か言っていたか?」
「あー、うん。溝口彗星……」
「はい! 彗星です」
「コレを餌にしたら病原体釣り上げられるでしょ。ねえ長男……溝口彗星をちょーだい」
首を傾げる俺はA兄さんに持ち上げられて膝の上に座らせられた。
確かに後ろから椅子の背もたれ含めて抱きしめられるよりも落ち着いたりするけど年齢考えるとアウトな気もしてくる。A兄さんとの体格差を考えると俺もまだまだ子供って思ってればいいのかもしれない。
髪を振り乱していた先程までの興奮が消えたみたいなB。
タバコでもあれば一服しそうな気配で「コイツがご神体でしょ」と俺を見てBは言う。
さっぱり話が見えてこない!!
「世界を知ること、ベルトヤカを知ること、邪教の撲滅、それらは全部おんなじこと」
テーブルの上のカップとかを無造作に横にずらして、あいた場所にBは腰を下ろした。
その体勢で猫背になって俺を見下ろしてくる。
素肌に白衣オンリーのBが前傾姿勢でテーブルの上に座って、しおらしく足を閉じているわけでもないから勃起したままのチンコがドーン。萎えててもぷらぷらしちゃうからイヤだけど目の前に勃起状態のチンコがあるのも微妙過ぎる。
話がちょっと真面目っぽいから視線をそらすわけにもいかないけど目線的にチンコに目が行きやすいから困る。
もうA兄さんに抱きついて何も見ないでいようかと思うぐらいに堂々としたセクハラ。
手持ち無沙汰なのかA兄さんが口を開いている時に自分のチンコをいじりだすB。
ちょっと下品以前の問題だ。
ベルトヤカはもう少しマナー教育を徹底するべきだ。
テーブルの上に座っちゃいけません。これって常識だろ。
「彗星が落ち着かないようだから、お前は床に座っていろ」
年上の言うことを聞くように躾けられているのかA兄さんの言葉にBは素直に従った。
さすがはA兄さんだ。DもベルトルもなんだかんだでA兄さんの言葉を聞いていたから、締めるところは締めるんだろう。
なんか下がってしまった好感度というか持て余した気持ちがどうでもよくなるぐらいに頼りになるところを見せられた。
膝に座らせられたからとはいえ、俺は自分の意思で膝から降りたって良かった。
それをしないのはこの密着感に安心しているのか、A兄さんがBから庇ってくれている気がするからなのか。
とりあえずA兄さんの腕を掴んでベルトのようにお腹のあたりに巻き付けた。
いや、後ろから抱きしめられてるっていうのが正しい状態なんだと分かってるけど俺の中で車のチャイルドシートのベルトを締めた気持ちだ。
これは安全ベルトであって人の手じゃないからべたべた触ったっていいって思っておく。
誰もツッコミ入れないようにと念じていると俺の頭の上からA兄さんがBに話しかける。
「Lは何だって?」
「溝口彗星を守って欲しいって」
「……それだけか?」
「目を離すと自分と同じことになるって」
「そうか」
さっき餌とかご神体とか謎な発言があったけど、それは無視か。
聞いたら絶対に藪蛇なトラブル臭がぷんぷんするから放置したいけれど気になる。
Lっていうのはベルトヤカの兄弟だろうとは思う。
この話の流れからしてBとLは仲がいいんだろう。きっと。
「Lは邪教の集団に捕まって犯されたり身体を刻まれたりした後遺症で心が壊れて記憶もぐちゃぐちゃになってしまった。その代わりに予知能力のようなことが出来るようになった。明日の記憶を今日の事として語るかすこし便利だ」
A兄さんの解説にそれはBも興奮して意味分からない状態になると納得したけど、なぜこの話題でチンコを扱く。呆気にとられている俺を置き去りにBはうわ言のようにL、L言いながらチンコ擦る。
A兄さんがツッコミを入れないのは優しさなのか面倒なのかいつものことだからなのか分からない。
でも、おかしいって。
この状況はおかしいって!!
俺たちに見られているって羞恥心とか以前に人として優しさや悲しさや心苦しさはないのか。
性的なことがオープンだとしてもこれはヒドイ。
「Lは研究者として自身を実験の材料として見たんだろう」
「何の実験をしたの」
もうBは無視ですよ。A兄さんに意識を集中させてシャットアウト。
見えない見えない何も聞こえない。
「人のエゴが見せる可能性の追求。結果として体も心もバラバラであっても予知能力を得たのだからLが口にしていたことは正しかった」
「Lはそれで良かったの?」
「本人の気持ちは今では分からないが他人からどう思われるのか気にしている人間じゃなかったから構わないのかもしれない」
人の倫理を捨てた知識を探求しているマッドサイエンティストなら自分がどうなっても求めたものを手に入れて満足なのかもしれない。
残されたBの事なんかどうでもいいだろう。
「心に隙間が空いた人間の中に病原体は入り込んで邪教へと誘う」
「新興宗教ってそうらしいね」
宗教って聞くと悪徳商法とイコールしちゃう。
理由をつけてお金を巻き上げていくイメージが強い。
ツボを買わされるんだろ。わかってるよ。
それともこれって古いのかな。
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