011 俺は常にピンチと隣り合わせらしい
王様に会うための道すがらにDは俺がこの世界の人間ではないことは分かっていると説明してくれた。
そりゃあ、日本がどうとか言ってる時点でバレていることなので別にいい。
その前提で話していたしね。
日本語を喋ってても顔の作りも服装もDとは全く違うのだから異世界という発想がなくても別の国から来たのだと思うだろう。
そこでちょっと思ったのがDはここで説明をしてくれるって話だったけど俺は全くこの世界について説明を受けていない。
墓穴掘って脅されつつ楽な道を選んだ俺は他の人と情報格差が存在してるんじゃないだろうか。
たとえばZ、巨大なイグアナっぽい爬虫類の中に寒いからって入るのは普通なのか?
危険はないし俺も冬にタオルケットを足に巻き付けてそのまま移動とかしてた。
もちろん自分の家の中でだけ。
その感覚で言えばZの温もりは温水プール的で快適。
もう少しあったかいといいと思ったら熱くなるし逆上せると思ったら温度は下がる。
俺が何も言わなくても察してくれるZはかわいい使えるやつだ。
ただ気になるのはペットって言いながらZにこんな扱いをするってことは俺も同じようにされちゃうんだろうか。
人肌であたためろ的な展開……って、それはセクハラですっ。でもペット的には断れないかもしれない。
「この世界に馴染むために身体に座標を覚えさせる必要があります」
よく分からないけどファンタジーよりSFチック。
Dが言うにはこの世界で一番初めに口にするものは自分の血か家族の血であることが望ましいらしい。
俺たちの世界と同じようにこの世界にも人にはどうしようもない自然災害があって、仮にそれを台風とする。その台風みたいのが来たら人間が神隠しにあうという。
風が吹いたら人が消えるなんてファンタジーといよりは伝奇ものっぽい。
境界に住む人間は神隠しにあった人間の探索や保護と元の場所への帰還を支援している組織が母体になった国らしい。
初めは行方不明者の家族が神隠しで消えた人間を探すために組織として立ち上げて動き出した。そして、お金をもらって自分の家族以外も探したり見つけて届けたりといった活動していたのが広がっていつの間にか各国との境目すべてを蜘蛛の糸を張るように細長い領地を持つ国へと変わった。
神隠しの条件は台風のような風の到来。
そして、神隠しにあったら殆どの場合、元の生活に戻れない。
人によって症状は違うが神隠しにあう前と後では人格が変わっていたり記憶に障害があったり問題が出る。
いつどこに神隠しにあった人間が戻ってくるのかも把握しきっていないらしい。
記録を取っているのは境界だけ。
自然災害としてみんな神隠しのことを諦めていたのだ。
居なくなったらそれまで。そういった運命だったのだと受け入れる。
今は違う。境界が存在するおかげで神隠しにあった人間の救助活動は円滑に行われているらしい。
境界というのはその役割から不可侵であり国のトップでも横柄な態度を取れない特殊機関、その理解が正しいかもしれない。人種や出身を問わないらしいからよくあるファンタジーなギルド的なところもあるけれど一番は自然災害の後始末をしている団体というところ。
ただレスキュー隊員という雰囲気はDにはない。
俺が神隠しをされてこの場所に来たのならDが助けるのが義務みたいなものなんだろうけどそんな気がしない。
この世界の人間が神隠しという現象により場所を移動したのではなく全く別の世界からやってきたというのは厄介事なんだろう。
なぜか俺を含めた一緒に来た生徒会役員たちは最初からこの世界に歓迎されていない気がした。
どうにも説明しにくい感覚。
自分の背中から翼が生えて浮かれている蜜鳩には言えなかったけど、早く帰るべきだと思った。ここに居ちゃいけないと心が焦る。
目覚めてから感じていたこの変な感覚はきっとDを初めとする境界の人間に観察されていたからだ。
あまりこちらをよく思っていない瞳。
いま俺に向けるDの視線はあたたかなものがあるけれど首輪や王様の血縁だと言った時の冷たい目を忘れてない。
「身体に座標が指定されていないと神隠しにあいやすくなります」
神隠しというのは俺に分かりやすい言葉にしてくれていてこの世界では本来メモリリークというらしい。
カタカナは専門用語っぽく聞こえるけれど俺の知らない言葉だ。
神隠しの方が分かりやすい。
「神隠しにあうと死ぬの?」
「何があるか分からないのがメモリリークです。死んで遺体で発見されることもあるし、片腕がなくなって発見されることもあります。……神隠しとは無関係に今のスイはベルトヤカから離れて生きていけません」
んん??
