012 前提崩壊はやめてくれよ
豪華な扉の前に俺以外の全員が揃っていた。
みんなのお世話役とかいう存在は見当たらない。
そしてもっと問題になるのが彼らの格好だ。
服装が何か格好いい。
ファンタジーのお約束な甲冑とかマントとか剣とかローブとか杖とか。
なんで装備品も持ってんの。
もしかして、ゲームの勇者のように人の家のタンスを漁ってゲットしたのか?
空き巣はいけないと思います。
「ペンは変な格好してるな」
お前に言われたくねえと思いつつ火内優成がすぐに声をかけてくれたのがなんだか嬉しかった。
心の友である赤滑くんが窓の外を厳しい顔で見てて俺に一瞥もくれない。
気づいてないのか無視されているのか分からないけど淋しい。
「あれ? あの首輪はどうしたんだ? 気に入ってたんだろ」
何を言っているんだ。男子高校生が好き好んで首輪をつけるわけないだろ。
M男子でもない平凡な俺に大人の階段を登らせようとするのはやめろ。
「前も俺にプレゼントしてくれたよな」
「はぁ?」
「ペンから何かを貰ったのは初めてだったからちゃんと部屋に飾ってるんだ」
照れ臭そうに笑う火内優成に呆然とする俺。
てっきり火内優成からのものだと思って返品したが違ったのか。
火内優成が知らないだけでどっちにしろ火内優成のファンの行動だから俺からのプレゼントじゃないと言っておくべきかもしれない。
「異世界にペンは興味ないっていうか嫌がってる気がしたから待ち合わせ場所に来ないと思ってたのに一番に来て寝てんだもんな〜」
感慨深そうに俺を見る火内優成。
ちょっと待ってくれ。
「おまえ、お前が俺に首輪をつけてあのタンポポ畑に連れて来たんじゃないのか?」
前提崩壊はやめてくれよ。
お前が俺をここに連れてきたんだろ。
「そんなわけないだろ。こういうことは自己責任だ。強制なんかできない」
常識的なことを言われて俺は何だか足場が崩れる気がした。
誰が俺をタンポポ畑に放置したのかは知らないがソイツ以外は俺が好きでこの世界に来たと思っているわけだ。だから、赤滑くんは俺のお腹にパンチしたのかと殴られた場所を撫でようとして不自然な感触。
いつの間にかZがせり上がっているというか俺を深く咥えこんでいる気がする。
見た目には白塗りとキラキラしかないんだけどZが俺の下半身を包んでいるというか食べているのは触ると分かる。透明人間だって触ればそこにいるのが分かるように見えないけどZはいる。
「……ひぁっ」
ぬるっとした感覚に驚いて思わず飛び跳ねる。
飛び跳ねても問題ないのがおかしい……。
見えないけど俺の格好は寝袋に入ったまま立っているような状態のはず。
なのに歩けるってことはZには穴が開いていて俺が地面に足だけつけているのか、自分で歩いているように感じているだけでZが歩いてくれているのか。
「あぁ、Zは舐めてきますよ。陛下の前では遊んじゃダメですからね」
ペットとはいえ怒られますとDは言う。
火内優成は好奇心からか俺に手を伸ばした。
殺気というか何というか身体が硬直したかと思うと火内優成の服が切り裂かれていた。
切り口から煙が出ている。
「スイに不用意に近づかないでくださいね? ウチの一家はペットを含めて独占欲が強いので手加減はありませんよ」
今のはZがやったということなのか。
鋭利な爪痕。
「ペット? このキラキラしてる奴のことか?」
「Destrudo《デストルドー》-Melancholy《メランコリー》タイプZero《ゼロ》」
「死の衝動、憂鬱?」
「人の欲求を食べさせてゼロにしてくれる便利な子です」
ニコニコと笑うDだけどZの正式名称が予想外に長くて俺は驚いた。
Dだってデェリトルフラウ・ベルトヤカ何だからZだってZだけなわけがない。
俺は溝口彗星だからMか? Sか?
これは俺の分かれ道な気がする。
MでもSでもなんだかなー。普通がいいんだけど難しいかな。
「溝口は何を選んだんだ」
外を見ていた赤滑くんがいつの間にか俺を見ている聞いてくる。
何を選んだってペットですけど。
堂々と言いたくなくて「赤滑くんは?」と聞いた。
「とりあえず宰相の家に養子に入ることにした」
なんで?
どういうことなの??
「本当は戦士とかが良かったけど紫ってのは高貴な色らしい。だから、将軍とか軍師みたいなポジションになれても一般兵士にはなれねえんだって」
何それズルい。俺も紫のメッシュ入れておけばよかった。赤滑くんに止められなかったら勝手にお揃いにしたのに。一日ぐらい。
「それで宰相の家に厄介になるんだ……」
「あぁ、そこで色々と必要な知識を教えてもらって――」
赤滑くんが決意を秘めた言葉を隠した。
なんて言おうとしたのか俺は薄っすらと気づいてしまったけど聞き返したりしない。
藪蛇になる。
「みんな揃っているんでしたらこの先に進んでもいいんでしょう?」
副会長がDに向かって言う。
俺とDを待っていたわけだからやっと王様と面会、なんだろう。
「よぉ、ペン! 元気か?」
玉座に座って手を挙げて挨拶してきたのは俺にはというか生徒会役員たちには馴染んだ存在。
火内優成が書記から生徒会長という役職になった原因である留学してしまった同級生。
短く切りそろえた男らしい髪型の夏村流水。
こいつに限っては俺が自分で名前を聞かれてペンと答えたのでペンと呼んできても何も思わない。
目立つ人間に話しかけられて目立つのはごめんだった俺は校舎裏で猫にエサをやっていた夏村流水に偽名を名乗った。ちょうど火内優成にペンと呼ばれて耳に残っていた。
それにしても異世界に留学したにしても夏村流水の姿は同い年に見えない。
三十、いや四十歳ぐらいに感じる。
そんな馬鹿なことあるわけない。
でも、時間の流れが違う可能性はあると俺も思ったはずだ。
そして、この世界でいうところのメモリリークが、この世界での神隠しが日本で起きていないなんてどうして言える。
日本の行方不明者が戻って来た時に口にした言葉。
『私たちは連れ去られたんじゃない。運命に導かれたんだ!』
運命っていったい何の?
導かれた結果、どうしたんだ。どうなったんだ。
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