よく分からない。
自分の家が飼っているペットは外では生きられないってこと?
飼い猫は狩猟本能とかあるんだかないんだかっていうのは聞いたことある。
いつも飼い主が餌を用意するから自分で捕まえようって考えがないってやつ。
確かにDが食事を用意して寝る場所を提供してくれなかったら野垂れ死にかもしれないけれど、そういうニュアンスの発言には見えない。
徐々に豪華な内装になっていくせいで王様に会うというのが実感を伴っていく。
それでも誰とも会わない。
人の気配はなく俺とDの声だけが廊下に響く。
みんなは多少離れていたにしても近くの部屋の中に入って行ったはずなのに会わないのは俺が遅れているから?
「ペットは家族の精液を受け入れる存在だと言いましたね」
「……ちゃんとやったよ、……ね?」
「本当なら一回または月に一回程度で十分なんですが……スイの体内には不純物があったので身体に馴染ませるために毎日する必要があります」
毎日精液をごっくんしろと!?
「ペットが生まれる時に立ち会うことは稀です。つまり生まれた際の血液の譲渡、座標の固定ができていません。ペットは家族ですから神隠しにあわないように自分の居場所が何処なのか教えておかないといけません」
要約すると血とか精液に含まれると信じられているらしい座標情報というのを身体に入れることで神隠しにあう頻度が下がるっていう考え方がこの世界か境界の中で一般的。
そして、この境界って場所は神隠し対策本部だから世界各国から重宝されて神隠し情報の最先端。
だから俺が精液飲むとか怪しすぎる民間療法なんか知らないみたいな反応をするわけにもいかない。
ルールの外にこぼれ出て痛い目を見ない保証なんかない。
Dの言葉に従わないのは簡単かもしれないけれど俺はこの世界に来てしまっているのだからこの世界の常識からそれて自分の考えを押し通して生きることは出来ない。
丁寧にそっちの道は足元が崩れやすいと言われているのに自分は気を付けて歩けるからと楽観視して崖に落ちるなんて冗談じゃない。
『水色の髪はベルトヤカの証。王家とは血筋的な繋がりは持っていないけれど王国の中でとてもとても重要な位置にいるんだ』
『ベルトヤカは残虐で冷酷無慈悲で有名なんだ。王国内部の掃除屋さん。……でも、安心していい。彗星はほうき星だから掃除屋さんと相性は悪くないよ』
信じるしかない。Dはベルトヤカという存在は残酷で無慈悲な掃除屋さんかもしれないけれど俺の敵じゃない。ペットに酷いことなんかしない。フェラさせるのは虐待かなーとか思うけどそれはそれ、今は考えない。理由があるなら仕方がないってことで!
ペットを神隠しで失わないために家族はペットに精液を与える。それがこの世界のペットの首輪なんだろう。そして俺はベルトヤカ家のペット。
火内優成のせいで毎日家族の精液を口に入れないといけなくなったけどDじゃなくて悪いのは得体のしれない動物の丸焼きを食べさせてきた火内優成だ。
あいつはろくなことをしない。
ただ座標情報っていうのが遺伝子情報てきなものなら精液じゃなくてもいいんじゃないのかなーとか思ったけど唾液交換、ディープキスとか血を飲むってことになるから、それなら精液の方がマシに感じてくる。どのぐらいの量が必要なのか分からないし。
「一日でも飲まなかったらスイは発狂死するかもしれません」
怖い。なんでそうなるの。
そんなに摂取しないといけないものなの??
「ベルトヤカの血は少々特殊で人の座標状態がわかります。だから警告するんですがスイがこの世界に根を下ろし、私たち家族とともにあることが確定するまで神隠しの被害にあう可能性があります。ベルトヤカの体液には中毒性がありますが家族には効き目があまりないんです」
「つまり、でぃーたちの精液が俺の身体に馴染む前に口にするのを中断したら」
「死ぬ可能性が高いですし、神隠しにあう可能性も高いので気を付けないといけませんね」
Dが「初めて口にするものが私の精液だったら吸収や馴染むのも早かったんですが」と言うので俺は火内優成を恨まずにはいられない。
好きでDが俺に精液を飲ませているわけではないのが知れてちょっと安心する。
この世界のルールに則って行動しているだけで俺に対して何かあるわけじゃない。
イケメンお兄さんと俺に何かあるって方がおかしい。
「忘れると大変なので毎朝の日課にするといいと思います。身体が馴染んだ後でも害になるものではありませんからずっと飲んでていいですよ」
親切心が痛い。
別に人の精液を飲む趣味とかないし。まあDの精液ならお金出してでも飲みたい人はいるかもしれないけど、俺は違うから!
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